まさかの依頼人
王都の中心、商業ギルド本部の最上階。
僕の日常は、絶え間なく舞い込む依頼書と分厚い判例集の山に埋もれていた。
「アーサー様。お疲れのようですから、少し休憩になさってください。甘いクッキーを焼きましたわ」
「ありがとう、エレノア。君の淹れてくれる紅茶がないと、僕はとっくに過労で倒れているよ」
僕が書類から顔を上げて微笑むと、エレノアは嬉しそうに頬を染め、いつものように背後から僕の首元に柔らかな腕を回してきた。
忙しい日々ではあるが、僕の心は不思議と充実していた。理不尽な契約で泣き寝入りしていた平民を救い、傲慢な貴族たちを法廷で叩きのめす。僕が前世で信じていた「法と正義」が、この世界で確実に弱き者たちの盾となっている実感があったからだ。
そんな充実した日々を送っていたある日。
分厚い扉をバンッと開けて、ギルド長のウィンストンが厄介な書類を持って飛び込んできた。
「アーサー! とんでもねえ依頼が飛び込んできたぞ。……地下牢の死刑囚からだ」
「死刑囚? まさか、冤罪事件ですか?」
「いや……お前さんもよく知ってる顔だ。先週、ギルドの裏口からお前さんの命を狙って忍び込もうとしやがって、警備兵に捕まった暗殺組織の幹部だよ」
ウィンストンが机に投げ出した調書を見て、僕は思わず目を丸くした。
そこに記されていた名前は――『リリー』。
かつて僕が王太子と共に地獄へ突き落とし、隣国の暗部の手引きで脱獄したはずの、あの元・男爵令嬢だったのだ。
王都警察の地下牢。
鉄格子の向こうで、ボロボロの囚人服を着たリリーが、床に座り込んで僕を睨みつけていた。
「……まさか、自分から直に襲いかかってくるとはね。リリーさん」
僕が呆れたように言うと、彼女はギリッと歯を鳴らした。
「あんたのせいよ! 私が何度優秀な暗殺者を差し向けても、なぜか全員、窓から落ちたり階段から転げ落ちたりして帰ってこないんだから! 業を煮やして私が直々に毒矢を撃ち込もうとしたら……」
リリーは忌々しそうに、僕の背後に控えるエレノアを指差した。
「そこのメイドが、たまたま振ったカーペットに足をすくわれて、気がついたら衛兵に囲まれてたのよ! 冗談じゃないわ!」
「……エレノア、掃除中に怪我はなかったかい?」
「はい、アーサー様。ネズミが出たかと思って驚きましたが、大丈夫でございます」
エレノアは涼しい顔で答えた。
「それで? 国家反逆罪に加えて、僕への暗殺未遂。このままいけば三日後には死刑台送りだが……僕に弁護をしろと?」
僕が冷徹な目で問いかけると、リリーは屈辱に震えながらも、頭を深く下げた。
「……お願い。助けて。祖国は、失敗続きの私を完全に見捨てたわ。……あんたにしか、この状況をひっくり返せないのよ」
一度目は、僕の弁護で無罪を勝ち取った直後、僕自身の手で彼女を国家反逆罪に突き落とした。
ならば、二度目はどうなるか。
(隣国の情報を引き出すカードにもなる。それに……法の下では、どんな悪党にも弁護を受ける権利はある)
「……いいでしょう。引き受けます」
僕は穏やかな微笑みを浮かべた。
リリーは信じられないものを見るように、大きく目を見開いていた。
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