EP27 ぷー太郎、異世界にて紛れる
これは、俺の知らない物語。
王立騎士隊の庁舎の一角、地下独房にプロフェッサーは拘置されていた。本来ならば裁判を経てどこかの監獄へ移送されている筈の彼であったが、魔族という立場上、安全を保って投獄可能な施設が無く、こうして中空に浮いたような扱いとなっているのだ。
そんな彼の元へ、ツカツカと靴音を打ち鳴らして近付く音があった。規則的な足音は規律に煩い騎士隊員然とした風体を、姿を見せずとも語り聞かせる。
「出ろ。移送だ」
予想通りに王立騎士隊の装衣に身を包んだ男が、格子戸の鍵を開きながらもぶっきらぼうな口調でそう言った。
「あいはい、ただいまに……」
プロフェッサーが立ち上がると、ジャラリと捕縛以降一度と外された試しのない手枷が金属音を打ち鳴らして、彼のプライドを鞭打ちにする。その音が、自らが囚われの身であるのだと語ってくるからだ。
定期的に行われる、アドリアンからの肉体・精神の双方に対する責苦は耐えられた。あそこでは、話す話さないの選択肢はプロフェッサーにあり、故に彼の心内ではアドリアンと対等にあると思えたからである。
「早くしろ!」
怒鳴る騎士隊員にため息で応えながらも牢から出た瞬間に、彼は全てを理解した。
魔族であるプロフェッサーを移送しようというのに、牢の周りには鍵を持つ騎士隊員一人しかいない。初めから違和感を覚えなくともならなかった。
『怠け癖を付けられたな……』
ふぅ、と息を吐きつつも物思いに耽り、騎士隊員に着いて歩く。石造りの地下牢、そして地上へと繋がる螺旋階段を登っていけば、入り口には、一人の男が壁に寄り掛かって待ち構えていた。
身なりは騎士隊のものだが、その顔は記憶に新しい。
「何だい、君もやはりこちら側に堕ちたのか。いらっしゃい、レフ・トールギスト。地獄の釜というのは、浸かるには暑過ぎるから適度な水分補給は欠かさずにね」
「沈めますよ、准。軽口に付き合いたいのは山々ですが、急ぎなので……」
「ほら、早くしろッ! 准!」
「君らねぇ……犯罪者だからと何を言っても許される訳じゃないだよ⁉︎」
しかし、プロフェッサーの嘆きは悲しく響くばかりで、誰の反応も期待などはできなかった。牢を出た以上は人目を警戒しながら進む前の二人の側に回るしかないと悟ったプロフェッサーは、ぶつくさと文句を口にしながらも彼らに着いていくことだけだ。
地下牢の入り口に着てあった馬車に乗り込むと、椅子を持ち上げられその下にある空間に入るように指示される。このような小細工が施されている以上、彼個人の行いであるとは考えられない……少なくとも、あの地下牢にいるよりはマシかと思考したプロフェッサーは、しかしやはり嫌々とその空間に身を寄せた。
「……いい加減、状況を教えてくれないかい?」
椅子が下げられ、視界が暗黒に包まれる。ギシリと軋む音が響いたのは、天板に誰かが腰を掛けたためであろう。しばらくすると馬車が発車したらしく、揺れ始めた。小さな箱の中、クッション性の無い空間に閉じ込められたプロフェッサーは継続的な痛み、その責苦を受けながらも馬車内にいるであろうレフに問う。
「俺を連れ出した彼……インポスターだろう? なぜ、彼女と行動を共にしているんだい?」
尻の下から聞こえてきた鋭い読みに、騎士隊員はレフに視線を送る。レフは、その視線に首肯で返した。
こうして馬車に乗り込み、プロフェッサーを隠したからにはおおよそ安心できる空間が形成されたと言って良いだろう。騎士隊員——プロフェッサーにより、インポスターと称された者が賦質魔術【偽言遣い《イレト・アメン》】による偽装を解けば、そこに姿を現したのはミウト・セットアップであった。
「今、国の上層部は魔族に対する反対政策を強めているんですよ。結果、アンタはその見せしめに殺されることが決定した……喋らな過ぎましたね、アドリアンさんに切られたって訳です」
「成る程。彼も、生き急ぐものだね……しかし、なぜこうも急に魔族に対して?」
「魔族の正体ってヤツを知って、それをライトが上に流したんですよ……」
「そうか……隠蔽を選んだ訳だ。…………それで? 君は、どうして私を逃すのだい? 処刑されても文句は言えない悪事を働いた自覚は、あるけれど?」
その質問に、レフは口を噤んだ。
答え辛かった訳ではない。騎士隊の庁舎敷地を越える瞬間に、緊張したためである。
「………………俺は、魔族を人に還したいんです。理論上、可能だと考えています。でも、俺一人では叶わない……だから、アンタの知恵を使わせてもらおうって魂胆ですよ。あとシンプルに身体目当て」
