6 七月の居候 4
そうだ、あの絵の話、こちらから聞くのも何だか、はばかられ、天見も日頃は全く普通だったので、最近は、あの話は本当にあったことなのかと思うぐらいになっていた。それを思い出すと、色々なことが繋がった。
「先生、後でちょっといいですか。パンと直接会ってもらった方が今後のためにいいかと」
ということで、俺は、みんなが帰った後、和室で待っていた。
少しして天見が急いで戻って来る。
まず、天見はスケッチブックを取り出すと白紙のページを広げ、その前の畳に正座してしばらくじっと目を閉じ、心を集中させていた。
辺りの空気が変わった気がして、俺は息を殺してただ静かに待った。
天見が目を開け大きく息を吸ったかと思うと、その手が素早く動き出した。
あの時と同じだ。 その手の動きは機械的な速さで、絵を紙の上に浮かび上がらせていく。普通、デッサンだと全体の輪郭を描いてから細部を描くものだと思っていたが、彼女は違った。印刷されていくように端から細かく描き出していくのだ。
そして、あっという間に描き終わった。
小さなパンダ模様のネズミ、パンだ。
画用紙の中のパンは、紙の中からこちらを見上げるように描かれている。その絵から目を離せずにいると、不意に絵に命が宿ったのがわかった。パンが動き出す。
絵の中のパンが、鼻をヒクヒクさせ、こちらに顔を向けた。
鼻の動きが確かにいつも見ているパンそのままで、生きている、本物だと思った。
「さあ、パン、ちゃんと自分で言いなさい」
天見に促され、パンは、上体をあげてこちらを見た。
「悪かったよ、勝手に出たのは謝る。でも俺だって、ずっとケージじゃ退屈なんだぜ。ちょっとぐらい外に出たっていいだろ。それにーーコップは、悪かった」
俺は、言葉が出なかった。こいつがあのパンか。確かに俺の耳には、いや頭に直接なのか、パンの声が聞こえた。パンの口が動いているようには見えなかったが、これはパンが喋っている。前に見たことだったが、改めてその不思議な光景に、俺は唾をゴクリと飲み込む。
「お前、もしかして、いつも俺の言葉聞いてるのか?」
「ああ、ソラと話すようになって、人間の言葉を聞くのも慣れてきたかな。先生さ、もうちょっといいもの食べなよ。毎日、インスタントばっかじゃ、体に悪いからさ」
うっ、俺は変な汗が背中から流れるのを感じた。
まさか、俺、こいつの前で変なことしてないよな。こいつ、天見に変なこと言ってないよな。
そんな俺の焦った顔を見て、
「心配すんなって。俺だって一宿一飯の恩義ってものは大事にするからさ。あんたのまずいことは言わないって」
「おい、まずいことがあるみたいな言い方は止めろよ」
俺は、またまた焦って否定する。
「で、相談なんだけどさ、先生、俺、昼の間、外へ出てもいいだろ。絶対悪さしないからさ。これはこのソラに誓うぜ。それと、テレビも見ていいかな。色々人間のことわかってきて面白いんだ」
俺は呆気に取られながら、「まあ、それぐらいは」と認めてやることになる。
「先生、この子のいうことを全部聞いてたらダメですよ。ダメなことはしっかり言って、先生に無理ない程度で見てやってくださいね」
「先生、俺の餌さあ、時々は野菜を蒸したの、頼むよ。野菜は俺、蒸したのが好きなんだよな」
「こら、パン、調子に乗らないの」




