EP26 ぷー太郎、異世界にて争う
「獣人という民族に於ける、最大の特徴——ライトさんは、ご存知ですか?」
「あー……何でしたっけ? なんか、体内に魔力を貯めるための臓器があるみたいな。そんな話でしたよね?」
奇岩の上、俺とノエルさんは横並びになってそんな話をした。
山歩きなどに使うような長さの杖を手にしたノエルさんは地面にうつ伏せになり、両脚を少し開いた姿勢で構えている。俺はその隣で、単眼鏡を覗いて敵を探す。
「そうですね。おおよそ、その認識で合っています。そして、そうした特徴を持った結果、獣人族は賦質魔術の扱いに長けているのです。体内に貯蓄した魔力は、変換をせずにそのまま扱える訳ですから、人間よりも魔力・魔術の扱いに長けるのは当たり前な話ですね」
「成る程? おまけに、身体能力も人より高いみたいですね……三時方向に」
「了解。……でも、だからこその弱点もあります。彼らは、原理魔術の扱いを苦手とするのです。元来持つ魔力波形を崩すのを苦手とする、と言い換えた方がわかりやすいですかね? つまりは、基本的には賦質魔術しか使えない訳です」
「ですが、相手の賦質魔術は使われるまで……使われたとしても、推理するのに時間を要します。弱点らしい弱点にも、思えませんがね?」
「ええ、そう感じるかもしれませんね。しかし、そういった長所もありながらも、やはり取れる卓の少なさは大きなディスアドバンテージとなります」
「それで、こういった方法になる訳ですか」
返事は、魔術を放つ音で行われた。
放たれた魔術は典型的な射出魔術であり、その弾道は綺麗なラインを辿って対象とした獣人にヒットする。吸い込まれるように、という表現がまさしく適切と思えるような、完璧なライン取りであった。
「ヒットです」
「要は、意識外からの攻撃ですね。後は、魔術で対処することができないくらいに精神を揺さぶるという手もありますが、やはりプレーンなのはこうした長距離狙撃となりますかね」
「成る程……勉強になります」
木国との交流会で行われているのは、定番らしい対抗戦というものである。互いに四人組のチームを作り、結界なるを張ったエリア内で争い合う。勿論殺し合う訳ではなく、相手に自らの魔力をぶつけたらお終いのサバゲーのようなルールで。
俺達はそのエリア内の中心付近の石柱、その半ばに迫り出した場所に陣取っている。高過ぎず低過ぎず、丁度適した位置に迫り出したその場所は、今の狙撃で二人目の脱落者を出していた。
眼前の空にはアーラが旋回し、俺に木国側の生徒の位置を知らせる。俺はそこから生徒の位置を割り出してノエルさんに伝えて、ノエルさんはその生徒を狙撃する。外せば、俺が着弾誤差を伝えて、修正をして再び狙撃に移るのだ。
他のドゥ・ロー側の生徒は、そんなノエルさんを守るべく、彼女を中心点として三角形の形に配置された。奇岩の上に一人、そして下に二人。俺は、扱いとしては生徒ではないため、特例的に参加しているのだ。まあ、召喚獣ではあるのだから、何も問題はないのだし、特例という扱いも可笑しな話ではあるのだが。
「良いんですか? こういうこと、俺に話してしまって……」
「? …………どうしてですか?」
「悪用しますよ。今だけは神田来人な俺も、いざ仕事となれば処刑隊として、色々やらなくっちゃなりませんから」
「だから、こうして口に出して話しているつもりなんですけれどね。……魔族は、原理魔術も扱いますが、やはり危険なのは賦質魔術の方です。原理魔術であれば、何を何処までやれるかというのは大概が調べられていて、対策の取りようがありますが、賦質魔術となると、やはりそうは行きませんから……」
ゆったりと空を飛ぶアーラの姿は、未だ、敵チームを発見していないことを意味した。
「ほら、思い出してみてください。セントリア領での誘拐事件の時だって、催眠術という基礎的な魔術で、対策をしていた私にも効くような催眠の賦質魔術を持っていたでしょう?」
「ですね」
「そう言ったものは、いくらでもあります。私に教えられるのは、このような方法だけですが……勿論、応援している訳ではありせんからね?」
「そりゃ、そうでしょう。だって、これは俺にはやれない方法ですから………………売り込んでいる、つもりなんですかい?」
「さてはて、どうですかね」
