6 七月の居候 5
まだブツブツ言っているパンだったが、天見が思い出したように、俺を見て言う。
「あ、先生、実は四月の新入生歓迎会の時に、事故が起きる前に教えてくれたのが、このパンだったんです」
そういえばあの時、途中で急に席を立って会場の照明の落下を防いでくれたのを思い出した。あの時はなぜ照明が落ちそうなのに気づいたのか、そこまで気にしていなかったが、そう言われると確かに、あの暗幕のおりた暗がりの中だ。あの時、天見は突然席を立った。その理由が、今になってわかった。
「そうか、あの時パンが上にいたのか」
「はい、私、パンが何かを言おうとして上から呼んでいるのに気づいて、行ってみたんです。そしたら、美紅まで何かあったかって、来てくれて、私一人だったら、あの照明、持ち上げられなかったと思います。だから、このパンと美紅のおかげで防げたんです。美紅は自分のことヒーローだろって言ってましたけど」
そう言って天見は笑った。
「そうだったか、事故を防げたのは、天見、お前がパンとつながってくれていたからだったんだな」
「な、俺も役に立つだろ。だから野菜の蒸したの頼むぜ」
パンはそれだけ言うと用は済んだとばかりに「じゃあな」と紙の外へ走って消えた。紙は白紙に戻った。
俺は急いで、そばの菓子箱を開けてみた。そこには、ぐったりと横たわるパンがいた。すると、すぐにむくりと起き上がり、こちらを見上げて「チチッ」と鳴いた。
「こっちに呼び出している間、本体は意識をなくしてぐったりとなってるんです」
天見の言葉に、俺は合点がいく。そうか、パンを飼いだして一度、夜、回し車の中でぐったりしていたのを思い出した。あれは疲れていたんじゃない。天見に呼び出されていたんだ。
「じゃあ、先生、パンになんかあったら言ってください。きちんと話しときますから。それじゃ、お世話をお願いします」
天見は、ぺこりと頭を下げると、パンに「いい子にしてるんだよ」と言って帰っていった。俺は、パンの入った箱をリュックに入れながら思った。
しかし、こいつが、あんなにずけずけというタイプだとは思わなかった。これまでは勝手なイメージで小さな子供に向かって話すように話しかけていた。赤ちゃん言葉になってなかっただけマシか。一人で考えているうちに、顔が熱くなってきた。