レイズと呼ばれる麻薬は、言わば擬似的にネブ・ノウブで起こった魔族化を再現するための薬であるとは、レフの想定であり、また事実であった。実際的に、魔族化には至らぬまでもある才能を持つ者が扱えばそれに類する力を引き出すには至っているのだから、アプローチとして完全に的外れという訳ではない。
ならば、逆説的に魔族を人に還すことも可能なのではないか……と、レフ・トールギストは考えたのである。そのための準備は、帰還後からこれまで進め、実験も幾多繰り返した。
神田来人が処刑隊となる裏で、レフ・トールギストは魔族を人に還す方法を模索した。そして、神田来人の狙いにもある程度の理解を示して、しかし決裂の道を選んだ。
地下での一件、ナイトとの出会いというあまりにも出来過ぎたシナリオから騎士隊内外での工作員の疑惑が上がり、およそ三人の候補が浮かんでいた。その内の二人は保護する以前にライト他処刑隊の手に掛かったものの、ミウトの一人だけは彼らに先んじてレフが保護することに成功——そして、彼女こそがジャックポットであったのだ。
「君、そっちのケがあったのかい……」
「違わい! ミウトさんは色々便利な技能を持ってますからね、実験台は必要なんですよ」
「逃げて良いかい?」
「その場合は騎士隊に返却しますよ?」
「ちぃっ…………知っていると思うが、薬の効果というのは単純に逆転させれば良いというものでもないのだよ? それに個人単位の資金では、到底賄えない金額を動かさねばならない……無茶だと言わせて貰おう」
「……金ならば、用意はできています。というか、今の我々の拠点は、以前のアンタの研究室に負けず劣らずの形相ですよ?」
「へぇ……よもや、そんな金が。どこから?」
「至るところから、ですよ」
ふふふ、と不気味に笑うレフ。
この真実が、至るところに頭を下げて大金を借りたという意味であったのだとプロフェッサーが知るのは、先の話である。
*
森林の中を観測した魔族に向けて進むのは、至難にあった。直線的に進めれば楽ではあるのだろうが、木々や蔦葉を避ける都合、どうしても左右へのブレが生まれる。その誤差修正のため、ノエルさんが遣わしたのがラトラーレであるが、魔族をマークして観測範囲ギリギリで見張るアーラとの同時展開による彼女の消費がどうしても頭をチラつく。
先行するラトラーレを追いながらも急く気持ちは抑えられず、警戒とは別に視界が周囲へと分散して気持ちを紛らわせようと動いていた。
だからこそ、見つけられた。
「おい! 大丈夫か!」
ルートを外れて駆け出した俺に、背後でラトラーレがバウッと叱責の声を上げるが、俺は声を無視して発見したものへと進んだ。「悪いが、こういう性分なんだ!」と謝れば、バフッなどと呆れたと言った態度を返してくれるのだから、先輩はガチ狼な見た目に反してなかなか優しい人だ。……ノエルさんと違って。
脇に逸れて少し進んだ先には、獣人が倒れていた。近寄り、身を屈めて仰向けの姿勢に戻す。
胸元に斬り傷。浅いし、肋骨に阻まれて内臓は傷つけていない様だが出血はかなりのものだ。呼吸はあるが、荒い。当たり前か……脂汗が痛みを物語っていた。
「大丈夫か⁉︎ 聞こえているか!」
一瞬だけ躊躇ってから上着を脱ぎ、傷口を押さえる。そして、逆の手で肩を叩いて声掛けをした。
彼の顔には見覚えがある。木国側で参加していた生徒の一人だ。
「あ……なたは…………」
「参加者だ。名前言えるか?」
「…………チュンリーです……」
「なんて事だ、重症だ。ノエルさん! ラトラーレは彼に着けてください」
『いえ、彼の名はチュンリーで合っていますよ』
「何を言っているんですか。こんなケモが、チュンリーなんて名前でいい訳ないでしょう。それに、どちらにしても重症に変わりはありません」
傷口を押さえる左手に、ぬるりとした感覚が伝わってくる。胸の一閃以外に外傷は見当たらないが、では何が目的だったのだろうか。
ノエルさんから救援を向かわせるという返事を聴き、俺はラトラーレに視線で頼み込む。するとラトラーレは任せとけと言わんばかりに喉を鳴らして、獣人の側に寄った。
「直ぐに助けが来る。死ぬなよ、掛けた時間が無駄になる」強く押さえ込まなければ意味はないが、それでもやらないよりはマシだろうと傷口に被せた俺の上着の上に彼の両腕を乗せる。「……訊くが、君を攻撃した者の特徴はわかるか?」
「いえ……でも、何かに…………追われてて……」
「充分だ、ありがとう。ラトラーレ先輩、後は頼みます」
それだけ伝えると、俺は立ち上がり、再び足を進める。
何かに追われている……傷は斬り傷であったことを考えると、追っているのが俺達の目撃した魔族であると考えるのが自然だろう。魔族が人を襲っている? そして、襲っている者は逃走ルートに現れた彼を反射的に攻撃した?
