SS01 Echoes of Woe, Trembling Soul.
カンダ・ライトさんは強い人ではありません。
これは戦闘的な意味のみを指すのではなく、精神的な意味も含みます。と、いうよりは精神的な意味が占めるウェイトが高いと言えるでしょう。
ライトさんは、こう、ぽわぽわとした雰囲気で周りを明るくする性質を持っており、屋敷は彼がやってきただけで随分と明るくなりました。屋敷で働く者達の顔が笑顔で包まれて、いつの間にか人の中心に立っている人物です。
それは、紛れもなく人に好かれる才能であり、しかしてそういう人物は同時に『優しさ』を持ち合わせます。彼は、その優しさが幅広く適用され過ぎるきらいがある。
ダンジョンで私を追跡してきていたザラタンドロスをあの脚で討伐した後に見たあの苦しそうな表情、その場では魔力循環器系を励起した反動によるものだと思いましたが、この三日間でおおよそ理解しました。それに、道中の話をレフさんから聞いたところ、魔鶏に対しても同じくしていたそうです。
命というものに対する比重が、私達に比べてとても重いように感じられます。元来、戦うような人物ではないのだとも。
「どうして彼を巻き込んだんですか、母様」
だから私は、彼を巻き込んだ母に対して怒りを覚え、問う。
本来、この魔族討滅の作戦は私達領主の家系とそれに列する傭兵団から成るセントリア領騎士団により行われる作戦のはずだ。で、あるにも関わらず、騎士団に所属していないライトさんを巻き込み、それどころか魔族を誘い出すに最も危険な場所に配置するだなんて……納得のいく行いではない。
「……どうして、か。頭でわかっていることを他人に訊くものではない」
聖堂塔上層。街を一望出来る展望にて作戦指揮を取る母は、冷たく告げた。
聖堂塔の下層には避難民が続々と集まっており、騎士団により人的被害の確認が進められている。現状、軽傷者は幾人か出ているが重傷以上の怪我人は一人も出ていない。明確に、私の身を狙っていたためであろうか。
立ち昇る信号弾の煙が、魔族の位置を物語っており、騎士団員が派遣された。信号弾を上げたのは、おそらくライトさんであろう……彼は、無事なのだろうか。
「我々セントリア領騎士団は高水準で纏まっている騎士団ではあるが、私やお前を除いて高水準を超えるだけの腕は持っていない。群としては強くとも、個として見れば王立の騎士団連中とタメ張れる程度でしかない。それも若干見劣りするがね」
「だからと、彼を遣ったんですか?」
「あいつ一人に戦わせた方が、被害が出ないんだよ。多くの騎士団員を用いれば確かに逃げられず、あの場で殺せたかもしれない。だが、多くを使えばそれだけ被害者は出るしアレも暴れる……結果的に、街への被害は大きくなる訳だ。家ならば直せると言え、そこに刻まれた記憶までも直せる訳ではないのだから」
「だからって……彼は、戦士ではないのですよ?」
「戦士だよ……精神という意味ではなく肉体という意味で、だがね」
そう口にして街を見下ろす母の顔は、しかして唇の端が上げもせずに眉を顰めている。
平生であれば、このような裁量は父が取り計らい、母は戦士としての目線のみでものを語れば良かったものを、現在父は王都へ出向しているために、分不相応な裁量を下さなければならないのだ。その辛さを理解しているなどとは決して言わないまでも、苦渋の決断であることは今の母の顔を見れば明らかである。
「……そのような顔で言われても、言い訳じみて聴こえますよ」
ぼそり、と嫌味を口にしてみれば、母は頬を朱に染めて「ウルセー」と領主の外面を外して返してきた。
「で、ラトラーレの方はどうなのさ。逃げ遅れは?」
「見つけられないようです。周辺を一通り走らせましたが、物音の一つも」
「そうか」召喚獣による周辺住民の避難完了を確認すると、母は信号の上がった地点に集まった騎士団に向けて連絡を執り行う。「——あぁ、オーライだ。開始してくれ」
どうやら、魔族との直接的な戦闘が開始したらしい。
「ノエルはもう一度避難区域を隅々までラトラーレに走らせて。住民に一人の死者が出たら、失敗と思え」
