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『【悲報】嫌われようと100回画策した結果、冷酷な生徒会長を100%の重愛(ヤンデレ)に覚醒させてしまったんだが』  作者: みーすけ


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第2話:不文律の侵犯、あるいは完璧な先輩の「綻び」

 翌日、僕は重い足取りで再び生徒会室の前に立っていた。

 

 昨日の無礼な態度は、自分でも背筋が凍るような暴挙だった。普通なら今頃、担任か生活指導の教師に呼び出され、厳重注意を受けていてもおかしくない。一ノ瀬瑞希という存在は、この学園においてそれほどまでに「神格化」されているからだ。

 

 しかし、何事もなかった。

 

 教室でも、廊下でも、僕を咎める声は一切聞こえてこない。

 

「……やはり、あのマイナス100は本物だということか」

 

 嫌悪が極致に達すれば、怒りさえ湧かない。ただ存在を消したい、視界から排除したい。彼女にとって、僕はもはや「教育すべき生徒」ですらなく、ただの「不快なノイズ」に過ぎないのだ。

 

 僕は生徒会室のドアを、昨日よりもさらに乱暴に叩いた。

 

 返事を待たずに部屋へ入ると、そこには既に彼女がいた。窓から差し込む午後の光が、彼女の艶やかな黒髪を透かしている。

 

「失礼します。……昨日の続き、まだあるんですか」

 

 僕はあえて鞄を予備の机に放り投げ、ドサリと音を立てて椅子に座った。先輩への敬意など、微塵も感じさせない振る舞いだ。

 

 一ノ瀬先輩は、手元の万年筆を置くと、ゆっくりと僕の方を向いた。

 

 その視線は、昨日よりも少しだけ長く僕の顔に留まった気がした。

 

「……ええ。そこに、今朝届いた各部活動からの予算要望書があるわ。それを、項目別に精査して。……あなたの昨日の『非効率的』だという指摘、一理あると思って、少し手順を変えてみたのだけれど」

 

 彼女の頭上の数字を見る。

 

『-100』

 

 依然として、氷のように冷たく、完璧な三桁。

 だが、僕の心臓は一瞬、嫌な跳ね方をした。

 

 手順を変えた? あの「完璧」と謳われる一ノ瀬瑞希が、後輩の、それもあんな失礼極まりない言葉を「一理ある」と受け入れたというのか。

 

「……何なんですか、それ。媚び売ってるつもりですか? 僕は先輩に気に入られたくてあんなこと言ったんじゃないですよ。ただ、自分の時間が無駄になるのが嫌なだけです」

 

 僕は資料を乱雑にめくりながら、これでもかと毒を吐いた。

 

 資料の中身は、サッカー部や吹奏楽部が切実に訴える予算の増額案だ。僕はそれらを一枚一枚、わざとらしいほど冷淡な目で見つめる。

 

「サッカー部、遠征費の補助。吹奏楽部、リードの購入費用。……下らない。自分たちでバイトでもして稼げばいいじゃないですか。こんなものをいちいち精査するなんて、先輩も暇なんですね」

 

 僕は赤ペンを手に取ると、申請書の余白に「却下」「再検討」という文字を、殴り書きのような筆致で書き込んでいった。

 

 一ノ瀬先輩は何も言わない。ただ、僕がペンを動かす音だけが、静かな部屋に響いている。

 

 この沈黙が怖い。彼女がいつ、「もういいわ、出て行って」と冷たく言い放つのか。それこそが僕の望みのはずなのに、心のどこかで彼女の「底」が見えないことに不安を覚えていた。

 

「……ねえ。どうしてそんなに、突き放すような言い方をするの?」

 

 ふいに、彼女が椅子から立ち上がり、僕のデスクへと近づいてきた。

 

 微かな石鹸のような香りが、僕の鼻腔をくすぐる。

 

 彼女の長い指先が、僕が「却下」と書いたサッカー部の申請書の上に置かれた。

 

「一ノ瀬先輩。近いです。……仕事の邪魔ですよ」

 

「邪魔、ね。……あなたは、彼らがどれだけ必死にこの書類を書いたか、考えたことはあるかしら。……きっと、ないわよね。あなたは、ただ、数字と効率だけを見ている」

 

 その声は、震えていた。

 怒りか、あるいは別の何かか。

 

 僕は確信した。これだ。ついに彼女の「逆鱗」に触れた。学園全体の平穏と生徒たちの情熱を守る生徒会長にとって、僕のこの「無慈悲な選別」は、最も許しがたい冒涜に違いない。

 

「ええ、見てませんよ。情熱なんて、予算編成に関係ないですから。……失望しましたか? だったら、今すぐ僕をここから追放すればいい。お互い、それが一番幸せでしょう」

 

 僕は彼女の瞳を正面から見据えた。

 

 美しく、冷たい一ノ瀬瑞希の瞳。その奥で、何かが激しく揺れ動いている。

 

 さあ、来い。「-100」が「-120」にでもなって、僕をこの密室から解き放ってくれ。

 

 だが、僕が目にしたのは、予想だにしない数字の変化だった。

 

『-99』

 ……え?

 

 今、1減った(1増えた)のか?

 動くはずのない、絶対零度の壁が、わずかに、本当にわずかに溶け出した。

 

「……面白いわね、あなた。……誰も、私の前でそんなに『冷酷なフリ』を貫けた人はいないわ。みんな、最後には私に気に入られようと、顔色を窺い始めるもの」

 

 先輩の口元が、ほんの少しだけ吊り上がった。それは微笑みというにはあまりに歪で、でも、どこか「解放」されたような、不思議な表情だった。

 

「……フリ? 何言ってるんですか。僕は本気で――」

 

「明日も、来なさい。……あなたのその『無慈悲なペン』が、この学園にどんな結果をもたらすのか、私が最後まで見届けてあげる」

 

 彼女の指が、僕の赤ペンに触れた。

 

 その指先は驚くほど熱く、僕の体温を奪い去るかのようだった。

 

「-99」。

 

 たった1.この「1」が持つ意味を、僕はまだ理解していなかった。

 

 嫌われようとして、一歩近づいてしまった。

 

 その事実が、夕暮れの生徒会室に、言いようのない重低音となって響き渡っていた。

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