再会、そしてデスマーチ
馬車に揺られること数週間。
かつての大戦で焦土と化し、長らく荒野となっていた大地――旧アスタリア王国の領土に、僕は足を踏み入れていた。
エリザベス女王からの「王配兼、初代宰相として建国を手伝え」という無茶苦茶な勅命を受け、文字通り身一つで送り込まれた新天地。
車窓から見える景色は、まだ瓦礫の山が残る痛々しいものだったが、そこに集う難民たちの顔には、確かな「希望」の光が宿っていた。
「……着きましたぜ、宰相閣下。ここが現在のアスタリア臨時王都です」
護衛の御者に声をかけられ、僕は馬車を降りた。
そこにあったのは、王城と呼ぶにはあまりに質素な、石造りの巨大な砦だった。かつての栄華はないが、実用性と防衛に特化した堅牢な造りだ。
案内されるまま、重厚な扉を抜け、臨時王宮の謁見の間へと進む。
そこには、アスタリアの生き残りの騎士や文官たちがズラリと並び、最奥の玉座には――息を呑むほど美しく、気高い一人の女性が座っていた。
透き通るような銀糸の髪に、王者の証である豪奢なティアラ。
冷徹なまでに研ぎ澄まされた威厳と、いかなる外敵をも寄せ付けない氷のような眼差し。かつて僕の世話をしてくれた「一介のメイド」の面影はそこにはなく、間違いなく一国の頂点に君臨する『女王』の姿がそこにあった。
「よくぞ参られました、王国の最高法務顧問アーサー殿。……いいえ、我がアスタリアの王配にして、初代宰相アーサー公」
凛とした、よく通る声が広間に響く。
その完璧な女王の振る舞いに、周囲の騎士たちは深く頭を垂れ、圧倒的な忠誠を誓っているのがわかった。
「はっ。女王陛下におかれましては、ご健勝で何よりです。微力ながら、この身を粉にして新国家の礎を築く所存です」
僕も法務執行人としての完璧な礼を取り、臣下の礼を尽くす。
「ええ、期待しております。……皆の者、宰相は長旅で疲れている。本日の謁見はこれまでとする。人払いをお願いします」
女王の鶴の一声で、騎士や文官たちが速やかに退出していく。
そして、重厚な扉がパタンと閉まり、広い謁見の間に僕と彼女だけが取り残された、その瞬間。
『――――ッ!!』
玉座から銀色の弾丸のような凄まじいスピードで飛び出してきた女王が、僕の胸に勢いよく飛び込んできた。
「アーサー様ぁっ……! 会いたかったです、お会いしとうございました……っ! この数週間、あなた様がいない世界がどれほど無味乾燥で、どれほど息苦しかったことか……!!」
「ちょっ、エレノア!? 苦しい、君の抱擁は骨が軋むから……!」
さっきまでの女王の威厳はどこへやら。
エレノアは僕の首に腕を回してギュッと抱きつき、頬をスリスリと擦り寄せてくる。その瞳はウルウルと潤み、完全に「ご主人様に甘える過保護なメイド」のそれに戻っていた。
「ああ、アーサー様の匂いです……生きててよかった。本当は、周辺の残党勢力を殲滅して、一日でも早くお迎えに行きたかったのですが、女王としての体裁を保つために我慢したのです。私、偉くないですか?」
「う、うん。偉いけど、女王様が単身で敵陣に殴り込むのは絶対にやめてね。国が始まる前に終わっちゃうから」
僕が苦笑いしながら背中を撫でてやると、エレノアはうっとりとした表情を浮かべた。
「でも、これでようやく……本当に、ずっと一緒にいられますね」
彼女は僕の顔を見上げ、その深海のように重く、底なしに甘い瞳で微笑んだ。
「王配として、そして宰相として。私の国のすべてを、アーサー様が作り上げ、導いてくださる。……これ以上の幸せはございません、もう絶対に離れません、絶対に」
「……」
僕は引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。
そう、僕は一国の「王配」となってしまった。戸籍上も、国際政治上も、僕は完全に彼女の夫であり、この国に縛り付けられることになったのだ。
「さて、感動の再会はこれくらいにして。アーサー様、早速ですが『初仕事』をお願いしてもよろしいでしょうか?」
エレノアは上機嫌で僕の手を引き、玉座のすぐ隣に設置された、やたらと立派な執務机へと案内した。
そして、その机の後ろに積まれた、僕の背丈を優に超える「壁のように積まれた書類の山」を笑顔で指差した。
「現在の我が国の状況です。……法律、ありません。戸籍、ありません。通貨制度、ありません。インフラ、崩壊しています。周辺国との国境問題、山積みです。予算、エリザベス女王からの借り入れのみです。……さあ、宰相閣下。何から始めましょうか?」
「……」
僕は絶望的な書類の山と、かつてないスケールの「何もない」状態の国家を前にして、静かに天を仰いだ。
この世界で、弁護士時代、悪党を法廷で叩きのめすのは得意だった。
しかし、国を一つ、文字通りゼロから立ち上げるなど、僕のキャパシティを遥かに超えている。
「大丈夫です、アーサー様。あなた様の身の回りの世話から、邪魔者の『お掃除』まで、すべてこの私――エレノア・ヴァン・アスタリアが、妻として完璧にサポートいたしますから!」
「ありがとう、エレノア。……とりあえず、徹夜用の濃いブラックコーヒーを淹れてくれるかな。あと、胃薬も」
僕の平穏なスローライフの夢は、旧王国の空の彼方へ完全に消え去った。
愛が重すぎる女王陛下と二人三脚で挑む、【新国家・ゼロからの建国】が、今、絶望的な仕事量と共に幕を開けた。
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