4 それぞれの蠢動 2
その後、対抗戦の練習は順調で、「今年のメンバーは、これまでにないやる気に溢れてますよ」と日野が自慢するだけはあった。柊も、週に一度は顔を出している。その時は、毎日練習している他のメンバーも驚くほどで、相当鍛えている日野ですら負けることが多いと言う。今では岡崎に次ぐナンバー2は柊だという。
「ずるいぞ。柊、お前どんな練習してんだよ。教えろよ」
と、伊山に詰め寄られ、
「いや、時間あったら、札をおさらいして、取る練習してるだけだよ」
と言っても信じてもらえず、あまりに責められるので俺のとこへ避難してくるぐらいだ。まあ、柊も少しは俺を頼ってくれてるってことで俺は気分が良かった。
伊山と天見も熱心だった。特に天見は、暇さえあれば歌を書いた単語カードをめくっている。通学に一時間かかり、門限も十八時。それでも、残された時間を惜しむように練習していた。
教室でも、いつもカードを手にしているので、
「おい天見、熱心なのはいいけど、まさか俺の授業中はしてないだろうな」
と冗談のつもりで言うと、顔色を変えてぶるんぶるんと頭を振った。
まさか、こいつ……、次の授業からは要注意だ。
五月の連休明け。
鴨川高校は少人数のせいか、他の高校ではまずやらない新入生保護者面談というのがある。入学してからの様子や進路の話などをするのだ。保護者の話を聞けば、生徒の背景がよく見えてくるから、早めに知っておくにこしたことはない。基本、この親にしてこの子ありだ。今も、伊山の親父さんの、ひとり親の苦労話で大いに盛り上がってしまい、十分も時間オーバーしてしまった。やたら明るい親父さんが部屋を出ていくと、俺はふうーと一息ついて時計を見る。
さすがに伊山の親父さんだ。規模は小さいというが会社の社長さんをしているとかで、その明るいパワーに圧倒された。お手伝いさんが日常の家事をしてくれているみたいだが、夕方には帰ってしまうので、夕食の準備や親父さんの世話は、結局伊山がしているという。
意外というか、やはり聞いてみないとわからないものだ。
「あいつは、自分が亡くなった母さんの代わりのつもりなんだと思います」
唯一しんみりとなった親父さんの言葉が心に残った。
しかし、面談も一日やり続けると、喋り疲れて口だけが惰性で動いていると感じだす。
俺が、少し息を継いでいると、いきなりドアがガラリと開いた。
「先生。もういいですか。もう十分も待ってるんですけど」
顔を出したのは、次に待つ天見のお母さんのようだ。
「あ、すみません、どうぞ、どうぞ」と慌てて、招き入れる。
すると、天見の母親の後ろから男性も続く。ん? お父さんもか。
高校生の面談に両親共にというのも珍しい。二人は俺の前に、どさりと腰を下ろした。
「……十分、待ちました」
「申し訳ありません」
「いえ。先生もお忙しいでしょうから」
そう言いながらも、その声にはまったく許す気配がなかった。人を見定めるような視線を遠慮もなく向けてくる。
俺は、いきなりのマイナスオーラに驚きつつ、とにかく平身低頭、謝罪を述べて、なんとか本題の生徒の話にもっていく。だが、どうも母親の不機嫌の嵐は収まらないようだった。
「もともとうちのは、こんなところに来るはずじゃなかったんですから。もうほんと、中学の担任に騙されたわ。こんな美術ばっかりやってるなんて。これで、ほんとに大学とかいけるんですか? ここ」
「ええ、それはもちろん、そういう進路を選んでいる者も多くいます。特にこの普通科クラスの者は、大半がそうだと思いますが」
どうもこの母親、美術が気に入らないようだ。ことあるごとに、美術なんてと言う言葉を間に挟んでくる。これは参ったな。父親は、終始、横で腕を組み、むすっとしてこちらを見ているだけだ。母親の言葉に、賛成も反対も示さない。
天見の家での様子を詳しく聞く間もなく、あっという間に予定の時間を過ぎ、これ以上長引かせても無駄だと思った俺は話を切り上げた。
来た時同様、嵐のように部屋を出て行った二人に、俺はひどくぐったりしてしまった。そして言うべきことを言えなかったイライラをゴクリと飲み込む。
開いたままのドアを閉めに行くと、廊下の向こうに天見の両親の背中が見え、その後をついて歩く天見がいた。
もしかして、廊下で待ってたのか。まさか話は聞こえてないよな……。
うつむき、両手を上着のポケットに入れて歩く天見の背中は、これまで見たことのないほど小さく見えて、俺は口の中がひどく苦くなっているのに気づいた。