ゾッとする程に平坦で冷たい声が、やはりノエル・セントリアという少女がアドリアン・セントリアとロラン・セントリアの娘なのだと伝えてくる。彼女には、きっと俺の凡庸でガタガタなあぜ道のような思考回路・精神性などというものは既に暴かれていて、そうして、その上で俺が好むような形で選択を迫ってきているのだ。
俺が、選べないように。脅してくるのだ、自分自身の精神を用いて。
「………………」
神田来人が処刑隊の隊長へと完全に落ちた時、彼女はまた心中でもするみたいにその暗い道に飛び込んでくるのではないだろうか。そうして、その上で俺とは関わらないのだ……そうすれば俺は彼女を心配して彼女の側に近付いて、逃げていく彼女を追って、彼女は逃げて、気付けば明るい世界にいる様が容易に想像できる。ルアーフィッシングのように、釣られる姿が、ありありと。
あの声は、そんな彼女の在り方を、わざと俺に伝えるために出した声なのだろう。その気になれば、容易に俺を騙すための声なんて用意できたはずだ。なのに敢えてそうしなかったのは、俺に対して自らが持つ立場、そして価値を十全に理解しているがため。
「………………」
バレないように、深呼吸をする。
冷静さを取り戻すように、緊張を紛らわすように。深く、深く、体内を巡る酸素が全て入れ替わるようにと息を吸っては吐き出す。心臓が早鐘を打つのは、きっとそのせいで、吸い込み過ぎた空気に含まれる酸素を早く使い切ろうとしているためなんだ。
「一つ……話したいことがあったんです」
「………………何です?」
「召喚魔術に関しての考察です。あれから、調べてて……ライトさんや、ニホニさんを元いた場所に帰る方法について。それで、一つ思いついた方法がありまして…………」
「それは、ありがとうございます。わざわざ」
声の具合は、いつも通りの春先の野原を思わせるノエルさんの声であった。
「——ライトさん、私を殺してください」
だから、そんな言葉が続くだなんて俺は思えなくて、頭が一瞬、言われた言葉を噛み砕くのに時間を要したのだ。理解ができなくて、聞き間違えかと思ってつい一瞬前の聴覚記憶を思い出して、繰り返して、でもそうとしか聞こえなくて、他の言葉に代替しようとしてもできずに……「殺してください」という懇願が、正しく発された言葉なのだと理解した。
「……………………命を取り扱う者として、そうした…………命を軽く見るような言い草は看過できませんね……」
「私は、本気で言ってます」
「本気の人は、本気だなんて言葉遣いませんよ。言葉にして口に出している時点で、そう言い聞かせているって面が、どうしてもでますからね」言葉を紡ぎながら、暴れる脳内の中の理性を掻き集めて、冷たい自分を模る。「……どうして、そういう結論になったので?」
「冷静ですね」
「男の子ですから」
「………………? 何か、そういうジョークですか? 繋がらないのですが……」
「やめてください! 恥ずかしい!」
わざと声を上げて、場の空気を変える。その後で顔をくしゃっと歪めながら微笑すると、彼女もそれに合わせて微笑を返した。
——こういうやり方で良いのだろうか。この技術が、突き詰めれば先のノエルさんのやり方に変わっていくのだろう。状況作りや話運び、演技の面でも詰めていければなかなか有用なスキルになるだろうな。詐欺師の……いや、待てよ。このやり方、空気を持っていくような、確証がない雰囲気って表現しかできないけど…………あの娘も。
「召喚魔術で喚び出された生物を形造るのは魔力である、というのは有名な話なんです。でも、その設計図を私達魔術師は持っていないんです。だから、喚び出してみないと何が出てくるのかはわからない……けれど、その設計図が魔力の中に含まれているのではないか、という論文が、学院の書庫にありました」
「魔力の中の、設計図?」
「はい。そして、その設計図に合わせて魔力は編み上げられ、その設計図が持つ魔力と癒着する。そうすることで、魔術師の存在が召喚獣を繋ぎ止める要石の存在となり、召喚獣は存在を保てるのではないかと…………」
「で、それと貴女を殺すのに……ああ、成る程。つまりは、要石を破壊することで接合子と化している魔力を失わせて、設計図——謂わば魂を分離してって話ですか」
「そんなところです。貴方は、まず間違い。そして、私の方が引っ張られているとは言え、その召喚に混ざってしまっている以上、ニホニさんにも、大なり小なり影響は出るかと……」
