6 七月の居候 1
三人は早速、俺に飼い方を細かくレクチャーしてくれ、おかげで、その日の帰りにはホームセンターに直行、ケージや餌など必要な物一式を買うはめになった。急な出費で懐の寂しくなった俺は、大荷物を自転車にくくりつけ、とぼとぼと鴨川沿いを帰宅した。
こうして、俺の部屋は急に賑やかになった。
文字通り、うるさくなったのだ。パンは、夜中になるとケージの中で回し車を盛大に回してくれる。輪っかの中で、ひたすら走るあれだ。店員に教えられて一番音の静かなのにしたが、それでも車の回る音が、一晩中して、それに慣れるまでしばらく寝不足で大変だった。
家に小さな相棒ができて、俺の生活も随分変わってきた。これまでは本屋に寄ったり、外食したりしていたのが、家に真っ直ぐに帰るようになった。時には外食(飲み会)の誘いを断ってまでだ。俺が家に帰ると、それを察して、すぐにケージの中でガタガタと騒ぐパン、餌の催促をしているのだ。そんな奴に、最近では袋の餌だけでなく、野菜を小さく切って入れてやったりする。それを美味しそうに食べる姿を、ぼーっと見ている俺がいて、愕然とする。思わず一人、笑ってしまった。
家に生き物がいるというのは、なんだか変なものだ。部屋の雰囲気がすっかり変わった気がする。空気が、いつも動いてる。それだけのことなのに、部屋が一人暮らしの部屋でなくなったように思えた。
それからしばらくして、俺は帰宅時の部屋に、少し違和感を感じるようになった。
家の中の物が動いたように感じることが何度かあったのだ。整理整頓ができる方ではないので、部屋は結構散らかっている。だが、確かここに置いたはずの物の位置が違う。そんな気になることが続いたのだ。といっても部屋の鍵はきっちり閉めてあるし、思い過ごしかと思っていた時、決定的なことに出くわした。
その日、俺が帰宅するとテーブルの下に、ガラスコップの破片が散らばっていたのだ。
朝、飲みかけでやめたミルクの入ったコップが、フローリングの床に落ち、床に小さなミルク溜まりができていた。初めは、地震でもあったのかと思ったが、携帯でチェックしても、そんな事実はなかった。なら、なぜコップが落ちた?
俺は、改めて部屋を隅々まで確かめてみる。
窓の施錠も大丈夫だ。密室!
ミステリーとSF好きの俺の好奇心がザワザワする。
……と、たった一人でいつまでもやっているわけにもいかない。俺はガラスを片付けることにした。ミルクは少しだったので、そんなに広がってはいない。
ガラスの破片を手に取ろうとして、ふと、ミルク溜まり付近に小さくて見逃すほどのミルクの白い点々があるのに気づく。
落ちた雫とは違う、これって、もしかして何かの……足跡か?
その小さな白い点々は、テーブルの足の方へ向かって続いている。改めてテーブルの上を見ると、あった。白い雫の粒が、わずかにたどれた。それはティッシュの箱へ向かう。テーブルに置かれたティッシュボックス。そのティッシュの一枚目、外に出ている部分が変にくしゃくしゃと丸くなっている。まるで誰かがこねまわしたように。ミルクの跡は、他には見当たらなかった。
何かがいたのか?
俺は、名探偵のポーズ、顎に手をあて、しばし考えを巡らす。
ふと、いつもと違う部屋の様子にもう一つ気付く。
静かだ。静か過ぎる。
その原因は、すぐにわかった。
あいつだ。時に俺を悩ませていた奴の音がしない。
まさか逃げ出したのかと、慌てて部屋の隅に置いてあるケージに近寄る。
大丈夫だった。ケージの扉はちゃんと閉まっており、パンは、ちゃんといた。
俺が近寄ると、見上げるパンと目があった。黒いつぶらな目がきらきらと俺を見つめる。いつもはせわしなく動き回るパンが、固まったようにして俺を見ているように見えた。
「お腹空いてたか。すまん、今やるからな」
俺がそう言うと、魔法が解けたようにパンは動き出し、ケージ越しに鼻をクンクンさせると、回し車に飛び込んで勢いよく回し始めた。いつもより激しい。
「わかったから、すぐやるって」
俺はパンに餌をやりながら、ふと思いついたように言う。
「まさか、お前、勝手に外に出たりしてないよな」
その瞬間、パンの回す車が止まった。
え、俺は驚いてパンを見る。すぐにパンは再び車を勢いよく回し出す。
まさかな。
俺は、そう独りごちると、自分も空腹なのを思い出し、夕食の冷凍ラーメンの準備に取り掛かった。




