3 対抗戦へ向けて 4
「どう、まずちゃんと歌を覚えてないと勝負にならないの、わかったでしょ」
岡崎が、みんなを見回して言う。
伊山が、「うー」と、ため息とも唸り声ともつかない声を出した。天見に至っては声も出せないようだ。
そんな二人を見て、岡崎先輩はにこりとして言った。
「でもね、この百首を丸々全部覚えなくてもなんとかなるのよ。例えばこの札。
『せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすゑにあはむとぞおもふ』
実は百首の中で、『せ』から始まるのはこの歌だけなの。わかる? だから?」
「おう、『せ』って言ったら、『われても』の札を取ればいいんだ」
伊山が納得顔で言った。
「そう、そのとおり。というわけで、『上の句』が読まれ始めてから、取ってもいい『下の句』が決まるまでの先頭の数文字のことを『決まり字』と言うの。この『決まり字』は、一文字から、六文字。だから、まずはこの『決まり字』だけを覚えればなんとかなるってことになるのよ」
「良かった〜」
天見と伊山が元気を取り戻して顔を上げた。
「そこで、その『決まり字』を覚えやすく、まとめたのがこれよ」
岡崎は一枚の用紙を配った。そこには「決まり字」が一字から六字まで、まとめて表にしてあった。
「みんなが覚えやすいように、決まり字の語呂合わせも載せといたわ」
「『足、ながなが』かあ。『足』ってくれば、下の句は『ながなが』だもんな。これいい。岡崎先輩、神だよ!」
伊山が立ち上がって声を上げた。
「まずは、『決まり字』の一字は、七句あるから覚えてみて。
最初は、好きな歌とか、そういうのから覚えてみるのもいいわよ。細かいことは、それからね」
みんなで一時間ほど「決まり字」を覚えて札をとる練習をした。
そこでの思わぬ発見は、柊だ。柊は、すでに百首の歌を全部覚えていたのだ。みんなが何でだと聞くと、
「中学の国語で幾つか覚えさせられたんだ。で、なんか気にいっちゃって、残りも全部覚えた。もともとおばあちゃんとよくやっていて好きだったから」
と言う。みんなは、ただただあきれた。
やっぱりな、強いと思った。ほんと勝っといて良かった。
俺は、密かに胸を撫で下ろす。
岡崎から、決まり字を見たら下の句が見えるぐらいになること、札をとる練習も必要だとの話を聞いて、その日は終わった。
生徒たちが、賑やかに騒ぎながら帰っていく。柊も、ちょこんと俺に頭を下げて出て行った。
まあ、大丈夫そうだな。ここで活動できるんだから。
俺は、まずは国語科の威厳を守れたことにホッとしながら、そんな生徒たちを見送った。
岡崎は別格として、日野も会長の責任感もあって、今年が「かるた競技」とわかった時から練習をしているという。柊も、すでに歌は覚えているし、後は、伊山、天見の二人次第で今年の対抗戦、面白くなりそうな気がしてきた。




