病室の告白
その報せがギルド本部に飛び込んできたのは、王都が再び深い濃霧に包まれた翌朝のことだった。
「リリーさんが、『切り裂き魔』に襲われた……!?」
僕とエレノアは仕事を放り出し、王都の外れにあるギルド提携の隠れ病院へと急行した。
薄暗い病室のベッドには、肩から腹部にかけて痛々しい包帯を巻かれ、青ざめた顔で横たわるリリーの姿があった。
「リリー! 大丈夫かい!?」
「……うるさいわね。少し、油断して斬られただけよ。そう簡単にくたばるもんですか」
僕が血相を変えて飛び込むと、彼女は顔をしかめながらも、気丈に憎まれ口を叩いた。
昨夜、ギルドの仕事を終えて帰路についていた彼女は、濃霧の路地裏で突如として見知らぬ影に急襲されたという。
「流石は元・暗殺組織の幹部というべきでしょうか。王都を震え上がらせている本物の『切り裂き魔』の奇襲を受け、手負いでありながら撃退して生還するとは。……大した生命力ですわね」
僕の背後に立つエレノアが、冷ややかな、しかしどこか彼女の戦闘スキルを正当に評価したようなトーンで呟く。リリーはフンッと鼻を鳴らした。
「伊達に修羅場はくぐってないわ。……でも、警察には通報していないし、事情聴取も断った」
「何故そんな……」
「理由はあるわ、当然」
リリーは痛む体を庇いながら身を起こすと、枕元に隠していた「ある物」を僕たちに差し出した。
血に染まった、布の切れ端だった。
「奴の凶刃を躱した時、隙をついて奪い取った『犯人の服の一部』よ」
「これは……」
僕が受け取って布地を調べる。
しかし、それは拍子抜けするほどありきたりなものだった。王都の平民や労働者がよく着ている、安物の大量生産されたシャツの生地。これだけでは、王都中にいる何万という人間の中から犯人を特定することなど不可能に近い。
「ええ、ただの安物のシャツよ。でもね……私は、布地じゃなくて『中身』に心当たりがあるの」
リリーの言葉に、僕とエレノアは顔を見合わせた。
「奴と刃を交えたほんの数秒間。暗闇の中で、奴の『動きの癖』や『息遣い』……そして、微かに漂ってきた『香りの名残』。……間違いないわ」
リリーは僕ではなく、真っ直ぐにエレノアの目を見た。
恋のライバルとして火花を散らした相手に対し、彼女は初めて、純粋な「頼み事」をするような真剣な眼差しを向けたのだ。
「エレノア。あんたに依頼するわ。……犯人は、あの男よ。かつて私が唆し、あんたたちが破滅させた元王太子、エドワード」
「……エドワード殿下、だと?」
予想だにしなかった名前に、僕は思わず声を上げた。
「待ってくれ、リリー。エドワードは廃嫡され、北の離宮で一生軟禁されているはずだ。それに、あの愚かで臆病な彼が、夜な夜な女性を解体する残忍な『切り裂き魔』になったというのか?」
「信じられないのも無理はないわ。でも、私には分かる。あいつは私が一番近くで操っていたバカ男だもの」
リリーはシーツをギュッと握りしめ、ギリッと歯を食いしばった。
「あいつの裏には、きっとまだ『何か』がある。……ねえ、持たざる者の盾の過保護メイドさん。お願い、彼を止めて。そして、私の前に引きずってきてちょうだい」
静かな病室に、リリーの悲痛な声が響く。
エレノアは表情を一切変えず、ただ静かにリリーを見下ろしていたが、やがて優雅なメイドの所作でスカートの裾をつまみ、一礼した。
「……承知いたしました。我が主人の平穏を脅かす可能性のある害獣は、私が責任を持って捕獲し、首輪をつけて貴女のベッドの下へお届けしましょう」
「……ありがと。期待してるわよ」
リリーは少しだけ安堵したように息を吐き、ベッドに深く沈み込んだ。
病室を後にした僕たちの足取りは重かった。
北の離宮にいるはずの廃嫡された元王太子が、なぜ王都で凶行に及んでいるのか。スラムを徘徊する理由は何なのか。
果たして、あの救いようのない愚か者が本当に『切り裂き魔』の正体なのだろうか?
「アーサー様」
霧に包まれた王都の通りを歩きながら、エレノアが静かに口を開く。
「北の離宮の警備状況と、エドワードの現在の動向……私が『裏の伝手』を使って、早急に洗い直してまいります」
「ああ、頼んだよ。僕はギルドの情報網と法的な記録から、ここ最近の彼の痕跡を探ってみる」
単なる猟奇殺人だと思われていた事件が、かつての因縁と複雑に絡み合い始めた。
霧の都に潜む『本物の怪物』の正体を暴くため、僕たちの二度目の推理と戦いが静かに幕を開けた。
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