『ライトさん、少し左にズレています。修正を』
「了解」
木々の回避行動を右に意識して行いながらも、前進する。発想として、これだけ豊富に魔力がある場所ならば、クリスタル・ストライクによる跳躍でかなりの飛距離を稼げるだろうが……魔族と戦闘になるのならば、最大値で残しておきたい。ノエルさんによる変身時に、レイズを服用してのヒットが行えるかは不明。回数は二回で考えるべきだろう。
処刑隊の皆を呼び集めるか? ……いや、今から呼んだところで間に合わないし、未だ訓練不足な彼らを呼び集めても意味はないか。基本をリェンちゃんに行ったような暗殺という手段に頼るのが処刑隊である以上、こうした直接的な戦闘行為は本来避けるべきなのだ。大事になったならば、大人しく王立騎士隊やら各領地の騎士団を遣えば済むのだから。
立ち上がって間も無く、弱点が見えたな。
だが、そういった穴があるとなれば、それを埋めるのが隊長たる俺の職務だ。
『ライトさんッ! 回避を!』
「――――――ッッッ!?」
声を受けて、咄嗟に踏み出した足を蹴って、身を引き戻す。
その次の刹那には眼前を獣が通り過ぎた。左右一対の角は枝分かれし、面長な顔には横長の瞳を持つ。両腕は強靭にして地に着き、両脚は折り曲げられている。特異な前傾姿勢はゴリラのようでありながらも、その頭部は鹿に見えた。
紛れもない魔族の、怪物たる姿である。
「魔族殺しの男、カンダ・ライト。貴公、名を何と申す」
態勢を立て直し、脚を動かして魔族の背後へと移動しながらも正気を問う。
化け物の瞳孔が、俺を捕らえて離さない。
「我、シーカーと申す者。突然の非礼をお詫びする、魔族殺し殿」
シーカー――探究者、転じて冒険者という意味でも用いられる。
視線は俺を追いながらもそこに敵意の色は消え失せた。声からして、本体は女性だろう。声色や態度からも狂気に堕ちているとは考えられない。正気の魔族、その怪物態だ。
「して、シーカー殿。貴公はこの地に如何様か。この地は今、学院と術理塾での交流会が行われている。無断で踏み込まれては、困るな」
「そうであったか! それは、知らぬこととは言え失礼を……しかし、こちらも引けぬ理由があってのこと。どうか、ここは魔族殺し殿に折れて頂きたい」
「………………」
「………………」
チラリと、森へ目をやる。
小さく、腰を落として地を蹴った。
シーカーとの間に空いた十五メートル程の幅を一足に跳び懐へ入り込むや否や、更に腰を落とし、股下を潜り背後へ抜ける。俺の接近を感じたシーカーは右腕を振り上げて叩きつけるも、それはずっと遅く、ただ地を打つ。背後へ抜けた瞬間、身を翻して今度は足を突き出して攻撃に移る。
姿形が怪物である以上は、クリスタルストライクでよ結晶化による早期決着は敵わない。だから、あくまでも蹴り。ただの蹴りを、死角より打ち込む。
「——ッ!」
しかし、俺の脚は空を蹴った。
自分にも経験があるが、生命の危機に瀕した時の生物というものが持つ直感は、冷静さを保った平静などとは比べものにならない程に正確な判断を行う。背後に回り、蹴りを放たれんとしたシーカーは全身を総毛立てると、半身を翻しつつもその身を半ばまで人に戻し、自らの質量を減少させたのだ。それに伴い、こちらは捉える面を失い、勢いそのままに地面に着地をする羽目になる。
両脚を開き減速し、手を接地することでバランスを取ったために転びこそしなかったが、ファーストアタックの失敗は大きい。戦況的にも、俺自身の精神的にも。
両脚は蹄となり、頭部には一対の枝分かれした角。目元は黒のレースで覆われており、顔も視線も伺えない。