「はい。その後、ライトさんのところに向かわせても?」
「勿論、構わない。……終わったら、あいつを慰めてやってくれ。私は、そういうのは向かないから」
「似合わないことするからですよ」
母が振り返り、苦笑したところで部屋の扉が開かれた。
大荷物を背負った、汗をびっしょりとかいたレフ・トールギストだ。
「ようやくか。調整は済んだのか?」
カツカツと距離を詰めて、彼の荷物を引ったくる母は再びテラスへと出るや否や荷物を包んでいた布を乱雑に取り払う。中から姿を見せたのは長身の筒であり、見るに、錬金術的なアプローチで構築されたものらしい。動力を魔力とし、機械による制御を行う錬金術は使い手に左右されない点を強みとするが、母とて相当に魔術を修めているになぜそのようなものを用意させたのだろうか。
鈍色に怪しく光を放つ筒を信号の方へと向けて設営する母を横目に、既に息も上がって疲労に潰れているレフさんを見遣る。
「あれは?」
私の短い問いに、レフさんは卓上に用意した水を一息に呑み干してから答える。
「ウィザードエヴェリン……要は魔導飛翔体加速装置ですよ、お嬢。二本の魔導性レールに魔力を流して発生するフォーマルポイントを利用して物体を超速度で放出するっていう、実験道具です。本来は戦闘魔術の基礎である『物体を射出する魔術』の再現品なのですが、ことこれに関しては僕が手を加えていまして、異なる魔力同士が反発し合う関係を利用しての純粋な魔力線の発射装置にしてあるんです。すごくないですか?」
「成る程……」
彼の言う『物体を射出する魔術』は、学院で戦闘系の選択授業に於いて最初に習う基礎的な魔術だ。これを扱えない者は魔術的な才覚がないとされる程度のものではあるものの、そこそこの魔力でそれなりの威力が出せるために愛用する者の多い魔術として知られる。理論としては自身の魔力を凝縮して魔石を生成、それを押し出す形で魔力を用いる単純な魔術が合わさっているだけではある。
このウィザードエヴェリンというものは、この魔石を魔力に置き換えたものという。魔術理論に於いて、同波形の魔力は引かれ合う。他波形とは反発し合う。これは魔力防御にも通ずる理論であり、他者の魔力による攻撃を受けた際に自身の魔力で行われたものに比べて威力が軽減されるのはこの反発し合う関係によるものだ。
これを応用して、自然的な魔石の魔力によって担い手の魔力を遠くへ飛ばすというのが、この器具の理論体系という訳だ。学術的興味は尽きない。
……いや、今はこんなことを考えている場合じゃない。切り替えなきゃ。
「では、母様はこれを用いて魔族を狙撃しようという訳ですか? ですが、ライトさんの蹴りを受けて耐えている様子を見るに、あの魔族の魔力抵抗力は相当なものですが」
「魔術に於いて行使者と被術者の魔力はどう語られるよ?」
それは、学院に通う私にとって今更な講義だ。
「一般的に、『波立つ水面に打ち水をしてどれだけ波を立てられるのか』で語られます。ですが——」
「ああ。だが、波が荒ければ打ち水で立つ波なんぞ掻き消される。だから、削る——突入部隊の合図で下に並べてる魔術師隊による一斉砲撃を行う。それで魔力を削り、波立つ水そのものを減らしてからぶつける。それまでに準備は?」
「やりますよ、今から。息は整いましたから……そう長くは要りませんよ」
口にして、両膝に手を置いて一息に立ち上がったレフさんはウィザードエヴェリンに近付き最終調整を開始した。今この場で最も尖った魔力を持つのは母である。必然的に、狙撃手は母になる。
レフさんはウィザードエヴェリンの調整に付きっきりになるだろう。
では、私は今何をするべきか……ライトさんとの繋がりは未だ途絶えていない。私は今も彼を感じている。ラトラーレも、もう直ぐに確認を終えて自由になるようだ。
「あれ……」
つい、声が漏れる。
今の今まで繋がりを感じていたラトラーレとの繋がりが、唐突に希薄になる。破壊された訳ではない。それならば、完全に繋がりが絶たれてしまう。
何が……?
