EP23 ぷー太郎、異世界にて囲む
必要なのは力である。力が、肉体的・政治的なものであれ、力がなければ、まず立てない。
必要なのは知恵である。常にして頭を働かせ、最善を選び続けなければ、勝てない。
必要なのは勇気である。力だけでは至る果てはテロリズムであり、知恵だけでもやはり至るところはテロリズムであろう。
立ち向かわなければならないのだ、俺は——泡沫の夢のような、この世の現実に。
「……⁉︎ 美味しいですね、このパン! ベーカリさんの手製で?」
「ええ、ええ! そうでしょうとも。私のパンは、美味しいのですよ。沢山あるので、じゃんじゃん! 食べてくださいね」
そう言うと、ベーカリーさんは満面の笑みを浮かべて、三つも四つも俺の皿へとパンを盛っていった。決して、小さなクロワッサンという訳ではない。サイズ的にはコッペパン程のもので、外も内も固い、中世使用のパンである。
とてもとても、食べられる量ではない。腹も顎も、壊れかねない。
「盛り過ぎじゃないのか? 彼も困っているだろう」
「え〜……そんなこと、ないですよねぇ」
俺達を迎えてくれた巨躯の男の言葉を受けてベーカリーさんから振られた質問には、どちらとも付かないような微苦笑を返す。
巨躯の男は名をガーディアンと言い、ベーカリーさんの父親に当たるそうだ。彼もまたネブ・ノウブの騎士であり、防衛隊の隊長らしい。いわゆるナンバー2という立場の人間である。もちろん、ナンバー1はカーナクト・メリーマアト。つまりはナイトなのだが、それでも攻勢の兵士であるカーナクトと防衛の兵士である彼を、同列には語れないだろう。
だが、確かなのはナイトがあれならば二番手のガーディアンもそれ相応の実力を持っていようと想像できる俺の頭の内だけだった。騎士の名はより相応しい者がいたとて、それでも守護者を冠するのだから……。
「本当、美味しいです。流石はベーカリーって名乗るだけはある、ってな感じですかい?」
「……そりゃ、パン屋を名乗る以上はやらねばなりませんからね。美味しい、はスタートラインなのですよ」
「スタートライン……」
それ即ち、原因——。
至ろうとしている結果は、どのような場所なのだろうか。明確なヴィジョンがあるのだろうか。あるのだとしたら、何か……最高のパンなのか、繁盛したパン屋なのか。
焼きたてのパンを持ち上げれば、高温は指の腹に痛みを走らせた。その熱を我慢しながらもパンを割り、温かい内に口へと運ぶ。
目的地もわからずに、流されるがままにここまで来てしまったが……キングはユーザレンプト・アア・ネクチュウ陛下に道を示されて尚、俺は迷っている。行くべき道、あるいは求められている行為は、俺の今までの行いを見て、それでも俺を使者として定めたという口振りから察して余りあるだろう。そしてそれは、アドリアンさんの描く未来と同じ地点にある筈だ。
俺は常に、この立場を求められている——ロランさんにも、アドリアンさんにも、そしてキングにも求められている行為は同一だ。ならばきっと、それこそが俺がこの世界に来る結果を招いた原因なのだろう。
応えなければならない。期待には。
「⁉︎ ………………ッ」
「どうかしました?」
「いえ……一瞬、喉に詰まっただけです」
「落ち着いて食べてくださいよ。えっと、レフさんは……お口に、合いませんでしたか?」
「いや〜、決してそんなことは。ただ、落ち着かなくてですね……」
スープに浸けたスプーンを上下するだけで、何も口に運ばずにいたレフに、ベーカリーさんは心配して気を配るが、当のレフは平気そうに微笑した。しかし、平気な微笑みと平気そうな微笑みでは月とスッポン程の差異があり、その笑みが平気な人間のそれでは無いことなどは、誰の目から見ても明らかである。
「……そういう、心配してくださいって態度は、ウザったいだけだけど?」
「そういう言い方は無いだろお前……常識的に考えてさ…………」
先程までの被害者ぶった微笑を、困ったような微苦笑に変えたレフは、数秒悩む素振りを見せて黙ると、視線をガーディアンさんへと向けた。
力のある瞳を向けられたガーディアンさんは、優し気な父親の顔から厳しい騎士の顔へと変化して、レフを迎え撃たんと視線を交差する。