空を羽ばたくアーラから目を離してノエルさんへと視線を向けるが、相も変わらずのプローンの姿勢のままで、変わり映えはなかった。きっと面と向かって話していたら、態度は様々変わっていたのだろう。そんな感じがする。けれど今は、俺はアーラや敵チームの動向に視線も気もやっているはずだから、ポーズを取らなくても良いのだろう。
……先の話が本当だとして、俺の召喚がドゥ・ロー側の召喚に惹かれている以上は、どうしたってニホニさんと同じように賭け的な部分が出るのではないか。いや、要はどれだけ存在強度を破壊できるかって話なのだから、例えばノエル成分七割で俺が構成されていたならば、七割も破砕されればそりゃ、肉体は保てないだろう。でもニホニさんはその七割がドゥ・ローの側にある。三割で肉体の檻から逃れられるかは、おそらく不可能だろう。
大体、七割も仮定だ。より低い可能性もあり得る。力関係は明白で、ノエルさんの召喚魔術の側がドゥ・ロー国で行われた召喚魔術に引かれたのだ。
「……だよな」
「何がですか?」
「いえ、結局は自分が自己愛で出来た人間なんだなって。そう思っただけですよ」
単眼鏡を畳んで腰のポーチに仕舞い込み、俺はそっとうつ伏せのノエルさんに跨りながらもその首に手を掛けた。締め込まないよう細心の注意を払って、その細い首筋に指を這わせる。
少し力を掛ければ折れてしまいそうなその首は、実に少女チックで、こんな姿勢でありながらもノエルさんは女の子なんだな……だなんて、意味不明な感想が俺の心臓にこだましている。
「………………ったく、阿保なことさせないでくださいよ。気分悪い。……こんなことを言わずに、勝手に死んでくれれば良かったじゃないですか」
「ですね。お手数お掛けして……でも、死ねないんですよ。私、自分じゃ」
「でしょうね。だって、俺にこんな話をしたんですから……」
ため息を吐いて言い放ち、俺は腰を浮かして再び彼女の隣に戻る。腰のポーチから取り出した単眼鏡を展開して覗き込んでも、アーラに反応は無かった。
「サイテーの人ですよ。気分悪い……」
「試し行為ってやつです。大目に見てくださいよ、可愛いご主人の行いなんですから」
「どこがですか。顔だけで、精神は見ていられませんよ」
「親譲りですかね」
ふふふ……と笑った彼女の顔は、見れなかった。
単眼鏡を覗いていたからだとか、そういった物理的な話ではなくて、精神的な、俺の底にあるドス黒い何かが俺の目を覆って、見せてはくれなかったのだ。きっと、魅せられるから。夜の闇に焚かれた火のように、惹き寄せられてしまうから。
「十一時方向」
「了解」
男同士の単純な人間関係とはいかないのだな、男女というのは。いや、あれはレフも俺も、互いにそれ程関心がない……言い方を変えれば、目の前の馬鹿騒ぎだけ気にして生きていられれば幸せな頭お花畑〜ずなだけなのだろうか。
逃げるように出した指示の魔術が、放たれた。
「右2ミル調整」
「了解」
外れた魔術の位置調整を指示して、ノエルさんが再び放つ。しかし、これもまたヒットせず、対象は狙撃に気が付いたらしく物陰に木陰に身を隠した。
「……突拍子もないこと言って良いですか?」
「安心してしてください。多分、全く同じ言葉が私の口からも出ますから……」
単眼鏡の先は、対象が逃げた木陰を映し出す。空のアーラは旋回して、まだ対象がその場から逃げていないのだと語っていた。
「アレ、木国チームに居ませんでしたよね?」
「ですね。それに多分、魔族ですよ……獣人というには、見え方が大き過ぎますから。怪物態とかの」
「ですよね……」
「ええ」
うつ伏せの姿勢から起き上がったノエルさんの手が、俺の背中に添えられる。鳥の雛が卵の殻を割るように開かれていく魔力循環器は、レイズで無理やりにこじ開けるあの感覚とは異なり、本来ある筈のものが戻ってくるような不思議な高揚を俺に与えてくれた。
脚——に留まらず、腰程までに広がった魔石の鱗は俺に活力を与えてくれる。
「この際だから言ってしまいますが、どうか、俺を喚んだ責任……とってくださいね?」
「…………何だか、告白みたいですね」
「随分と風情のない告白ですね」
親指と人差し指、中指を伸ばした拳を軽く振る。
地を蹴り、崖を飛び降りた俺の背中には、きっと、この時ばかりは翼が生えていたことだろう。




