ライバル誕生
「――以上により、被告人リリーは現在、隣国から命を狙われる『政治的難民』の立場にあり、国家反逆罪の適用外であります。また、暗殺未遂に関しても物的証拠が不十分です」
法廷の中央。僕は『ブラックストーン法釈義』の例外規定と、隣国の暗部が彼女を切り捨てた証拠書類を突きつけ、完璧な論陣を張った。
検察側はぐうの音も出ず、結果としてリリーは「国外追放の猶予」という形での超法規的な釈放を勝ち取った。
法廷の外の廊下。
手錠を外され、自由の身となったリリーが、複雑な表情で僕の前に立っていた。
「……なんで、私を助けたのよ。あんたを殺そうとしたのに」
「法務執行人として、依頼人の利益を守っただけだよ。でも、リリーさん」
僕は彼女の目を真っ直ぐに見据えて、静かに告げた。
「もう、裏の仕事からは足を洗った方がいい。貴女はまだ、そんなに魅力的で美しいんだ。人生を暗闇の中で終わらせるには、あまりにももったいないよ」
お人よしな僕の、心からの本音だった。
その言葉を聞いた瞬間、リリーの顔がポンッと林檎のように真っ赤に染まった。彼女は慌てて顔を背け、金色の髪をバサッと揺らす。
「か、関係ないでしょ! 私の勝手よ! あんたみたいな甘っちょろい男の言うことなんか……!」
早口でまくしたてる彼女だったが、立ち去る直前、蚊の鳴くような小さな声でポツリとこぼした。
「……ありがと」
それだけを残して、彼女は逃げるように廊下の奥へと走り去っていった。
典型的な悪女だと思っていたが、根は案外素直なのかもしれない。僕は苦笑して、その背中を見送った。
* * *
そして、次の日の朝。
僕が仕事のためにギルド本部の1階ロビーへ降りていくと、目を疑うような光景が広がっていた。
「いらっしゃいませ。新規の法律相談ですね、こちらの書類にご記入を……」
ギルドの公式な制服を身に纏い、受付カウンターで完璧な笑顔を振りまいている女性。
間違いなく、昨日釈放されたばかりのリリーだった。
「リ、リリーさん!? なんで君がギルドの受付をやってるんだ!?」
僕が驚いて声を上げると、リリーはツンとすまして鼻を鳴らした。
「あんたが、まともな仕事に就けって言ったんでしょ。ウィンストンのおっさんに泣きついて、雇ってもらったのよ。……私は一度受けた恩は忘れない主義なの」
「そうか……。うん、とても似合っているよ。頑張って」
僕が素直に褒めると、リリーは再び顔を真っ赤にして視線を泳がせた。
そして、カウンター越しに身を乗り出し、僕にしか聞こえないような小声でボソリと呟いた。
「……なんなら、あんたの奥さんとして永久就職するってのも、考えてあげてもいいけどね」
「え? ごめん、周りがうるさくてよく聞こえなかった。なんだって?」
僕が聞き返した、その瞬間だった。
『――――ッ!!』
僕のすぐ背後から、空気がピキリと凍りつくような、凄まじい「重圧」が膨れ上がった。
振り返ると、そこにはいつもの完璧な微笑みを浮かべるエレノアが立っていた。
いや、違う。唇は笑っているが、その瞳は一切笑っていない。深海の底よりも暗く、冷ややかな視線で、受付カウンターのリリーを真っ直ぐに見据えていたのだ。
「……あら、新人の受付嬢さん。アーサー様はこれから法廷の準備でとてもお忙しいのです。ただの『一介のメイド』からの忠告ですが……あまり私の主人に馴れ馴れしくされると、痛い目を見ますわよ?」
エレノアから放たれる静かで圧倒的な威圧感。並の人間ならその場で青ざめて逃げ出しているだろう。
だが、かつて隣国の暗殺組織で幹部まで務めた修羅場慣れしているリリーは、その殺気を正面から受け止め――ひるむどころか、好戦的で不敵な笑みを浮かべた。
「ふーん? 『ただのメイド』の分際で、随分と出しゃばるじゃない。……いいわよ、その喧嘩、受けて立ってあげる。アーサーの隣に立つのが誰にふさわしいか、きっちり教えてあげるわ」
リリーがカウンターから身を乗り出し、真っ向から視線で睨み返す。
「……身の程知らずな泥棒猫には、徹底的なしつけが必要なようですね」
「やれるもんならやってみなさいよ、この過保護メイド!」
僕の頭越しで、バチバチと凄まじい火花が激しく交錯する。
「えっと……二人とも、どうしたんだい? 随分と仲が悪いというか、血気盛んだね……?」
「「なんでもありません(ないわよ)、アーサー様!」」
見事にハモった二人の声に、僕は思わず肩をビクッと跳ねさせた。
ギルドの受付という最も身近な場所に、新たな火種が生まれた。
ただ、まだ僕は呑気に2人仲良くすれば良いのにとか考えていた。
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