ー第3節 生老病死の理を超越した拳、慈悲の心で放たれた一撃がモンスターを粉砕する
第3節 生老病死の理を超越した拳、慈悲の心で放たれた一撃がモンスターを粉砕する
女性社員とオークの間に、相田が割り込んだ。
細身のスーツ姿。どう見ても無謀だ。
「相田くん!? 逃げて!」
女性が叫ぶ。
オークは邪魔者が増えたことに苛立ち、鼻息を荒くした。棍棒が風を切って振り下ろされる。鉄骨すらへし折る破壊力。
相田は、それを半眼で見上げた。
世界がスローモーションに見える。
『全ては流転する。この棍棒も、この肉体も、ただの粒子の集まりに過ぎない』
(そうだね。痛いのも怖いのも、ただの電気信号だ)
相田は、避けることすらしなかった。
ただ、右手を静かに前に出した。まるで、握手を求めるかのように。
「――還りなさい」
ドォォォォォンッ!!
轟音が炸裂した。
相田の掌底が、オークの腹部に触れた瞬間だった。
オークの巨体が、くの字に折れ曲がった。いや、折れ曲がったのではない。腹部を中心に衝撃波が突き抜け、背後の壁ごと吹き飛ばされたのだ。
砲弾のように飛んでいったオークは、さらに後ろにいた二体のオークを巻き込み、ビルの外壁をぶち抜いて空の彼方へ消えていった。
「……は?」
静寂。
腰を抜かしていた同僚たちも、机の下の山崎も、口をあんぐりと開けている。
相田は軽く手を払った。スーツには埃一つついていない。
「諸行無常だな」
相田は呟いた。彼にとって、これは攻撃ではない。乱れた調和を元に戻す作業に過ぎなかった。
残ったオークたちが、戦慄したように後ずさる。知能の低い魔物ですら、目の前の男が発する異様なオーラ――「無」の圧力を感じ取っていた。
『感情を燃やせ。魂を精製しろ。お前の拳は、輪廻を断ち切るハンマーだ』
脳内で毛玉がマンダラ模様を回転させる。
相田の思考はさらにクリアになる。ハイになっているわけではない。極限まで落ち着いているのだ。
「君たちも、辛いだろう。こんな狭いオフィスで暴れるのは」
相田は一歩踏み出した。
縮地。誰もその動きを目で追えなかった。
次の瞬間、相田は残りのオークたちの中心に立っていた。
「楽にしてあげよう」
振るわれたのは、素手のパンチ。
だが、その拳からは金色の衝撃波が発生していた。
パァンッ!
乾いた音が響くと同時に、オークたちの上半身が消し飛んだ。血飛沫すら上がらない。圧倒的なエネルギーによって、瞬時に粒子レベルまで分解されたのだ。
「……ふぅ」
相田は息を吐き、乱れたネクタイを直した。
「さて、業務に戻……りませんね、もう辞めるんでした」
彼は何事もなかったかのように、呆然とする山崎の元へ歩み寄った。
山崎は失禁していた。
「ひっ、ひぃっ! 来るな! 化け物!」
「化け物とは失礼な。辞表です」
相田は懐から封筒を取り出し、震える山崎の頭の上にそっと乗せた。
「有給消化については、後ほど総務と相談します。では」
相田は踵を返した。
その背中は、どこまでも清々しかった。




