決別
「……嘘でしょ。これが、あのエドワード?」
隠れ病院の一室。
車椅子に乗せられ、拘束衣を着せられて涎を垂らしている男を見て、リリーは絶句した。
「ああ。隣国の暗部に薬漬けにされ、殺人鬼として操られていた。君を襲ったのも、彼らに植え付けられた『復讐心』のプログラムに従っただけだ」
僕が静かに説明すると、リリーは顔を歪めた。
「『私を襲え』と誘導したのは……間違いなく、私を切り捨てた祖国(隣国)の組織ね」
彼女は震える手で、虚ろな目をしているエドワードの頬に触れた。
「あァ……リリー……僕の、可愛い小鳥……」
「馬鹿な男。あんたも結局、私と同じように組織に利用されて、壊されただけの『ただの駒』だったんじゃない」
憎しみや復讐心をぶつけるつもりだったのだろう。だが、目の前にいる完全に意思を奪われた哀れな男を見て、リリーの瞳からは怒りの火がスッと消え去っていた。
残ったのは、彼と、そして過去の自分自身に対する深い憐憫だけだった。
「……アーサー。もういいわ。この男は、警察なり王室なりに引き渡してちょうだい」
「いいのかい?」
「ええ。こんな壊れた操り人形に復讐したって、虚しいだけよ。……これで、私の過去の因縁は、本当に全部終わったわ」
憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔。
彼女は自分の過去と決別し、新しい人生を歩む覚悟を決めたようだった。
数日後。
エドワードは王族としての全ての尊厳を失ったまま、二度と出られない地下牢の最下層へと幽閉されることになった。さらに僕は、警備費を横領していた貴族たちを法廷へ引きずり出し、彼らも道連れにしてやった。
そして、ギルド本部・最上階の居住スペース。
「アーサー! クッキー焼いてきたわよ! さあ、口を開けて!」
「えっ、いや、リリーさん、自分で食べられるから……!」
怪我が完治したリリーは、なぜか毎日最上階まで入り浸るようになっていた。
過去を清算した彼女は、見違えるほど明るく、そして『僕へのアプローチ』を一切隠さなくなっていた。
「過去の男はキッチリ清算したからね。これからは心置きなく、あんたの奥さんの座を狙わせてもらうわよ!」
「いや、だから僕は別に……!」
『――バキッ』
僕の背後から、分厚いオーク材の机の角が、素手で無惨にへし折られる音が響いた。
「……泥棒猫には、やはり『しつけ』が必要なようですね。アーサー様、五分ほど席を外してもよろしいでしょうか?」
一切笑っていない氷の微笑みを浮かべ、手にしたメリケンサックをはめるエレノア。
「望むところよ! 今日こそ決着をつけてやるわ!」と袖をまくるリリー。
「お願いだから、僕の事務所で命の取り合いをするのはやめてくれ……!!」
表の法廷劇も、裏の暗殺者も、なんとか片付いたはずなのに。
僕の平穏なスローライフは、彼女たちのせいで、またしても遠い彼方へと霞んでいくのだった。
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