狂信的官僚組織の誕生
全く休まらなかった温泉旅行から帰還した僕は、ついに国家運営の抜本的なシステム改革に乗り出した。
「僕一人の処理能力には限界がある。実務を丸投げ……いや、適切に分担できる『巨大な行政組織』を作るんだ」
僕は手狭になった臨時王宮の隣に、巨大な『中央省庁』の庁舎を建設。同時に、身分や種族を問わず、純粋な知力と法への理解度のみを問う【文官採用試験】をアスタリア全土で実施した。
結果として、人間の平民から優秀な獣人、計算に強いドワーフまで、何百人もの優秀な官僚候補が集まった。
「素晴らしい。彼らに各部門の権限を委譲すれば、僕の机に回ってくるのは最終決裁のハンコを押すだけの仕事になる。……ついに、念願のスローライフが実現するぞ!」
僕は真新しい長官室のふかふかな椅子に深く腰掛け、勝利の紅茶を一口飲んだ。
これで終わったのだ。過酷なデスマーチの時代は。
しかし――僕のその甘い見通しは、わずか数週間で木端微塵に粉砕されることになる。
「アーサー宰相閣下! おはようございますッ!!」
バンッ! と長官室の扉が開き、十数人の若き官僚たちが、目にギラギラとした狂気……いや、尋常ではない熱意の炎を宿して雪崩れ込んできた。
「ど、どうしたんだい君たち? そんなに大量の書類を抱えて」
「はっ! 閣下が我々のような平民や亜人を見出し、法という光を与えてくださったご恩に報いるため、『新規プロジェクト』を立案してまいりました!」
先頭に立つ人間の青年官僚が、ドンッ! と僕の机に分厚い束を叩きつけた。
「まずはこちら! 閣下の提唱された衛生概念をさらに発展させた、『全主要都市・魔導公衆浴場化計画』全五百ページです! 閣下の偉大なる頭脳に目を通していただくにふさわしい、一の隙もない法案に仕上げました!」
「お待ちください! 私の『アスタリア広域農業ブロックチェーン構想』の決裁が先です! 宰相閣下の神のごとき経済理論を応用しました!」
「いいや、俺がまとめた『周辺諸国・完全経済支配条約マニュアル』を閣下にご決済いただくのが先だ!」
次々と僕の机に積み上げられていく、辞書のように分厚い企画書の山、山、山。
「ちょ、ちょっと待って! 君たちの日常業務は!? 税の徴収とか、特許の審査とかは……」
「そのような単純作業は、我々が独自にシステム化し、すでに片付けております! ですから、余った時間はすべて『アーサー閣下のための新たな偉業』を創出することに全振りできるのです!!」
「「「アーサー閣下、万歳!! 建国の神、万歳!!」」」
彼らは完全に目が血走っていた。
僕が採用した優秀な官僚たちは、単なる部下ではなく、僕という存在を崇拝する『狂信的なアーサー推し』の集団と化してしまったのだ。
彼らは僕を休ませるために仕事を奪うどころか、「敬愛する宰相閣下にふさわしい、最高難易度の仕事を持ってくること」こそが忠誠の証だと信じて疑わないらしい。
「おかしい……仕事を減らすために組織を作ったのに、どうして以前より高次元で質の高い仕事が無限に生成されているんだ……っ!」
「素晴らしい忠誠心ですわね、アーサー様」
絶望して天を仰ぐ僕の背後で、エレノアが優雅に新しい紅茶を淹れながら微笑んだ。
「彼らはあなた様の偉大さをよく理解しているようです。さあ宰相閣下、優秀な部下たちの期待に応えるためにも、今夜も決済のサインをいたしましょう。インクの予備なら百本は用意してありますわ」
「……助けて」
僕の絞り出すような声は、熱狂する官僚たちの「閣下! 次はこちらの法案を!」という歓声にかき消されていった。
自分が作り上げた『完璧すぎる官僚システム』によって、僕のスローライフは、もはや絶対に取り返しのつかない次元へと遠ざかっていったのだった。
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