「…………ガーディアンさん……………………変なことを言いますが、僕は………………僕は、キングの……ユーザレンプト・アア・ネクチュウの、血縁者なんですか?」
その言葉に、周囲の時は止まったように全員が停止した。
「………………」
ガーディアンさんはレフの視線から逃げるように俯き、押し黙る。
「………………ッ! あの人の、キングの魔力の波は……僕のものと、同じなんですよ。…………親とか、そういうのじゃ無くても……………無関係ではない筈です」
「……だとして、国王陛下に関する事案であるのならば、それは国家機密の域に踏み込むだろう。語れなどはしまいよ…………」
「…………そういう言い方って時点で………………」
言ったも同じ——と続くであろう言葉は、しかし、そんな言葉の続きなどはどうでも良くなるような事実を内包していた。
キングは謁見の際に、俺やニホニさんを来訪者と表した。それは、ここの出身者であるレフをネブ・ノウブ人として、関係のない俺やニホニさんを他所からの客人とした表現だと考えていたが、それだとこの場にいないニホニさんを表すには不適格だ。それに、ナイトさんの口振からして情報収集は充分以上に行われていると見える。そういった確信めいたものを感じられた、もしかしたらそういうポーズってだけかもしれないけれど。だが、ナイトさんの能力からして、マンパワーはどうとでもなるのだから、情報収集などは容易だろう。
ならば、俺達を異世界人と知っての表現だと考えるべきだ。
そうすると、浮上するのがレフが呼ばれた理由だ。勿論、ネブ・ノウブを出身として幼少期にドゥ・ローへ渡ったという経歴を持つレフが両国間を繋げる立場として的確であるというのは、納得できるだけの理由を内包している。だが、ガーディアンさんの反応が真実であるのだとしたら、レフは……恐らく、嫡子の立場にはない。
ネブ・ノウブからドゥ・ローへ移った理由も、それならば納得がいく……キングが両国間の架け橋として選んだ理由も。
そうだ。安土桃山時代の武家などに良くあった話だ……嫡子と庶子間での跡目争いなどは。女王はボーデンから迎えたと言っていた以上は、キングの側が王家の血族の筈。ともすれば、レフの父親がキングだとすれば、レフもまた王位継承権を持ち得る存在になる訳だ。
いや待て、早まるな。……そうだ、ガーディアンさんとて明言はしていないのだ。あの言葉が嘘という可能性も、真実だとして親戚関係に留まる可能性だって考えられる。親類にせよ親戚にしろ、どちらにせよ、レフという人間が選ばれるだけの理由はある筈だ。そしてきっと、これらの想像は正解とは言わないまでも遠くもない。
だとすれば、その様な人間的な感受性で動くキングという存在の正気は……保障される訳だ。
「……レフが王子様とか、国が滅ぶだろ…………」
「滅んでいると言っても、過言ではありませんけどね」
ついつい溢した俺の結論に、ベーカリーさんが続けた言葉はとても酷いブラックジョークであったが、張り詰めた緊張の空気もあり、俺達は堪えきれずに吹き出した。腹を抱えて、笑い転げる。
膨らませ過ぎた水風船が割れたら、中に溜まった水は飛び散る。それと同じで、張り詰めた空気にジョークで穴が開けられれば、内からは笑いが噴き出るのだ。
真面目な話をしていたレフとガーディアンさんからしたら堪ったものではないだろうが、仕方がないというもの。プラス方向に流れ出せば、もう止まらない。複雑な心境をしていますって顔をしていたレフも、俺達に釣られて笑い出した。
「…………締まらないなぁ、ったくさ」
そうして緩んだ空気のまま、食事は無事、それ以上の波紋を生まずに終えられた。ガーディアンさんの立場では口に出来ない秘事である、というだけでも王宮のスキャンダルになり得る事情なのだと察しは付く。情報としては充分だし、彼自身の甘さも垣間見れた。
工場の破壊、ナイトの一件、キングの話にガーディアンさんからの情報——ただの一度の作戦にしては、かなり上出来な収穫だろう。
「——すみません。少し、街を見て回って来ても?」
「構わないよ。だが、人には注意しておくんだ」
「……魔族だから、ですか?」
