ー第3節 生きることは苦痛であり快楽である、膝上の毛玉と共に語られる相田独自の人生哲学
第3節 生きることは苦痛であり快楽である、膝上の毛玉と共に語られる相田独自の人生哲学
相田の膝の上では、毛玉が丸くなって日向ぼっこをしていた。
通行人にはただのゴミ袋か何かに見えるかもしれないが、相田と麗華には、それが世界で一番安らかな存在に見えていた。
「師匠」
麗華がビールを一口飲み、少し真面目な顔で尋ねた。
「師匠は、怖くないのですか?」
「何がです?」
「これから先のことです。ダンジョンはまだありますし、また強い魔物が現れるかもしれません。それに……無職ですし」
最後の一言は余計だったが、真理だ。
相田は空を見上げた。
雲が流れていく。形を変え、消え、また生まれる。
「怖いですよ、そりゃ」
相田は正直に答えた。
「お金がなくなるのも怖いし、痛いのも嫌だ。またブラック企業に就職しなきゃいけないかもしれないと考えると、吐き気がします」
「で、ではなぜ、そんなに平然としていられるのですか?」
相田は膝の上の毛玉を撫でた。
ゴロゴロと喉を鳴らすような振動が伝わってくる。
『恐怖も不安も、ただの味付けだ。甘いだけの菓子は飽きる。苦いコーヒーがあるから、ケーキが美味いのだ』
毛玉の言葉を、相田なりに翻訳して伝える。
「生きるってのは、基本的に苦しいことの連続です。思い通りにいかないし、理不尽だし、最後は死ぬ。これは変えられない事実です」
相田は淡々と言った。
「でもね、その苦味があるからこそ、この一本のビールが死ぬほど美味いんですよ。リッチとの戦いだってそうです。あの極限状態があったから、今こうしてベンチでダラダラするのが最高に気持ちいい」
相田は微笑んだ。
それは悟りを開いた高僧のような顔ではなく、ただ人生の楽しみ方を知っている遊び人の顔だった。
「苦しみから逃げるんじゃなくて、苦しみを肴にして酒を飲む。それが私の流儀かな」
麗華はハッとした。
彼女はずっと、苦しみを取り除くために強くなろうとしていた。弱さを消し去ろうとしていた。
だが、師匠は違う。弱さも苦しみも、すべて抱きしめて、それを楽しんでいる。
「……深い。深すぎます、師匠。私、まだまだ修行が足りません」
「修行なんていりませんよ。ただ飲めばいいんです」
相田は笑って、二本目の缶を開けた。