「どうした、ノエル」
「ラトラーレとの繋がりが……」
「破壊されたのか?」
「いえ、そうではないのです」
一体何が、と思うと、私とラトラーレとの繋がりを逆流するどちらでもない魔力を感じ取った。まず、間違えなくラトラーレとの繋がりを希薄にした事象の関係者であろう。
受け入れるか、拒絶するかの逡巡。
私は、この魔力を受け入れた。
『その判断は、予想外でしたね。不用心ですよ』
どこかで、聴いた声。落ち着いた、低い男性の声。
『貴女の召喚獣は、一時的に私の【懺悔室】の中に入っていただきました。直ぐに解放しますので、悪しからず』
「貴方は……」
私に限らず、召喚獣と術の行使者との間にある繋がりを辿るなど並大抵の術師では出来はしない。それをいともたやすく行うのだから、只者でない事実だけは確かに今ここにある。
『あのシスターに対する、プリーストですよ。少しだけ、お時間を』
「何が、目的ですか?」
『彼ならば、あるいは……そう考えただけです。幾つになっても甘さは捨てられないのですよ』
「……⁉︎ ライトさんに、何を」
『期待を。ただ、それだけですよ』
「期待? 一体何を企んでいるんですか、貴方は」
『ライトくんの心に対する、期待です。彼のような正直者ならば、あるいは彼女を救うに至るのではないか……と。そう、感じたのです。私にできない行為を他者に託すなど、本来よろしくは無いと知ってはいるのですが……簡単には、割り切れないのです』
最後の方は、最早泣き言で、涙ぐんでいる声は、主人の感情をそれだけで語った。交錯する感情は行き場を失い、捩れ絡み、複雑怪奇として表出している。
ライトさん、彼女——シスター? 私にできない行為とは? 一体何をしようというのか。まるでわからない。
ライトさんに連絡を繋げようとするも、感知したライトさんの魔力があまりにも波立っており、船を付ける岸もない。今、何が起こっているのかわからずに気持ちばかりが早っていく。
「……ライトさん……………」
心配の心は口に発して声となる。
母もレフさんも、蟠る心を内に隠しているであろうに露わにしてはいないというに、私の未熟さは感情に仮面を付けてもマスカレードマスクでしかない。
「ノエル、今すぐにラトラーレをポイントに向かわせろ」
「それが、今、繋がりが薄められていて……指示が届かないかと」
プリーストと名乗る声、【懺悔室】と言っていた。あれは何だろうか? おそらく賦質魔術なのだろうが、見もしないでは考えようがないか。
ライトさん……。
「——そうか。レフ、まだ調整は終わらないのかよ」
「急かさないでくださいよ。ただでも三日で仕上げろって無茶振りなんですから」
「できるって言ったのはテメェだろ」
そうですけどぉ、と小さく反論するレフさんであったが、母を前にしてそれ以上の言い訳はできようがなかった。
瞬間、ラトラーレの解放を感じ取る。感じるや否や、私は繋がりを辿り街中のラトラーレに対してライトさんの元へ向かうようにと指示を出す。同時にライトさんへの連絡回路の接続を再度試し、しかして未だに平静を取り戻していない精神の波に拒まれたために胸元から杖を取り出して本格的に魔力を用いてライトさんの精神の波を抑えつける。
杖に施された魔石の意匠より体内へ魔力を取り込むに連れて、体内の魔力循環器が押し広げられて痛みを訴える。普段、手先から循環の要である脊椎沿いのみを用いる循環器を足先まで用いて全身に魔力を流す。伴う痛みは肉と骨を押し退けるものだからそれは相当だが、だからと今、私が手を抜く訳にはいかない。
ジクジク痛む骨と肉。全身が開いていく感覚で、私は私自身の身体のカタチを知っていく。
「聴こえますか、無事ですか」
精神の平穏を取り戻したライトさんに、連絡が通ずる。
『ええ……大丈夫、ですよ』
しかしその声にはガラガラと血が絡まったものであり、「大丈夫」の言葉とは裏腹に大丈夫な人のそれではなかった。
「大丈夫な声じゃないじゃないですか……今すぐに、撤退を。刻は、ラトラーレが稼ぎます。無茶は……いけません」
『皆さんの避難は?』
心配の言葉に被せて、ライトさんは住民の避難情報を求める。心配されたくないのは意地か、他の何かか。
私は彼の質問にただ「完了しました」とだけ返す。
