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ー第4節 相田の説く味わうことの大切さに涙し、麗華は憑き物が落ちたように弟子入りを志願する

第4節 相田の説く味わうことの大切さに涙し、麗華は憑き物が落ちたように弟子入りを志願する


 ポーションの液体が喉を通る。

 それは安物の回復薬だったが、今の麗華には甘露のように感じられた。

 身体の奥底から温かいものが込み上げてくる。

「……おいしい」

「でしょう? ゆっくり味わってください。一気に飲むと、味がわかりませんから」

 相田はあぐらをかき、自分もワンカップの残りを煽った。

「君は、何のためにそんなに急いでいるんですか?」

「強くなるために……誰にも負けないために……」

「負けたら、どうなるんです?」

「それは……私の価値がなくなるから……」

 麗華は俯いた。

 相田はふむ、と頷き、夜空(ダンジョンの天井)を見上げた。

「カニ鍋はね、急いで食べると殻が刺さるんですよ。ゆっくり、身をほじくって、その繊維の一本一本を舌で感じる。それが一番美味しいんです」

「……カニ?」

「人生も同じじゃないですかね。強くなることも大事でしょうけど、その過程を楽しまなきゃ、ただの作業です。君の動きは、カニの殻ごとバリバリ食べてるみたいで、見ていて痛々しかった」

 相田の言葉は、適当なたとえ話だった。

 だが、毛玉の影響下にある麗華の脳内では、それが深遠なる真理として響き渡った。

 ――強さを求めるあまり、自分自身を傷つけていた。過程を無視し、結果だけを求めていた。それは「生きている」とは言えない。ただ消費しているだけだ。

 この人は、それを教えてくれたのか。

 拳ではなく、心で。

 麗華の目から、ポロポロと涙が溢れ出した。

「私……私、間違っていました……」

 張り詰めていた糸が完全に切れ、感情が決壊した。

 彼女は子供のように泣きじゃくった。相田は困ったように頭をかきながら、背中をさすってやった。

 数分後。

 泣き止んだ麗華の顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。充血していた瞳は元の美しい碧眼に戻り、頬には紅潮が差している。

 彼女は居住まいを正し、相田に向かって深々と土下座をした。

「相田様! いえ、師匠(マスター)!」

「えっ」

「どうか私を弟子にしてください! 貴方のその『味わう強さ』、そして『無我の境地』……生涯をかけて学びたいのです!」

「いや、私ただの無職のおじさん……」

「ご謙遜を! 先程の一撃、魂が洗われるようでした。あれこそが至高の技! お供させてください、どこまでも!」

 麗華の瞳はキラキラと輝いている。先ほどの狂気とは別のベクトルで、熱烈な信仰心のようなものが宿っていた。

 相田は助けを求めるように胸ポケットを見た。

『悪くない。この娘からは、今後も良質な感情エネルギーが採取できそうだ。飼っておけ』

 毛玉の非情なゴーサインが出た。

「……はぁ。まあ、邪魔しないならいいですけど」

「ありがとうございます! では早速、お荷物をお持ちします!」

 麗華は弾かれたように立ち上がり、相田のリュックとゴミ袋をひったくった。

 トップランカーの令嬢が、安物のリュックとゴミ袋を抱えて目を輝かせている。シュールな光景だ。

「あ、それゴミなんで……」

「師匠の出されたゴミ……いえ、聖遺物ですね! 丁重に処理いたします!」

(だめだこいつ、話が通じない)

 相田は諦めて歩き出した。

 こうして、最強の社畜(無職)と、勘違い全開の令嬢という、奇妙な師弟関係が結ばれたのだった。

 ダンジョンの外に出ると、夕日が二人を照らしていた。

 明日からの生活がどうなるか、相田にはまだわからなかったが、少なくとも今夜の酒は美味くなりそうだということだけは確かだった。

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