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EP24 ぷー太郎、異世界にて選ぶ

 宣言通りに、ネブ・ノウブ王国からドゥ・ローへと返された俺達は、まず最優先に、アドリアンさんに話を通して魔族の真相を共有した。国の上層部が集まる中央会議にまで呼ばれ、大変な事態になったけれど、結局、最終的な結論は俺達のいないところで決められるらしい。


 当たり前の話だ。俺という、国どころか世界単位で無関係の人間を、命運を分ける場に立たせはしまいだろう。天下分け目の決断に、他所を介在させる程の阿呆など、世にはいない。


「爪弾き者は楽でいいモンですね。何も決められやしないし、何にも縛られない……無責任以上の幸福、他にありますか?」


「無いだろう。……それで? 心変わりもなく、でいいんだな?」


「ええ。魔族殺しは、貴方の為に死にましょう」


 王立騎士隊の庁舎は隊長室にて、革張りのソファに深く腰を下ろした俺は、机の向こう、嵌め込まれた大きな窓から外を眺めるアドリアンさんと言葉を交わした。


 彼の秘書をやる女性が用意してくれた紅茶を、一口啜る。


「ノエルさん……いや、学院の交流会の護衛ついでに、国外追放になったリェンさんを護送するって話。相手が木国だからと、一石二鳥とでも言いたいんですか?」


「どちらにしても、必要なのさ。護衛も、口実もさ。……君の感覚が真実ならば、無駄に思い悩むこともないだろう?」


「ですね。……言っていた人員は?」


 俺の質問に、アドリアンさんは視線を秘書へと向ける。


「はい。ご用意できています。しかし……よろしいのですか? この人数で」


「ええ、構いません。ありがとうございます」


 秘書の女性——ミランダ・ケリスマンさんは、俺に今回の護衛・護送に参加する人物をまとめた資料を手渡した。渡された資料に記載されている内容をパラパラと流し見して、頼んでいた条件に合うことを確認しながらも彼女に感謝を伝えると、俺は資料を傍に置く。


 そして、アドリアンさんに視線を戻して、彼の言葉を待った。


「では、よしなに頼むよ」


「こちらも、同じ言葉を返しましょう」


 カップを持ち上げて、ぐいと紅茶を飲み干してから立ち上がり、そこでふっと思い出す。


「………………ニホニさんは、元気ですか?」


 アドリアンさんは、窓の方へと向けていた身体を捻り、反転し、俺へ向き替えると、口角を上げて歌うように語ったのだ。


「ああ。今は、モースくんに剣の指南を受けているよ」


 ですか、と適当に返した俺は、隊長室を後にする。

 狙っていなくとも欲しい結末に辿り着けたのだから、彼には、きっと、幸運の女神が憑いているのだろう。




 騎士隊の庁舎を後にしようと廊下を歩いている時、ふと、その光景が目に入った。

 窓の外、庁舎に囲まれた中庭の若い男女が、木剣による打ち合いを行っていた。女が攻め込んでいて、一見するだけでは優勢ひ見えるけれど、男は小さな動きだけでそれらを避け・去なしており、このまま続けたところで有効打が一撃とて入らないだろう。


「………………」


 それは、モース・リジットとニホニ・フォニィの訓練の様子であった。

 しかし、見入ることなどはせずにすぐさまに視線を離すと、深く息を吐き出して再び廊下を進んだ。




     *




 出立は早く、四日後の朝には学院の一団とリェンちゃんの護送隊は央都を後にしていた。


 ドゥ・ローから木国への移動は、陸路で行われる。大人数の移動という都合、エアラインの使用は出来ないそうだ。輸送に使う燃料の費用も、馬鹿にならないのだろう。ベーカリーさんもオーブンのために盗掘を行うのだから、魔石の高騰もかなりの問題なのだと思われる。


 俺は、木国まではリェンちゃん護送隊の一員として彼女の脱走を警戒し、木国に着いてからはノエルさんの召喚獣として行動を共にする並びとなっていた。相変わらずのふわふわとした立ち位置だけれど、立場を明確にしないのは、同時に強みに他ならない。


「………………ふぅ」


 夜も深まった頃、野営地の焚き火を前に、俺は一人ため息を吐く。他の隊員は皆先に眠ってもらい、俺は一人、夜間の警備を行っていた。


 色々あって混乱ばかりの脳味噌とて、こうして焚き火を眺めていると安らいで止まない。火が燻る姿というのは、どうしてこれ程までに心穏やかにしてくれるのだろうか。いいや、今は、何も考えないようにしよう。