『突入した騎士団は壊滅しました。ここにあるのは、俺とシスターだけです』
「シスター……」あのプリーストと名乗る男が語っていたのは、そういうことだったのかと、合点がいく。「そうだったんですね。戦う、のですか?」
『えぇ。今、彼女を一人には出来ませんから』
格好付けて決めてきたものの、その直後に耳へと響いてきたのは嘔吐きの声であった。
当たり前だ。今日、手を握られて初めて気付いた彼の傷の無い滑らかな手。あれは、紛れもなく暴力を知らない人間の手だ。育ちの良い人間の手だ。
母のように戦士然とした皮の厚い手のひらでも、私のように魔術探求に明け暮れて女らしくもない細かな傷や呪いに塗れた手とは雲泥の、柔らかく大きな手のひら。彼の、手のひら。
「大丈夫ですか?」と口にしようとするも、ライトさんからの声を受けて口を噤む。
『ノエルさん……魔法の発動条件って、どういうものがありますか? 例えば、杖の先端から光を発して魔法を使う……とか』
「様々ですが、基本は今、例に出された杖を用いたものです。魔術師の杖には魔石が嵌め込まれていまして、この魔石から魔力を体内に流入させることで魔術を行使します。この際に杖に仕込まれた魔石の魔力を体内に流し、この体内魔力を用いて杖の魔石に干渉することで魔術の運用コストを下げられるので、今はこれが主流になっていますね」
『では、魔石から魔力を体内に流しておいたならば、杖を用いずとも魔法は使えるんですね?』
杖とは、魔石を装飾して体内へと魔力を回すための魔力貯蔵庫として、また魔術の指向補助等に用いるもので、杖を握る魔術師は三流、杖を握らず扱えて二流、一流は杖を隠して自らを魔術師以外と偽る。勿論、平時に於ける基準のため一概には語れないが、魔石を用いた装飾品のみを身に着けて杖を携帯しないスタイルも存在する。
一部例外となる種族もいるが、おおよそは。
「可能です。近接職の方などは、体内の魔力によって肉体強化を図るため、杖以外の方法で魔力を体内に取り込むべく鎧などに魔石を仕込んでいたりします」
『成る程……ありがとうございます』クク、と野生的に喉を鳴らす音が聴こえる。『おそらく、ですがシスターの催眠術は目が合うことが条件です。ともすれば、やはり彼女を野放しには出来ません』
「目が合う……ですか」不可能ではないが、かなり高度な魔力操作が求められる。「首飾りの魔術では防げませんでしたか?」
『無効には至っていませんでした。ですが、耐性は得られているようで、数秒で意識は戻ります』
対抗術式は作用しているにもかかわらず、完全な無力化には至っていない。それは、私の組んだ魔術が上から圧倒されるだけの術式ということ。口ぶりから催眠を受けたのは一度ではないだろう。その上で数秒で意識を取り戻す――耐性は得られているのだと仮定すると、魔石に内包される魔力は残っている。純粋な出力負けではない。
術理が異なるのだろうか?
可能性は充分に考えられる。あの対抗術式はあくまでも私の身体に残っていた魔術痕からの逆算で組み上げたものであり、術式は完璧なものではない上に形式は被術者のものだ。
どこが違う? どこが欠いていた?
シスターの魔術が原理魔術ではなく賦質魔術であるのは疑いようがない。ならば、私の身体に残っていた魔術ではなく魔力の波形から逆算する他に今この場で対抗手段を編む手はない。考えろ考えろ考えろ私! 対抗術式を組むにあたって解体した際に割り出した魔力波形的な癖は覚えている、それに欠陥品とはいえ魔術痕も手元にあるのだから、あとはこの二つの繋がりと魔術痕の欠点探しと穴埋めだけ。言うは易いけど、いえ、やるしかない。
「オーララ! あとどれくらい稼げる? カンダよぉ」
私の通信が繋がったと知り、隙を見て割り込んできた母がライトさんと話を始める。
『わかりません。少なくとも満身創痍です』
「もうしばらく耐えられるか?」
『耐えろと言われれば』
「ならば耐えろ。直に、騎士団による魔術砲撃を行う。目と目が合えば終わりって話は聞かせてもらったからな、増援に寄越していた騎士連中は教会の周囲を張らせるだけにした。砲撃まで、耐えられるか?」
『やってやりますよ、存分に』
苦笑交じりの声が、しかし今は心強い。
「砲撃のタイミングで連絡する」背後で調整完了の報告をするレフさんに、母がサムズアップで応えた。「……死ぬんじゃないぞ」