革の衣服を身に纏い、左手には丸い小盾を、右手には片手直剣を握っている。腰には剣帯が巻かれ、左腰に鞘が吊るされていた。
オーソドックスなファンタジーって見た目だ。心躍るとでも言って、自分を鼓舞しておこうか。
「流石は、噂に名高い魔族殺し殿ですな」
盾を前に、右腕を引く動作はあったが刃共々盾の影に隠されて視認できない。前後に開かれた脚から距離を詰めて突きが行われるのだろうとは予測されるが、正面から攻めたとて盾に阻まれて攻撃を受ける。さて、如何に攻めるか。
『ライトさん。教職員方への報告、生徒の避難は完了しました。先程の彼は、先生が迎えに行っています。恐らく、助かるかと」
「………………ッ」
『私は、未だ狙撃ポイントに。目はアーラのものを使います。現在、対象は射程に入っています』
脳裏に響く声はノエルさんからのもの。だが、ただ狙撃しただけでは仕留められるかどうか……怪物態であったとは言え、シスターは並みの魔術では仕留められなかった。
ノエルさんの魔弾は、あくまで補助と考えるべきだ。射線を塞がぬように立ち回りつつ、シーカーをここに金縛りにして、仕留める。
「やる他にない……!」
シーカーの目的が俺ではない以上、逃亡されればこの溢れんばかりの大自然の中から見つけ出すのは至難……不可能とすら断じて良いだろう。
再三の接近。
東方に構えたノエルさんを考慮して、俺は接近に際してシーカーの右側面に回るよう意識する。俺が障害物になり、狙撃による支援が行えないというのが一番つまらない状況だ。弾丸と俺で挟み撃ちにしてやろう。
俺に向けて盾を構えるだけで、攻撃の姿勢を見せてこない。間合いに入り、右サイドに一歩ズレた後に踏み込み、肘を打ち込む。水平に広げた左腕の拳を右腕で押し込むことで更なる推力を投じた肘打ちであったが、しかしシーカーはこれを盾で受け止め、大きく一歩後方へ引いた。
二の腕から、出血をする。盾で受け止めての引き際、盾の裏から飛んだ刃によって裂かれたのだ。
チラリ、と森へ目をやる。
生半な攻めではやられるか……ヒットアンドアウェイは戦闘の基本だと思うが、攻防避が一体となったあの方はどう崩すものなのか。ノエルさんの射線は取ってあるとは言え、狙撃は必ずしも命中する訳ではない。決して。誤差修正の観測をする相方が居ないのならば、尚更だ。
それに、シーカーは恐らく狙撃手の存在には気付いていない。いないはずだ。俺の存在、この場所で行われていた交流会を知らなかったとなれば、そんなものを考慮できまい。
それでも、俺以外に誰かがいることは勘付かれているだろう。狙撃手の存在は一発撃たれれば気付かれる。ならば、その一発を必殺のものにしなくてはならない……一撃必殺が求められているのは、ノエルさんも承知の上だろう。だから今も、射線が開いているにも関わらず撃たずに堪えている。
チャンスを生まなければならないのだ。
「シッ——」
痛みは一度、短い呼吸で吐き出して、再び互いの間合いへと入る。
入って、気付いた。
「——————はぁ?」
俺が近付いたのは、シーカーではなく、シーカーと同じ輪郭をした存在であったのだと。
針金細工のような、細い線がシーカーの輪郭を模っているのだ。立体感はあるが、それはあくまでも二次元的な味方であって、三次元として見れば、それは針金のようなもので形作られた何かでしかない。
視線は外さなかった。常に視界の中に存在を留めていた。けれど、どこかで、瞬きとかその程度の一瞬で、シーカーは針金細工へと姿を変えたのだ。
考えられるのは、これが彼女の賦質魔術であるという可能性。だとしたら、どういった類いのものだ? これ自体が彼女なのか? それとも、彼女は別にいるのか? いや、まずこれは何なんだ? 実体はあるのか?
