持たざる者達の経済封鎖
宰相派閥を動かしたヴィクトリアの尽力により、翌日の昼には『特別貴族院法廷』を開廷するための過半数の署名が集まった。
法的な大義名分は完成した。あとは王宮へ召喚状を突きつけるだけだ。
だが――一国の絶対権力者が、そう素直に法廷へ足を運ぶはずがなかった。
「……アーサー! 大変だ!!」
ギルド本部の最上階に、血相を変えたウィンストンが飛び込んできた。
「王宮からの通達だ! 『商業ギルドが反逆者を匿い、国家転覆を企てている』として、ギルドの解体と武力制圧が発令された! すでに数百の近衛騎士団が、このビルを完全包囲してやがる!」
窓から下を見下ろすと、王都の中心にあるギルド本部の周囲を、銀色の鎧に身を包んだ完全武装の騎士たちが幾重にも取り囲んでいた。
「特別法廷からの召喚状を握り潰し、軍隊を使って力技で僕たちと依頼人(老婆)の口を塞ぐ気ですか。……法を司る王室が、聞いて呆れる」
僕はため息をついた。
「どうする!? いくらうちの護衛が優秀でも、正規軍の数百人を相手になんて――」
「ご安心を、ウィンストン様」
僕の背後から、エレノアが一歩前に出た。彼女はいつものメイド服のまま、日傘と銀のトレイを優雅に持ち直す。
「一階の入り口に、少し『害虫』が湧いたようですので。私が防虫剤を撒いてまいります。……アーサー様、紅茶が冷める前には戻りますわ」
「えっ? いや、エレノア、相手は軍隊だよ!? いくら君でも……」
「いってまいります」
僕が止める間もなく、エレノアは美しいカーテシーを残し、音もなく部屋を出て行ってしまった。
「お、おいアーサー! あの嬢ちゃん一人でどうする気だ!?」
「……僕にも分かりません。でも、彼女が時間を稼いでくれている間に、僕たちは僕たちの『戦争』を始めましょうか」
僕は窓から王宮の方角を見据え、冷徹な法務執行人の笑みを浮かべた。
「ウィンストンさん。相手が法の土俵に上がらないなら、無理やり引きずり出すしかありません。……ギルドの全権限を使って、『あれ』を発動してください」
「……! ッハ、なるほどな! がはははっ、やってやろうじゃねえか!!」
ウィンストンは極太の葉巻に火をつけ、部屋に設置されたギルド全館への伝声管に向かって怒鳴った。
「全組合員に告ぐ!! これより商業ギルドは、王都における一切の業務を無期限で停止する! 食料、日用品、贅沢品、そのすべての流通を完全にストップしろ!!」
それは、かつてない規模の『ストライキ』の合図だった。
一方その頃。ギルド本部の一階エントランス。
「突入しろ! 逆らう者は斬り捨てろ!」
近衛騎士団の隊長が号令をかけ、重装甲の騎士たちが大盾を構えてギルドの分厚い扉を打ち破った。
だが、踏み込んだ彼らの前に立っていたのは――たった一人の、可憐なメイドだった。
「……土足で上がり込むとは、犬のしつけがなっておりませんね」
エレノアの深海の底のような瞳が、絶対零度の殺気を放つ。
「女……? 邪魔だ、どけッ!」
先頭の騎士が剣を振り下ろす。
しかし次の瞬間、エレノアの姿が掻き消えた。
『――ガァァッ!?』
凄まじい金属の破砕音。エレノアの回し蹴りが、分厚い鋼鉄の盾ごと騎士の身体を吹き飛ばし、後続の十数人をドミノ倒しに薙ぎ払ったのだ。
「我が愛しき主人を邪魔する者は……全員、スクラップにして差し上げますわ!」
そこからは、一方的な蹂躙だった。
剣撃は優雅なステップで全て躱され、彼女が日傘を振るうたびに、近衛騎士たちの鎧が凹み、骨が砕け、悲鳴と共に宙を舞う。
数百人の精鋭部隊は、たった一人のメイドによって、エントランスから一歩も先へ進めず、文字通り鉄屑の山へと変えられていった。
そして、ギルドの『経済封鎖』の効果は、わずか半日で王都の貴族街と王宮をパニックに陥れた。
「こ、国王陛下! 大変です! 王宮の厨房に、小麦も肉もワインも届きません!」
「貴族街の市場から品物が全て消えました! 馬車の運行も止まり、街は機能不全です!」
報告を受ける現国王の顔は、屈辱と焦燥で土気色に染まっていた。
貴族たちは「なぜ今日のアフタヌーンティーがないのだ!」と暴発寸前になり、近衛騎士団は「ギルドのエントランスに恐ろしい化け物がいて全滅しました」と泣きついてくる。
武力で制圧しようにも不可能。
このままでは、法で裁かれる前に国そのものが餓死してしまう。
「……おのれ、おのれぇぇッ! 卑しい平民どもがァァッ!!」
王宮の玉座で、国王は絶望の咆哮を上げた。
『持たざる者』であるはずの平民と商人たちが団結した力は、すでに絶対権力である王の首を、経済という見えない縄で完全に締め上げていたのだ。
翌朝。
ギルド最上階のVIPルーム。
「アーサー様。お待たせいたしました。ダージリンでございます」
「ありがとう、エレノア。……下からものすごい悲鳴と金属音が聞こえた気がしたけど?」
「ええ。ネズミが少し暴れていたので駆除しておきました。
そこへ、ウィンストンとリリーが満面の笑みで飛び込んできた。
「アーサー! 王宮から白旗だ! 国王自ら、今日の午後に開かれる『特別貴族院法廷』へ出頭すると通知が来たぞ!!」
「物流を止められて、貴族どもが泣き喚いたらしいわ。傑作ね!」
リリーが手を叩いて喜ぶ。
武力による隠蔽を粉砕し、経済封鎖で王の退路を完全に断ち切った。
「さあ、いよいよ大詰めです」
僕は立ち上がり、前世から使い続けている法務執行人の黒い鞄を手に取った。
「腐りきった王室の膿を、法廷で最後の一滴まで絞り出してやりましょう」
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