「シスターが指定のポイントから離れたら連絡ください。砲術支援は報告を受けた教会に座標を定めますので」
ウィザードエヴェリンの射角調整に入った母に変わりライトさんに伝える。同時に、部屋の入口に待機する騎士団員へと視線で合図を送り、別所で待機する騎士団内の魔術師隊へと連絡を入れさせる。
切り替えだ。対抗術式なんて今更組んではいれられない。
一秒でも早く、仕留める。
「魔力補給は?」
「こっちはいい、ラトラーレに回せ」
死角の一撃を完遂するべく、母はアレに限界まで魔力を回すらしい。隣の若干残念そうな顔のレフさんの顔からして、おそらくかなりの無茶で、一発でウィザードエヴェリンが良くて破損するのだろう。
失敗は許されない。
すみません、ライトさん。私は……あなたを、利用します。
「魔術師隊の準備は?」
部屋を出て、騎士団が待機する地点へと走る。
現在、騎士団は教会への突入部隊、そこを中心として立ち入り制限を掛ける警備部隊、聖堂塔へ避難を誘導・警護する護衛部隊、そしてたった今まとめ上げようとしている魔術による攻撃で活路を開く魔術師隊に分かれている。元が三百人程度の組織であり、それを分けているために使える人材はそう多くない。その上で、狙撃の一撃で確実に仕留められるだけ削らなければならない。
「今、何人集められましたか?」
「三等を十一人、二等を二十四人、一等は二人の計三十八人です」
「三等は新人でしたね? 彼らと他の二等以上の持ち場を変えられませんか?」
「確認します」
ウィザードエヴェリンでの狙撃は、母でなければ成し得ない。必殺級の魔力を込め、調整し、当てるという芸当はこの騎士団の最高戦力である母に任せるべきだ。ただでも頭数が足りていないのだから、全隊統率ととどめを母に任せて、細かな調整を私と現場判断に任せる他にない。
「一等の二人はシズさんとエンシャさんですね?」
「はい。それと、二等と交代できる持ち場が見つかりました。二等魔術師を五人増員できます」
「では、そうしてください。三等は各地に二人ずつ派遣してください」
「三等は連れて行かないのですね?」
「はい。そのようにお願いします」
避難区域内にある広場には、この会話で出た二等魔術師二十九人、一等魔術師二人が既に集まっていた。全員、万一にも戦闘に移った時を考慮して全身に魔力を流している。
先に到着していた一等魔術師のシズさんとエンシャさんにより、いつでも砲撃に移れる姿勢は作られていた。私は総員の前に出て端的な作戦概要の確認を行い、母に到着と次点に移れる旨の報告を行う。
『了解だ。こちらもいつでも撃てる。カンダに報告を飛ばしてやれ』
「わかりました」告げて、残しておいたライトさんとの通信を復旧して繋げる。「準備、出来ました。返答次第行動を開始します」
『シスターは変わらず教会内に……』
疲労は伺えるものの、その声色は先程までに比べていくらか冷静なように思えた。
片手を挙げて、総員に構えを取らせる。
「退避を」
短く伝えた私は、バッと、手を振り降ろす。一斉に放たれた魔術は、さながら天へと昇る大蛇のようで、ある種の美しさすらも感じさせる暴力はシズさんの放った先導の魔力に従い流れ、教会へ向かって弧を描く。
召喚術の行使者と召喚獣の間には繋がりはある。だが、召喚獣もイチ生物である以上は固有の魔力循環器を持ち、そこに流れる魔力も固有の流れなる。召喚獣の状態は繋がりから察せても、召喚獣の残り魔力や体力、気力の類いは察するに余りあるのだ。
今のライトさんにどれだけの魔力が残っているのかは、未知数。ダンジョン内で初めて魔力循環器系を開いた彼は、本来、他所から魔力を取り込まなければならない私達と異なり、循環器が開くに連れて魔力が流れていっていた。つまり、彼は体内で魔力を生成できるのだ。更に、開いたばかりの、慣らしの状態であったにも関わらずザラタンドロスを二匹、単身で討伐している。それも初めて見る魔術で。肉体を魔石に変えた。
後で聴いてみれば「一杯魔力を込めて蹴った」と言っていたので、予想するにザラタンドロスの魔力循環器で抱えられない程の魔力を流し込み、循環器を決壊させたのだろう。ロジックとしては血管に流せる総量を超えた血液を輸血して血管を破裂させるようなもので、不可能とは言わないまでも現実味のない話だ。