『ライトさん! 後ろです!』
反射、俺は振り向きながらも針金細工へと突っ込む。
針金細工は砂のようなもので出来ており、俺の体当たりによって無惨にも崩れ去った。が、それは問題ではない。問題は、ノエルさんの声に反応して振り返った背後からの光景。
「マージか……」
視界には五つの鈍い黒。今し方破壊した針金細工と同じ輝きをするそれらが、迫る。
ミサイル——
という言葉が、脳裏を過ぎった。
二歩、三歩と更に後方へ移動した後で一息に振り返り、森へ向けて走り寄る。それが飛翔物体である以上は、射線を切るべきだと判断したためだ。障害物の多い森へと逃げ入れば、別に木々の隙間から様子を見て攻勢に回ることもできよう。
木々の合間を抜い、進む。背後でパンッ、パンッと軽い炸裂音が響く。視線を走らせて木々の位置を把握すると、一瞬、背後の飛翔物体の様子を窺うべく振り向いた。
黒い影は依然、俺を追跡している。しかし、数は三つに落ちていた。先の炸裂音は、やはり影の内の二つが木々に激突した音だったのか。だが、残る三つは未だ俺を追う。軌道は直線ではなく、大雑把ながらも木々を避ける動作が見られた。
となると、森に逃げ込む選択には良さだけを見出せない。森に逃げ込んだことで影の内、二つの弾頭は処理できたが、未だ半数は俺を追尾している。だが、森に逃げ込んだことで同時に、こちらは取れる択が減り、また動きも制限された。
脚を止めることはせずに数秒間の逡巡の末、俺はそっと背に指を這わせる。そして、その指を見れば黒い砂のようなものが付着していた。先に、針金細工に体当たりした際に付着したのは、考えるまでもない。
黒い砂……様子は砂鉄のようだが、僅かに感じる魔力から考えるに、粉末程に微細な魔石の結晶粉だろう。
変則的な加減速と木々の幹を足場とした立体的な挙動で、残る三つを翻弄しつつも反転し、再びシーカーへと迫る。再接近に伴い射出された五つのミサイルは、彼女の足元から出ており、やはり魔術によるものだと判明した。
——思うに、粉末程に微細な魔石の結晶を操り、千変万化の道具と使う魔術なのではなかろうか。さながら磁力で操る砂鉄のように、魔力で魔石を操っている。
ともすれば、アレらを動かしている推力もまた魔力によるもの。追尾時間を稼げば稼いだだけ威力は落ちるとみた。
森を抜ける刹那、急いた心が選択させた道は木々の抜け道の中でも幅の開けたルート。そこに、背後よりミサイルが迫る。
「————………………ッ⁉︎」
自らの判断ミスを認識した俺は眼前に残る、それを越えれば森を抜け開けた広場に抜けるといった木の幹を踏み付けにして、上昇しながらも後方へ抜けた。ミサイルは急性動に対応できず、幹へと激突、炸裂して黒色の煙を撒き散らす。
その隙に俺は幹の中へ身を隠しシーカーの左側面へと回り込み、手近な石を五つか六つ拾い上げて次々に放り投げる。シーカーはこれを察知し、後方へ引きながらも的確に盾で受け止め、どれも決定打には至らない。だが、その判断を視認した俺は、投石の合間、ただの石ころの中にノエルさんより預かっていた杖用の魔石を混ぜた。
至った結果は、爆発。所詮は杖用、手のひらサイズの魔石であれども、モバイルバッテリーのように、エネルギー密度は恐ろしく高い。凡人であれば、致命傷になりかねない。
「打ち上げます。狙撃を」
魔力爆発が空気を振動させる中、俺は呟いた。
直線距離、最短の道で距離を詰める。
『了解です』
爆炎が燃え残る中、俺はシーカーの盾が破壊されたるを見た。防御は、奪われたのだ。
地面を蹴り、身体を宙空へと浮ばせる。
右脚を前に突き出し、左脚は折り曲げ、自らを一本の矢に見立てた俺は、炎を隙間を縫いシーカーへと迫った。
「クリスタル——」
俺の追撃に気が付いたシーカーは、怪人態では受けられないと悟り、その身を再び怪物へと戻す。その上で、折り曲げられた脚を伸ばして垂直跳躍を行い、俺を避けた。
瞬間、その頭部を一発の弾丸が貫いた。魔術による弾丸——それも交流試合用に威力を弱めたものではなく、ただこの一撃の為、練りに練られた一級品だ。尋常の肉体であれども、研ぎ澄まされた技術の産み落としたものは、貫くのだ。
大地に暗い影を落として墜落するシーカーの直下、俺は再び跳躍する。
「——ストライク」
ノエルさんの一撃は、狙いを正確に魔力循環器経路を断ち切っていた。そこに、俺の魔力を過剰に流し込むクリスタルストライクが打ち込まれる。
精神ではなく、肉体が起こす拒否反応には何人たりとも抗えはしない。
富魔力化を起こしたシーカーの肉体は魔石の結晶へと変貌し、地面に落ちると共に砕け、大地へと還っていった。決着である。
『……やりましたか?』
「ええ、確実に。お疲れ様です、ミッションクリア」
空を旋回するアーラに手を振り、俺は微笑む。
こうした役割の中、ノエルさんという拠り所の存在は、どうしようもなく俺の精神、その安寧を司っていた。




