第4章 第1節 地下深くで囁かれる甘美な死への誘いと、それをただの営業妨害と断じる元社畜の不機嫌な晩酌事情
第4章 深層、死の王に説教する
第1節 地下深くで囁かれる甘美な死への誘いと、それをただの営業妨害と断じる元社畜の不機嫌な晩酌事情
Aランクダンジョン「奈落の摩天楼」。
その最深部、地下百階層は、現代日本の廃墟を模したような不気味な空間だった。崩れたビル、錆びついた鉄骨、そして地面を覆う灰色の霧。
そこに、一人の王が君臨していた。
ボロボロのローブを纏い、骸骨の顔を持つ「死の王」。
彼は朽ちた玉座に座り、杖を掲げていた。杖の先端からは、ドス黒い波紋が広がり、ダンジョン全体、いや、地上へと浸食し始めていた。
『……疲れ果てた者たちよ。眠りなさい。痛みも苦しみもない、永遠の静寂へ』
リッチの声は音ではなく、精神への直接干渉として響いた。
それは強力な精神汚染だった。「生」への執着を削ぎ落とし、安らかな「死」を受け入れさせる呪い。探索者たちは次々と武器を落とし、虚ろな目でその場に座り込んでいく。
「ああ……もう、頑張らなくていいんだ……」
「楽になりたい……」
麗華もまた、その膝を震わせていた。
彼女はハルバードを杖にして、必死に立っていた。
「くっ……! なんて、甘い誘惑……! これが、深層の主の精神攻撃……!」
強さを求める彼女の心にも、微かな隙間はある。リッチはそこを正確に突いてきた。「最強にならなくていい、ただ眠ればいい」と。
だが。
その絶望的な空気の中で、一人だけ平然とあぐらをかいている男がいた。
相田悟だ。
彼は廃墟のコンクリートブロックを椅子代わりにし、ワンカップの蓋を開けていた。しかし、その表情は険しい。
「……味がしない」
相田は呟いた。
酒が不味いのではない。周囲に充満する「諦め」の空気が、彼の晩酌のムードを著しく害していたのだ。
『相田よ、空気が淀んでいる。この骸骨が撒き散らす「死後の安らぎ」という欺瞞が、我々の「今の快楽」を阻害しているぞ』
胸ポケットの毛玉が、不快げに震える。
相田にとって、今の至福こそが全て。それを「死んでから楽になれ」などという先延ばしの理論で邪魔されるのは、我慢ならないことだった。
「おい、そこの骨」
相田は立ち上がり、リッチを指差した。
「営業妨害だ。今すぐその湿気た放送を止めろ」
その声は、リッチの精神干渉を打ち破り、朗々と響き渡った。




