婚約破棄
オックスオード大学の卒業を祝う、王宮での壮麗な夜会。
シャンデリアの眩い光が降り注ぐ大広間で、我が国の王太子エドワードは、大勢の貴族たちが見守る中で声高に宣言した。
「ヴィクトリア! 貴様のような冷酷で可愛げのない女との婚約は、今日この時をもって破棄する! 私の正妃には、ここにいる心優しきリリーこそがふさわしい!」
宰相の令嬢であるヴィクトリアを指差し、勝ち誇ったように笑うエドワード。彼の腕には、男爵令嬢のリリーがこれ見よがしにしなだれかかっている。
どよめく会場。だが、エドワードの愚行はそれだけでは終わらなかった。
「さらに! 近年、我が王太子の宮廷費が何者かによって横領されていた件だが……犯人が判明した!」
エドワードはバッと振り返り、広間の隅にいた僕――アーサー・アッシュクロフトを指差した。
「私腹を肥やしていたのは、私の側近であるアーサー! 貴様だ! 商人と結託して帳簿を誤魔化し、私に罪をなすりつけようとしたな! 近衛兵よ、この大罪人を捕らえよ!」
ああ、なるほど。
自分が使い込んだ莫大な遊興費の穴埋めと罪を、日頃から尻拭いをさせていた「お人よしのモブ貴族」に全部押し付ける気か。
僕に同情していた周囲の貴族たちが、一斉に非難の目を向けてくる。その中には、僕の父親であるアッシュクロフト伯爵の姿もあった。彼は青ざめ、「私の息子が勝手にやったことです! アッシュクロフト家は無関係だ!」と見苦しく叫んでいる。
だが、僕は小さくため息をつき、顔に貼り付けていた「お人よしの微笑み」をスッと拭い去った。
同時に、僕の一歩後ろに控えていたエレノアが、氷のように冷たい笑みを浮かべて分厚いファイルを取り出す。
「……エドワード殿下。貴方のその軽薄な口から出た言葉、法廷においては『名誉毀損』および『虚偽告訴』にあたる大罪ですが。覚悟の上でのご発言ですね?」
僕の声は、大広間の喧騒を一瞬で凍りつかせるほど、低く、冷徹に響いた。
「な、なんだその態度は! 言い逃れできると思うな!」
「言い逃れなどしませんよ。事実のみを、証明するだけです。――エレノア」
「はい、アーサー様」
エレノアが優雅な所作で書類を配り始める。その向かう先は、会場の最奥に静かに座っていた、国王陛下と宰相閣下(ヴィクトリアの父)だった。
「これより提出するのは、エドワード殿下が過去三年間において、東インド貿易商会や王都の宝石商に対し、『王太子特権』を乱用して個人的な負債を押し付けた全ての帳簿と、不当な圧力の証拠となる直筆の念書です」
「なっ……!? 貴様、なぜそれを……!」
エドワードの顔から血の気が引く。
「さらに――」
僕は前世の法廷で幾度となく悪党を追い詰めてきた、氷の検察官の顔で、今度は自分の父親を真っ直ぐに見据えた。
「王太子の遊興費の出どころの一つとして、我が実家であるアッシュクロフト伯爵家が、東部領地での違法な土地接収で得た利益を『裏金』として殿下に献上していた決定的な証拠。および、ブラックストーン法釈義・第4巻に基づく『貴族法違反』と『脱税』の記録もあわせて提出いたします」
「あ、アーサー!? 貴様、実の親と家を売り渡す気かぁっ!?」
父親が発狂したように叫ぶが、僕は感情の無い声で一刀両断した。
「ええ。法を犯し、弱者を踏みにじるような腐った家など、とうの昔に見限っております。受けた理不尽は、相手が王太子であろうと実の親であろうと、法と証拠をもって徹底的に精算させていただく。それが私の流儀ですので」
逃げ道を完全に塞ぐ、完璧な論理の檻。
息を呑むほどの静寂の中、玉座から重々しい足音が響いた。国王陛下だ。
「……見苦しいぞ、エドワード。そしてアッシュクロフト伯爵よ」
「ち、父上! これは陰謀です!」
「国王陛下、お待ちください! これは息子が勝手に――」
「黙れッ!!」
国王の怒声に、エドワードと父親は揃って腰を抜かしてへたり込んだ。
「宰相から、お前たちの目に余る癒着と横暴については幾度も報告を受けていた。エドワードを廃嫡とし、王族の身分を剥奪する。一生、北の離宮での軟禁生活を送るがいい!」
「そ、そんな……いやだあぁぁぁっ!」
「さらに、アッシュクロフト伯爵家は取り潰しとする! 当主は全財産没収の上、投獄せよ! なお、三男アーサーについては、自ら不正を告発した功績と、これまでの商人保護の功労を認め、連帯責任から除外する!」
近衛兵に引きずられていくエドワードと父親の惨めな悲鳴が遠ざかる。
ヴィクトリアは僕に向かって、感謝を示すように小さく頷いた。裏で結んでいた彼女との司法取引は、完璧に遂行されたのだ。
「アーサー様。素晴らしい法廷戦術でございました」
エレノアが僕の背後に寄り添い、うっとりとした熱い吐息を漏らす。
こうしてバカな王太子と腐った実家は自滅し、僕たちは完全な自由を勝ち取った。
……はずだったのだが、事態は思わぬ方向へ転がることになる。
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