1 大器晩成の四月 2
彼女に続いて、それぞれが、最初の緊張感をもちながら第一声を発していく。
俺はそれを聞きながら、最初は、ざっと大きくタイプ別でインプットしていく。話すのが苦手な者、いきなり受けを狙ってくる者と、いろいろだ。でも、この学校は美術が好きなという点では共通する。
鴨川高校は、学年三クラスしかない小さな学校だ。
開校は百年以上前。もともとは美術工芸を学ぶ学校だった。今でも三クラスのうち二つは美術専科。この普通科一組にも、美術系大学を目指す生徒が多い。
だからなのか、妙に「自分の好きなもの」を持っている生徒が多い。
そして、全体に女子の比率がとても高いのも特徴だ。1組も男子は9人。しかし、男子が少ないといっても、臆してる者は少ないようだ。
「俺は井澤誠吾。好きな食べ物は、やっぱ山で食べるカレー! これにつきるっしょ」やたら大きな声だ。
「みんなも一度くらいキャンプでカレー食ったことあるだろ。あれを超えるものはないだろ。もちろん、入る部活はワンゲル。みんな、ワンゲル部をよろしく! 一緒にカレー、食べようぜ。うお〜、山が俺を待ってるぜ!」
俺は、椅子の上に立ち上がった、がっしり体形の井澤を引きずり降ろす。
次は、ボーイッシュで背の高い、伊山だった。
「私は伊山美紅。私の推しはオスカル様」目を輝かせてクラスを見渡す。
「宝塚を超えるものはないわ。あの光と影のあるお姿は、私のあこがれなの」
ここを舞台とでも思っているかのように両手を広げて声を張る。
「この学校に決めたのも、ここの秋の文化祭の劇を見たから。あの半端ないクオリティーを、全クラスでやってるのを見たら、ここだって思ったの。もう今から秋の文化祭が楽しみでしょうがないわ」
男子からの「食べ物と違うだろ」というつっこみも、全く無視して、こいつも椅子に立ち上がらんばかりの勢いだ。やたら濃いやつが多い。いや、これがこの学校なのか……。
その後も、個性の強い面々が目立った。一見おとなしそうでも、しゃべり出すと、自分の好きを持ってるやつが多い、そんな印象だ。いや、それを言える雰囲気がすでにできつつある気がした。中学時代は、どちらかというとクラスで浮いてしまっていたのではないかと思われる者も目についたが、皆どこかで同じ匂いを感じたのかもしれない。誰も変なちゃかしは入れず、かといってしっかり、つっこみを入れてくれた。
やはり美術系っていうのは、芸術家タイプが多いというか、雰囲気が違うなというのを実感したクラス開きになった。
職員室に戻ると、2組の担任、中倉先生が手作りと思われる重厚で芸術的な湯呑でお茶をすすっていた。
「どうでした?」
中倉先生は、美術科で洋画が専門だ。俺と歳も近く、色々と教えてもらっている。
「いやあ、なんか生徒の雰囲気違いますね。いい感じで個性的なのが多いですよ」
「そうでしょ、ここ選ぶ子って、みんな何かしら好きなものを持ってるんですよ」
「好きなもの?」
「ええ。音楽でも、変な趣味でも。中学じゃ浮いていたような子が、ここに来ると妙に生き生きするんです」
中倉先生は湯呑を置いた。
「だから面白いですよ。この学校は」
俺はさっきの教室を思い出す。
なるほど。確かに、そんな感じはした。
クラスの名簿を閉じる。
窓の外には、葉桜になりかけた老木が、風に揺れていた。
このときの俺は、まだ何も知らなかった。
この学校で、これから何が起こるのか。
そして、さっき出会った天見空という少女が、俺の一年をどれほど大きく変えることになるのか。
俺にとって、特大の一年が、こうして始まった。




