ー第4節 ボスモンスターを極上の食材に変え、安酒で乾杯する姿が現代社会に疲れた人々の心に突き刺さる
第4節 ボスモンスターを極上の食材に変え、安酒で乾杯する姿が現代社会に疲れた人々の心に突き刺さる
ダンジョンの最奥。
そこには、このエリアのボスである「マッドクラブ」が待ち構えていた。軽トラックほどの大きさがある巨大な泥ガニだ。
ハサミの一撃は岩をも砕く。
だが、今の相田に見えているのは「強敵」ではない。
「……素晴らしい。なんて立派な味噌が詰まっていそうな甲羅なんだ」
相田はゴクリと喉を鳴らした。
『食欲こそ生の根源。行け、相田よ。その殻を割り、生命を啜れ』
毛玉の激昂(応援)を受け、相田は走った。
カニがハサミを振り下ろす。轟音と共に地面が割れる。
相田は砂埃の中を、風のようにすり抜けた。
狙うは関節の一点。
「失礼します、ちょっと殻を外しますね」
相田の指先が、カニの関節の隙間に滑り込む。そして、手首を軽くひねった。
パキッ。
巨大なハサミが、嘘のように簡単にポロリと落ちた。
さらに、相田はカニの懐に飛び込み、腹部に掌を当てた。
「波動拳……じゃなくて、ええと、甲羅割り」
ズドンッ!!
内部から衝撃を与え、身を傷つけずに外骨格だけを粉砕する神業。マッドクラブは泡を吹いて沈黙した。
戦闘時間、わずか十秒。
相田はすぐさまリュックから携帯コンロと小鍋を取り出した。水は持参している。
「今日はカニ鍋ですね」
その場での調理開始。
グツグツと鍋が煮える音が、マイクを通して配信される。いい匂いが画面越しに伝わってきそうだ。
相田は、コンビニで買ったワンカップ大関の蓋を開けた。
「それでは、今日という一日、そしてこのカニさんの命に。乾杯」
夕日に染まる空――ではなく、薄暗いダンジョンの天井を見上げながら、相田は酒を一口飲んだ。
そして、茹で上がったカニの身を口に運ぶ。
「……ふぅ」
深いため息。
至福。
ただそれだけが、相田の顔に書いてあった。
過酷な現代社会、競争、マウントの取り合い。そんなものとは無縁の、純粋な「充足」がそこにあった。
視聴者数は五万人を超えていた。
『泣けてきた』
『俺は何のために働いてるんだろう』
『これこそが真の豊かさか』
『ただ酒飲んでるだけなのに、神々しい』
相田悟。
無職、貯金なし、安酒飲み。
しかしこの夜、彼は日本のインターネットにおいて、最も「満たされた男」として伝説になった。
本人は、ただカニが美味いこと以外、何も気にしていないのだが。