「お疲れ様です」


 それでは、とセントリア邸からくすねて来た干し肉を焚き火で炙りながら食べようとしていた時だ、そんな穏やかな声が響いたのは。


「ノエルさん……抜け出してきたんですか?」


「悪い子だって、怒りますか?」


「そういうことはしませんよ。俺が言えた義理も、ありませんから……」


「そうですね。すぐに色んな人に尻尾を振る、悪い犬ですからね。ライトさんは」


「面目のしようもありませんね……」


 少し怒り気味に思えたノエルさんの姿に、心当たりが様々あり過ぎて微苦笑をする。


 手で隣を示すと、彼女は「失礼します」と一言告げて隣へ腰を下ろした。沈黙は、薪木の爆ぜる音が間を取り持ってくれて、痛みは感じさせない。


「………………何か、父に言われてやりたくないことがありましたら、私に言ってください。私からお父様に、やめさせますから……絶対に」


「別に…………いや、そうですね。ありがとうございます………………もしも、そういう事があれば、泣きつかせて頂きます」


「そうして下さい……」


 そう口にしたノエルさんは、しかし俺から目を逸らすように右下へ視線を落としていた。


 俺もまた、ノエルさんから目を逸らして焚き火を眺めているのだから何も言えないが、それでも尚、女心とは難しいものだとか口にしてみよう。内心で嘘を抱き抱えてばかりの俺は、どうにも、こういう親切心に満ちた心と相対すると、心が浄化されそうになって息苦しい。


 白河の清きに魚も棲みかねて、もとの濁りの田沼恋しき——なんてね。


 心配してくれている相手に失礼であることなどは承知の上ではあるけれど、さりとて、濁りの中でしか生きていけない生き物もいるのだ。それが、今の俺という生き物だ。いや、昔からだったか……定めなきゃならない、位置を。


「……そうだ。定めなければならないんだ…………」


「………………? ライトさん?」


 ひとつ深呼吸をしてから、立ち上がる。結局、彼女から視線を離したままで、俺は、一度も、彼女を目を見れやしなかった。

 未だに俺は切り分けられずにいるんだ。棲み分けられずにいるんだ。


「ノエルさん、そろそろ帰って下さい……こちらも、暇に喘いでいる立場にはいませんので」


「………………⁉︎ 今度は、何をするっていうんですか!」


「……俺は今、守秘義務というものを背負った立場にあるのは、貴方もご存知でしょうに」


「そういう言い方…………逃げですよ、そんなのは!」


「今の俺は、公人という立場にあるんです。学生の貴方とは、立ち場が違う……わかるでしょう。馬鹿じゃないんですから」


 俺を非難しながらも、裾を掴んで最後まで話そうという試みを辞めないノエルさんの手を振り払って、俺は護送隊の馬車へと足を向ける。こうして態度に出さなければ、俺も彼女も、決心がつかないのだからお互いに弱い人間であろう。あるいは、彼女はこれでも納得せずに、俺の一人相撲——くだらない自慰行為に過ぎないのかもしれない。


「それでも、こうでもしなければ………………俺は」


 独り言俺に、一人の隊員が駆け寄った。

 俺はフードを被り直し、振り返る。


「カンダ隊長! 報告します!」


「……リェンが逃げたのだろう? 言われずとも、だ。これは私と君、二人きりの秘密だ…………無闇に混乱を広げるようなことは、しないでくれるかな? ここはどうか、私に任せて……ね?」


「ハッ! では、他の者には……」


「私が片付けてこよう。君は、ゆっくりと休みなさいよ」


 敬礼をして帰っていく隊員を見送ると、俺は脇の林の中へと駆け入った。その足に迷いはない。目的は既に決まっていて、そのための足取りには、迷いなどは生まれようがないのだ。


 真夜中の森林というものは澄んだ空気が生命の音を反射して、静けさの中に喧騒を持つ。生き物達の息遣い、風に吹かれた草葉のざわめき、清流の水音。その中に、極めて人工的な呼吸——上がった息の音が聞こえてきた。


 音に向い歩を進めた俺は、森の中に広がった広場へと至った。半径二十余メートル程の広場。地面からは足首辺りまで草花が生え揃っており、中央に佇む大樹と合わせて穴場の絶景と見える。


 その大樹の根に腰を掛けて、彼女はいた。


「遅くなってしまったかな? リェンちゃん」


「……どういうつもりなん? ライトさん」


 意識して微笑みながらも彼女へと歩み寄れば、彼女は恐るように身を縮こまれさせて少しでも俺から距離を取ろうと足掻いた。それは、そうだ……自らを売った男が、護送車から逃げる手伝いをしたのだとして、それで信用す奴が、この世にどれ程いるだろうか。

