新たな敵
王太子廃嫡の騒動から数日後。
共犯として投獄されていた男爵令嬢リリーから、驚くべき依頼が舞い込んだ。僕を「自分の担当弁護士にしてほしい」というのだ。
「先生ぇ……私、殿下に脅されて無理やり付き合わされていたんですぅ。お願いです、私を助けて……っ」
面会室のガラス越しに、リリーは涙ながらに庇護欲をそそる演技をしてきた。僕のお人よしな性格を利用し、法の抜け穴で逃げ切るつもりなのだろう。
「……アーサー様。あのような性悪女の依頼など、受ける必要はございません」
隣で冷たい視線を向けるエレノアの制止をよそに、僕はいつものような笑顔を向けた。
「いいですよ、リリーさん。貴女の弁護、引き受けましょう」
「本当!? ああっ、先生は私の救い主ですぅ!」
そして迎えた、リリーの裁判。
検察側は「王太子の横領を唆した主犯」として彼女を追及したが、僕はそれを完璧な弁護で粉砕した。
「検察側の主張は推測に過ぎません。彼女はあくまで『王太子から贈り物を受け取っただけ』であり、横領を直接指示したという物的証拠は存在しない。よって、本件の横領罪において彼女は無罪です」
「無罪……!」
法廷にどよめきが走り、リリーは歓喜の表情を浮かべた。
(勝った……! さすがは『持たざる者の盾』、ちょろい男だわ!)という彼女の心の声が聞こえてくるようだ。
だが、僕はそこで終わらせるつもりはなかった。
「――裁判長。本件における弁護人としての任務は完了いたしました。しかし、私はこの国の法と正義を重んじる一人の法務執行人として、新たな『告発』を行いたいと思います」
僕は手元のカバンから、エレノアが命懸けの裏仕事で集めてきた「もう一つの黒革のファイル」を取り出し、裁判長の席へと提出した。
歓喜に浸っていたリリーの顔が、ピクリと引き攣る。
「リリー男爵令嬢が無罪となった資金について、私は個人的に金の流れを追跡しました。その結果……彼女の生家である男爵領から、敵対する『隣国』の軍事情報機関へと、定期的な資金援助と王宮の機密情報が流出している証拠を発見したのです」
「……なっ!?」
リリーの顔から一瞬にして血の気が引き、法廷は水を打ったように静まり返った。
「つまり、貴女の真の目的は、バカな王太子を誘惑して国費を浪費させ、王室を内部から崩壊させること。王国の隠れた内情を探ること。貴女の生家は、隣国の暗部と結託した『スパイ』だったというわけです。……違いますか?」
僕が氷のように冷徹な目で見下ろすと、リリーは発狂したように叫び声を上げた。
「ち、違う! 私は知らない、そんな証拠はでっち上げよ!! 誰か、誰かこいつを黙らせて!!」
もはや横領などの小さな罪ではない。国家反逆罪という大罪が確定し、彼女は絶望の悲鳴を上げながら牢獄へと引きずられていった。
これで、国を蝕む悪党はすべて一掃された。
今度こそ、エレノアと平和なスローライフを送れる――そう思っていた。
その日の夜。暖炉の火が燃える下宿の書斎で、僕とエレノアは王宮からの急使の報告を聞いて言葉を失っていた。
「……牢獄が破られた?」
「はい、アーサー様。完全武装した所属不明の暗殺部隊……おそらく隣国の『暗部』の手引きにより、リリー男爵令嬢が脱獄しました。見張りの兵たちは全員、一撃で命を奪われていたそうです」
エレノアの声も、いつになく緊張を帯びていた。
ただの悪女だと思っていた彼女は、隣国の巨大な軍事組織にとって「切り捨てるには惜しい」ほど重要な手駒だったということだ。
「そして……アーサー様。牢獄の壁には、貴方へ向けたメッセージが残されていたそうです」
エレノアが差し出した報告書。
そこには、看守の血を使って壁一面に書き殴られた、おどろおどろしい文字が模写されていた。
『アーサー。必ず復讐してやる』
「……どうやら、僕のスローライフはもう少し先になりそうだな」
僕は深い深いため息をついた。
「ご心配には及びません、アーサー様」
エレノアが僕の背後に回り、その華奢な腕で僕の首元をギュッと抱きしめる。
「隣国の暗部がどれほど恐ろしかろうと、私がいかなる手段を用いても、あなた様を必ずお守りいたします。……私からあなたを奪おうとする者は、肉片一つ残さず消し去ってさしあげますわ」
耳元で囁かれる、深くて重すぎる愛情と、静かなる殺意。
法の光が届かない闇の力が、僕たちに迫ろうとしている。
『持たざる者の盾』と呼ばれたお人よしの弁護士と、内に激しい愛と知略を秘めた元王女のメイド。
二人の真の戦いは、ここから幕を開けるのだった。
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