大量の魔力が渦巻く現環境では、通信が安定しない。ライトさんに撤退指示は出したが、逃げ切れたかは不明。逃げ切れなかったとして、残魔力次第では充分耐えられるだろうが、戦闘による消耗次第ではこの砲撃が致命傷にも成り得る。
「どうして……」こんな選択しかないの。
口に出したところで意味のない言葉ばかりが頭の中を渦巻いて、一言だけ常世に零れ落ちる。
『エネルギータービン全開。魔力注入量、八十……八十五……九十……』レフさんの声が頭に響く。『安全弁解放。目標の弱体を確認。ウィザードエヴェリン発射シーケンス達成』
『照準、整いました』
『カンダ、舌ァ噛むんじゃないぞ』
声。
空を裂く一条の流星はお腹の底に響く不快な音を起こして射出され、着弾する。
『——命中を確認』
一拍。
『対象、完全に沈黙……マジか、やっちゃったよ!』
勝利宣言は、浮き足立ったレフさんによって行われた。
湧き上がる魔術師隊の面々に、他所からも歓喜の声が上がっている。それもそうだ、街に紛れ込んでいた魔族を犠牲を極限まで少なく抑え込んで討伐できたのだから。私も、肩の荷が降りて深く息を吐いた。
『報告します。たった今、避難民の方から伝えられたのですが、行方不明になっていたお子さんが帰られたそうです。当該地区の行方不明児童も同様な様子で、健康状態は現在調査中です』
子どもも、無事に帰ったと知らせが入った。
私はこの報告をするべくライトさんに通信を繋げたのだが、しかし、またしても通信が通じない。ダンジョンの時もだが、魔力循環器系の解放の反動で気絶してしまったのだろうか……可能性はある。
『避難区域内の騎士団で手が空いている者は直ぐにポイントに迎え。魔族の死体、身内の遺体と功労者カンダ・ライトの回収。被害報告も調査しとけ。喜びに浸るのはいいが、これで終わりだと思うなよ』
母のその通信で、歓喜に沸いていた騎士団員達の中には再び緊張と沈黙が走った。そして一人、また一人で事後処理に移っていった。
この戦いで出た被害としては、以下の通りである。
避難民、軽傷者二十七名。重傷者無し。
騎士団、軽傷者四十二名。重傷者四名。死者三十五名。
街、露店通りの舗装道路破壊。通り沿いの住居五軒中破。アメン教会大破。近隣住居の小破多数。
後日、集合墓地に今作戦で死亡した英霊達は埋葬された。全身が残っている者は居らず、多くが"であったと思われるモノ"ではあったが、それでも名前だけは確かに墓地に刻まれたのだ。
事後処理はつつがなく執り行われ、当日中に当該地区の住民は各々の家に帰っていった。住居が中破した家庭には相応の処置が施され、三日が経過した今では既に修理が始められている。
アメン教会は、完全に取り壊された。この教会で神父をしていたセケルなる人物は、作戦以後、消息が不明となっている。騎士団は彼を探しているが、足取りは一切掴めていない。
行方不明となっていた子ども達は、一人として欠けることなく帰宅した。精神・肉体ともに健康状態に問題はなく、神父とシスターに遊んでもらった、勉強を教えてもらった等の聴取が得られている。楽しかった、ご飯が美味しかった――とも。
ライトさんは、作戦後、部屋に籠り一度も出て来ていない。一度、落ち着いて時間ができた際に伺ったが、いつもと変わらない声で「すみません。今は、一人にしてもらっても……いいですか?」と扉越しに断られてしまった。給仕によれば、食事は食べているものの以前に比べて食事量は大きく減っているらしく、心配は募るばかりだ。
母は、そんなライトさんに合わせる顔が無いと会うのを拒んでいるし、事実として事後処理の書類が騎士団の物と領主としての物が合わせて山を作っているため、時間そのものも捻出できずにいるようだ。いずれは会わねばなるまいに、仕事を理由に逃げているようにも思える。
レフさんは、やはりあの一撃で破損したウィザードエヴェリンを修復するために工房に籠っている。そんな中でもライトさんの元へは足繁く通っているようで、近い内にどこかへ連れ出そうと思っているという旨が研究報告書に備考として書き記されていた。
私も、ライトさんに何かできないだろうか。
考えるが、未だ答えは定まっていない。




