宣戦布告
翌日から、僕は過去の王室の出産記録と、ギルドが持つ王都の裏帳簿を含む戸籍データを徹底的に照合した。
そして、当時の王宮医師の不自然な失踪記録と、同時期にスラムの孤児院に預けられたある赤ん坊の記録を見つけ出す。
「……年齢、身体的特徴、そして裏に動いた金の流れ。間違いない」
当たりをつけた僕とエレノアは、王都で最も治安の悪いスラム街の一角――娼婦たちが客を引く、淀んだ空気の買春窟へと足を踏み入れた。
「アーサー様。このような不潔な場所にあなた様をお連れするなど、メイドとして腸が煮えくり返る思いです」
エレノアは眉をひそめ、僕にすり寄る娼婦たちに『近寄れば首を刎ねる』という無言の殺気を放って道を切り開いていく。
目的の店は、一番奥にあった。
薄暗い部屋で、紫煙をくゆらせている皺くちゃの老婆。彼女がこの買春窟を仕切る元締めであり――先代王妃が探していた『もう一人の子供』だった。
「……何の用だい、お坊ちゃん。ここはあんたみたいな上流階級の来る場所じゃないよ」
老婆は僕をひと睨みし、キセルを叩いた。
僕は単刀直入に切り出した。
「貴女の首元にある、その『百合の紋章』の痣。……それが王家の直系である証ですね。貴女は、現国王の双子の姉だ」
老婆の動きがピタリと止まった。
「双子は王位継承の争いを生むとして、忌み嫌われた。だから貴女は死産と偽られ、スラムへ捨てられた。……先代王妃からの依頼で来ました。貴女の身分を証明し、法の下で正当な地位を取り戻すために」
僕の言葉に、老婆はしばらく呆然としていたが、やがて自嘲気味に笑った。
「馬鹿をお言い。今更、泥水啜って娼婦の元締めまで堕ちたこの私が、王族に戻れるとでも? それに……『あいつ』が、そんなことを許すはずがないだろう」
老婆がそう言った、まさにその瞬間だった。
『――その通り。貴様には、ここで灰になってもらう』
窓ガラスが粉々に砕け散り、黒装束の男たちが雪崩れ込んできた。
以前の隣国の暗殺者たちとは違う。統率の取れた動き、手にした王室特注の業物。それは、国を裏から守るための『国王直属の王属特務兵』だった。
彼らは手に松明と油を持ち、証拠隠滅のためにこの買春窟ごと老婆を焼き払う気だ。
「……やはり、現国王は貴女が生きていることを知っていて、秘密裏に抹殺しようとしていたんですね。自分が『弟』であり、正統な王位継承権が揺らぐことを恐れて」
僕は冷徹な声で呟いた。
王属特務兵の一人が、僕に向けて凶刃を振り下ろす。
だが、その刃が僕に届くことは永遠にない。
「……我が主人の重要な『法律相談』を邪魔するなど、万死に値します」
エレノアが、一切の感情を排した氷のような声と共に、男の腕を正確に関節からへし折った。
「ギャァァッ!?」
「スラムのゴミ掃除は慣れております。アーサー様は、どうぞそのまま依頼人とお話を」
エレノアは振り返ることなく、次々と襲い来る国王の暗殺者たちを、まるで舞を踊るような優雅さで的確に無力化していく。
僕はその背中越しに、老婆――真の王位継承者へ向き直った。
「貴女がこれまで受けてきた理不尽な搾取と、命の危機。……持たざる者の盾として、僕が必ず『精算』してみせます」
僕は、前世で巨悪を追い詰めた氷の検察官の目をしていた。
「証拠は揃っている。襲撃者の身柄も確保できる。……僕はこれより、一国の絶対君主である『国王』その人を、法廷へ告発します」
それは、この国の歴史上誰も成し得なかった、王という絶対権力に対する真っ向からの宣戦布告だった。
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