4 それぞれの蠢動 3
翌日の放課後、懇談をようやく終えた俺は、和室へ生徒会の練習を見に行った。
柊は来ていなかったが、他のメンバーは揃っている。
今日は、岡崎がみんなに札の払い方を教えていた。
「みんな、いい。この取り方の練習が、取れるかどうかの分かれ目になることが多いの。時間にして0コンマ何秒の差よ。だから、かるたは『畳の上の格闘技』って呼ばれるの」
「おお、かっこいいじゃないっすか。畳の上の格闘技。ますます燃えるねえ」
「美紅、飛び込めばいいってもんじゃないからね」
「いやいや、ボス。格闘の世界は、そんな甘いもんじゃありませんぜ」
「美紅、それはドジな手下Bってとこか?」
「いえ違いますよ、日野先輩。美紅が最近ハマってる〇〇なんです」
天見が日野に伊山の解説をまじめにやっている。伊山は演技の練習だと言って、しょっちゅう何かのキャラを演じているが、一年生たちは、すでにみんなスルーするようになっている。
日野を含めた三人が、名前にでた最近よくドラマで見かける若い俳優について盛り上がり始めたのを、岡崎が制した。
「はいはい、そこの三人、コントはそのぐらいにして」
岡崎の鋭い視線で皆が一気に表情を引き締める。
「わかったかな、家でも、この札を取る練習はできるだけやって欲しいの」
岡崎が、みんなの前でやってみせる。背筋をしっかりと伸ばした前傾姿勢からさっと右腕が札を払う。
なるほど、手がすっと前に出て、札に向かう。綺麗で無駄がない。岡崎は前傾姿勢から、前、手前、右前、右手前、そして左と、リズム良く順に札を払ってみせる。
「さすが結愛先輩」伊山の言葉に天見がうなずき、フォームを真似る。
「ほんと、先輩と比べると私なんかブレブレだ」
「よし、ソラ、練習しようぜ」
天見が練習しているのを見ていると、彼女の右手にある褐色の痣に、つい目がいってしまう。
右手甲の親指の下に褐色の痣がある。火傷だろうか、子供の頃のものだろう。天見は意識してか知らずか、その右手を気にしているところがある。右手の動きが不自然に鈍い時があるのだ。そういえば、天見はよく右手をポケットに隠している。人目を気にしているのだろうか。仕方ないことかもしれない。俺は、それ以上考えないことにした。
俺は、見てるだけでは飽き足らず、「日野、俺と勝負だ」と参戦する。
懇談続きで体が固くなっていた俺は、久しぶりにみんなと汗をかき、その日の練習が終わった。
帰りの廊下、賑やかに歩くみんなの一番後を歩いていると、ふと横に天見がいた。
その天見が、何か言いたそうにしている。
「ん? どうした」
うつむいて少しためらう様子の天見が、思い切ったように顔を上げて、俺の方をまっすぐに見た。
「先生、ありがと」
「え? なんのことだ、天見」
戸惑う俺に天見はニコリと微笑む。
「先生、この間の懇談、私のこと、かばってくれてたでしょ」
「ああ、懇談か……、聞いてたんだな」
「はい」
「俺は何もしてないよ。ただ、ちょっとな。天見はあんなに一生懸命やってるのに、それをお母さんにも知ってほしくてさ」
「……はい」
「すまん。あまりうまく話せなかったな」
天見は首を振った。
「全然そんなことないです。ほんとありがとうございました」
そう言うと天見は、顔を赤くして前へ駆けて行った。その後ろ姿は、この前見た小さな背中とは違った。今も伊山や日野たちと楽しそうに笑いあっている。
俺の知る天見は、控えめだが、誰に対してもまっすぐだった。
本人は静かなのに、なぜかいつも彼女の周りには人がいる。
今も、伊山や日野たちと笑い合っている。
その姿を見ながら、俺は、この間のことも少しは良かったのかなと思った。