 裏が無いはずが無いのだから。


「いやだな……罪滅ぼしだなんて、そんな信用できない言葉を、俺の口から言わせないで欲しいな」


「罪………………耳の痛い、話やな」


「君は……どうして、麻薬《レイズ》を? あの夜のあれは、そうだよね?」


「…………学費を代わりにって、そういう話やったんや」


「……そうか…………………」


 口にしながら、一歩一歩と確かな足取りでリェンちゃんに近付きながらも、俺の手は腰の裏、ポーチに添えられていた。外から触りながらもそこに感じる金属の感触を指先に感じれば、為すべきことは目に見えている。


 自らの覚悟を確かなものとするために一思いに吐き出した息は俺の体を突き動かし、一層強く踏み込んだ足は彼女との間に開いた距離を一気に縮めた。リェンちゃんが反応するよりも早く彼女の背後に回り込んだ俺は、首に腕を回して、肘を中心として前腕と上腕で喉を圧迫する。外部からの圧迫で締め上げられた舌根が、彼女自身の喉奥を塞ぎ呼吸困難な状況にしているのだ。


 逃れようともがく彼女に、俺は更に後方へ体重をずらすことで締めを確かなものとする。


 窒息はおよそ四つの過程に分けられており、完全に死亡へ至るには三十分以上の時間を要する。非常に効率の悪い殺害方法であると言わざるを得ないだろう。


「………………そうだね、リェンちゃん…………本当に、申し訳なく思うよ」


 腕の力は抜かず、逃れようと身を捩る彼女の耳元でそっと囁く。


「……でもね、俺はやらなきゃならないんだよ…………こうした汚れ仕事をこそ、俺がやらなきゃいけなんだ。…………だって、そうだろう? 誰だって、こんなことはしたくないんだ……だから、世界に含まれない俺がやらなくちゃ…………」


 時間にしておよそ十分。

 脳に充分な酸素を送れなかった彼女は、一時的な仮死状態と化した。死んではいない。いわゆる、脳死という状態に近いのではないだろうか。


 俺は、そうして動きを止めたリェンちゃんの首を身体から切り離し、立ち上がる。


「お疲れ様です、隊長!」


「ああ、うん。……本当にね」


 リェンちゃんを絞首している際に追いついて来て、側で待っていた少女にリェンちゃんの首を渡して、俺は野営地に向けて歩き出す。少女は手早く彼女の首を布で包むと、俺の後をついて歩いた。


「処刑隊の初任務、何事もなく終えられましたね! 流石は、噂に名高き魔族殺し殿で!」


「だねぇ……」


「しかし……変化、しませんでしたね。彼女は……」


「…………予防も、私達の仕事だよ」


「予防——」


 感じ入るように呟いた彼女は、それから一言も口にすることは無かった。


 王立騎士隊魔族特別対策隊——アドリアンさんが新設したこの組織は、王立騎士隊の通常業務から外れて魔族とそれに類する事象の処理を行う別働隊だ。魔族以下協力者を含め、自己判断での処断が特別に許可されており、公に存在を周知されてはいない。


 そんな隊の隊長という肩書きが、今の俺に課せられていた。勿論、納得しての配役である。


 ネブ・ノウブ王国での一件……魔族と、それを取り巻く世界の歪みこそがイレギュラーであるのならば、それは、また同じく異常側にいる俺が対処すべき案件なのだ。原因と結果、つまりはそのイレギュラーに際してのカウンターという立ち場が、俺やニホニさんなのだから。


「——ありがとう、リェンちゃん」


 後方を歩く隊員の少女が抱える包みに目を向けながら、俺は口の中でそんな言葉を転がした。決して口に出してはいけない、俺という個人としての、最期の言葉である。


 俺とて、わかっているのだ。こういう道しか選べなかったのは、俺自身の甘えによるものだと。ネブ・ノウブ王国から帰還した後、アドリアンさんに魔族とそれを取り巻く全てを打ち明けたのも、考えられる限界まで考えたところで、俺の乏しいインテリジェンスでは従来の通りに後手に回り、被害を事前に防げないと思ったからだ。それがこうした立場を、俺に与えている。


 だから、成る——成さなければならないんだ。

 処刑隊の隊長、カンダ・ライトに。


「君はいつも、俺に答えをくれる……あの夜も、そして今夜も」包みから視線を外して、暗がりの林を辿り野営地の光を目指す。「愛しているよ、リェンちゃん」


 未だ俺の身体に残る彼女の最期の熱を頼るように自らの胸に手を当てて、誓うのだ。

 在り方を——。

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