9 小町 2
その日の終わりのホームルームが終わるなり、二組から南條が飛び込んできた。早速、天見、伊山と三人で笑い合っている。
対抗戦の活動も終わったので、俺も、以前ほどこいつらと騒ぐ時間はなくなった。
横を通りかかった俺に、伊山が声をかけてくる。
「葉山先生、先生なら知ってる? 成らずの柿の伝説」
「ああ。木津川の安福寺だろ。平重衡の話だ。この近辺のことなら、たいていチェック済みだ。俺の国語雑学を舐めるんじゃないよ」
「うっ、さすが先生。でもこの話は知らないでしょ。あの成らずの柿の木の、今年の情報!」
「お、なんだ。今年はなんかあったのか?」
立ち止まる俺に、伊山は得意そうに話し始めた。
「成らずの柿」の伝説は、平家物語にも出てくる有名な話だ。
平清盛の五男、重衡が一の谷の合戦で源氏に敗れ、捕虜として鎌倉に送られるのだが、その時、焼き討ちにあったお寺の要求から木津川で斬首される。
その直前、重衡はこの世の名残に柿を食べた。その場所に柿の木が植えられたが、重衡の無念のためか、その木には不思議と実が成らなかった。それが「成らずの柿」と呼ばれるようになった由来だ。
そして、この話にはさらに続きがある。地域の民話として残っている話だ。
ある年、この木に柿の実が成った。人々が騒いでいると、翌年、日清戦争。十年後にも実が成り、今度は日露戦争。そして昭和六年にも実が成った。
その後、日本は十五年に及ぶ戦争へ向かっていく。
つまり――
柿の実が成ると翌年に戦争が起きる。
とんでもない言い伝えだ。しかも、昔々というには、話が妙に新しい。
「俺、その柿の木、実際に見に行ったことあるんだぞ」俺が言った。
「そしたら、枝がしなるほど実が成っててな。もうひっくりかえるほど驚いた。近くの人に聞いたら、毎年成ってるって言うんだ。あの話、どうなってるんだ?」
伊山は、ニヤリとする。
「ふふーん、先生。まだまだリサーチが甘いな」
「何?」
「あの柿の木は、実は代替わりしてるんだって。今の木になってからは、普通に実が成るらしいんだ」
「なーんだ。それなら、もう『成らずの柿』じゃないじゃない」
天見が、もっともなことを言う。
「話はここからだって」伊山は人差し指を立てた。
「代替わりのとき、前の木を挿し木にして育てた人がいたんだって。しかも、その木には実が成らなかった。だから、本当の『成らずの柿』は、まだ残っているってこと」
「へえ……」
俺たちが感心すると、伊山はさらに身を乗り出した。
「そこで注目!」
「まだあるのかよ」
「いいかな。ここからが本題。その『成らずの柿』に、今年、柿の実が成りそうなんだって」
「えっ」天見が顔を上げた。
「それって……戦争が起きるってこと?」
「うん、その木のことを知ってる人たちは、みんな騒いでるらしいよ。うちの父さんがお客さんから聞いたんだって」
「でも、それってやっぱり民話よね」と南條が言う。すると天見が真剣な顔で返した。
「でも、もし本当なら大変なことだよ」
「そうだぞ、南條」俺も口を挟む。
「俺も民話や言い伝えはいろいろ調べたが、こういう話にはなんらかの真実が混ざっていることもある。全部がたたの迷信とは言い切れないんだ」




