1 大器晩成の四月 4
アニメ研究部の映像が始まった。
ん? あのマッチ棒のようにひょろりとした女子は天見か。
身をかがめて壁際を、小走りで後ろへ抜けて行く。
トイレか? 天見は、サボって抜け出すというタイプでもない。まあ大丈夫だろうと思った直後だった。
今度は伊山が立った。
あの身長だ。隠れているつもりらしいが、まったく隠れていない。伊山まで小走りに抜けていく。
さすがに俺は、ほっておけず、後ろの扉に向かった。
体育館は、丁度アニメ研のオープニングアニメの映像が始まって、スピーカーから流れ出す派手な音楽が洪水のように体育館を満たしていた。生徒たちは、みな舞台に目がいっている。
俺は体育館から外へ出た。重い扉を閉めると大音量が遠のき、轟音から解放される。
だが通路には誰もいなかった。
あれ?
どこへ行った? そのとき、二階から物音がした。
俺は階段を上った。
格技室には誰もいない。その先に、観覧通路に出る扉がある。ここは立ち入り禁止だ。
まさか……。
俺は扉を開けた。再び爆音と生徒たちの熱気に包まれる。
暗がりの中、左右に回廊が続いている。回廊全体を見回したが、暗くてよくわからない。
会場がどっと盛り上がった。アニメ研のコスプレが舞台に見えた。笑い声と歓声が上がり、舞台に現れた二人がやたら大きな剣を振り回し戦っている。
俺は暗がりに伸びる通路を右手に進んだ。行き止まりになっている舞台近くまで行くが、誰もいない。
その時、向こう側、左手通路に人影が二つ、動くのに気付いた。
あれか……。そう思って通路を戻り始めると、二つの人影は後方に走り出し、あっという間に出ていってしまった。
俺に気づいたのか? 見られたくないことでもしてる?
後を追って外へ出てみたが、もう誰もいない。館内の一年生の席まで戻ってみると、天見、伊山は何事もなかったかのようにダンス部のパフォーマンスを見ていた。
無駄に動き回っただけだったか。
俺は、ため息をついた。
いつの間にか歓迎会は終わろうとしている。
生徒会長、日野咲良々が、スポットライトの中、閉会のあいさつを始めた。
「全校生の諸君、今日は素晴らしいパフォーマンスをありがとう。それでは、私も最後に一発芸を……、では変顔をしまーす!」
次の瞬間、会場が阿鼻叫喚に包まれた。
おい、日野、お前……。
慌てて飛び出してきた副会長の岡崎が、会長を無理矢理、舞台袖へ連れ去り、新入生歓迎会は、ため息と笑いの中、幕を閉じた。
結局、終わりのホームルームの後も、天見、伊山の二人に話を聞く機会もなく、俺は職員室に戻った。そこに生徒会の三人が、終わりの報告にきた。
「葉山先生、片付けも終わりました」
会長の日野が、やりきった感の火照った顔で、元気よく告げる。
「おう、ご苦労さん、まあ、あの最後は別にして、とにかく無事に終わって良かったな」
「いや、それが、ちょっと無事でもなかったんです……」
副会長の岡崎が、神妙な顔つきで話す。
会の終盤、二階通路の照明器具の固定が甘く、落ちそうになったというのだ。
機材はそれなりに大きな物だ。それが、暗がりの中、人で埋まった所に落ちたら……、想像するだけでも恐ろしい話だった。だが、それにいち早く気づいてくれた一年がいて、すんでのところで事故は防ぐことができたという。
「その一年って、もしかして、一組の?」
「はい。天見と伊山です」
「二人で?」
「二人とも、よく気づいてくれました。おかげで事故にならずに済みました」
日野はそう言って笑った。
「設置担当だったバスケ部には、しっかりと説教しときましたんで」
反省会もきっちりするという日野に、俺はうなずく。
だが――。
ふと、さっきの二人の姿が頭に浮かんだ。
暗い体育館。二階の観覧席。
あの暗がりで、照明器具の小さな異常に気づいた?
どうも、腑に落ちなかった。
天見空。伊山美紅。
あの二人はいったい、何を見てたんだ?