「ああ。力があると、それだけで自分が偉いと勘違いする奴は、どうしても現れるものでね……成る可く大通りを歩く様にしなさい」
「わかりました」
二、三言だけガーディアンさんと言葉を交わした俺は、一つ礼をしてから外へ出る。
ネブ・ノウブの街並みはドゥ・ローとは異なる建築様式であるためか、また別の豪華さを語っていた。煉瓦造りのドゥ・ローに対し、こちらは切り出した石材で造られているのだろうか。少し黄色がかったそれら建造物を見ながらも、文化発展に思いを馳せつつも大通りを進む。
そうも余計なことばかりを考えていたから、背後の気配を気取るのが遅れた。
「……ネブ・ノウブに心当たりでも?」
「レフか。……いや、そういうのは無いけど?」
「にしては、足取りに迷いがないみたいだけれど?」
「……大通りを歩けと言われたからさ。ほら、一本道だろう?」
言い訳をいくつかしてみたが、後を追って来たレフから向けられる疑惑の目は逸らせなかった。
「またぞろ、一人で何かしようってのか?」
「……俺が、いつ単独行動したってのよ」
「大体の、どうでもいい局面に於いては、いつもだろ……」
「どうでもいいトコなら、良いでしょ……」
「いーや、駄目だね。どうでもいいコトが、いつも、何かの発端だったろうが。学ばないの?」
「学べはしないよ。いつだって、俺は誰かに指される駒って立ち位置なんだから。チェス盤を見れない以上は、考えて動くだなんて行為に意味はないんだよ」
大通りを進んでいくと、右手側に開けた空間が現れた。イチジクにも似た木が立ち並び、地面は芝で覆われている。管理された庭園といった印象のその場所に、俺は方向転換して進んでいく。
後を、レフは変わらず着いて来た。
「そうやって悲観的になっていられれば、満足なのかよ!」
「……さっきから、何なのさ。自分の感情が揺さぶられているからって、俺に当たるなよ」
「よくもそう、冷静ぶっていられるな…………」
「そうだね。……本当に、その通りだよ」
こうして冷静にいられるのは、明確な目的意識を持ってこの場にいるためだ。頭は目的の一点に向けられ、逸れることがないために混乱を避けられているだけの話であり、普段の俺であればこうはいかなかった。
操られてこそ真価を発揮するというのは、道具染みていて惨めな気持ちにもなるが、二人して混乱の中にいては二進も三進もいかない。なればこそ、今はこうして操り人形を許容するのが得策と見えた。
夜の公園——人影は、ひとつしかない。
「どうも。お久し振りです、プリーストさん」
夜闇に紛れる黒服で、ケセル神父がそこにはいた。声に振り返り、俺達の姿を認識した彼は、ふっと微笑む。
そんな中だ。背後のレフが、息を呑む声が聞こえた。
「——ケセル神父……ケセル神父じゃないですか! お久し振りです! 僕、僕ですよ! レフ・トールギストです!」
「……レフ君…………そうか。彼の側に………………」
レフとプリースト。二人の顔見知りといった風なやり取りは、しかし、感動の再会の微笑ましさよりも先に最悪の想定を脳裏へともたらす。
「久しいね。何年振りになるのか……」
「何年ですかね……孤児院を出たのが、ほんの小さな頃でしたから…………えぇと?」
繋げたくなくとも、脳裏で情報が連鎖する。
ネブ・ノウブの出身で現在ドゥ・ローに住むレフ。狂気の中で、かつて孤児院から逃した子供を探すシスター。顔見知りのレフとプリースト。確実に何か繋がりがあろうレフとキング。死んだ王妃。事故による国民の魔族化。
不完全でも、魔族とそれを取り巻く事態が何とは無しに見えてくる。いくら靄が掛かっていても、不鮮明であれ、それは酷く歪な形をしたものに見えた。
「………………再会を祝いたいのは山々だけれど、話を進めても?」
やけにハイテンションに様変わりしたレフに、困り眉で口にしたプリーストさん。俺は、レフの肩を引いて無理矢理に後ろへ下げると、手を差し出して話を勧めた。
「端的に、私の知る限りを伝えよう……」
そこで伝えられたのは、ネブ・ノウブという国が辿った顛末であり、生まれながらの宿痾から解放された者の辿った顛末の話であった。
その話は、俺とレフの心へ——決断と困惑を、それぞれ刻み付けたのであった。




