EP22 ぷー太郎、異世界にて謁見す
ネブ・ノウブ王国の首都というものは、ドゥ・ロー同様に豪奢な街並みをしていた。
思い返せば、俺は東京の中心は皇居の座する千代田区なるに思いときめかせて、意気揚々と出向いたことがあったが、そこにあったのは灰色の街並みであり、絶句するやすごすご実家の練馬区に帰ったものだ。
しかし、こちらの首都たるは彩り豊かで見て飽きず、さながらテーマパークの様子であった。ネブ・ノウブ……つまりは魔族蔓延る、その中心地が。
そんなネブ・ノウブは首都の中心に立つ王宮。謁見の間を、俺達は前にしていた。
「入り給えよ」
開かれた扉の先は赤い絨毯が敷き詰められ、白を基調とした壁面と合わせ華やかさに満ちている。左右に首を振って室内を見て回ってしまったが、それでもやはり目を引くのは正面に並ぶ二つの玉座であろう。右は空席、左には王の装束だけが存在していた。まるで透明人間が着装しているが如く浮遊している王の装束は、一目見ただけでその作りの細かさが見て取れる。本物、なのだろう。審美眼に自信はないが、本物の放つ"それっぽさ"くらいならば、いくら俺とて知覚できよう。
一段高い位置の玉座より手前、段の下にして俺達と同じ高度には魔族・ナイトはカーナクト・メリーマアトが控えている。ただ一人で警戒は十分なのだろう。他には、誰の姿も見えない。
「よく、来てくれた。手荒い招待となってしまった非礼は、詫びよう」
しかし今この場に響く、深淵から這い出る……あるいは、深海から反響するような熟成された声色はナイトのものでなければ、当然にしてレフのものでもなかった。第三者の存在は、明白である。
そしてそれは、風もないのに揺れ動く王の装束が証明した。
それこそが、彼こそが——
「私は、ユーザレンプト・アア・ネクチュウ。魔族らしく名乗るのならば、王将と言ったところかな」
天井に吊られたシャンデリアの光が、装束に留まらず象る影こそが、真実の姿なのであろう。つまりは、実態はあるが目には見えない……光学迷彩のようなものなのだろうか。
「ここ、ネブ・ノウブ王国の十五代国王などという肩書きを背負ってはいるが……気張る必要はない。ここには、私と君達しかいないのだから。公的な場でないのならば、私とて、一人の人間でしかない」
落ち着いた口調で語る声は、言葉とは裏腹に緊張感を伝えてくる。
根本的に、上に立つ存在なのだ。
「……そういう言い草は、指導者としては相応しくないのかもしれないがね」
冗談めかして語るキングであるが、そんな態度につい「魔王……」と声が溢れる。彼の耳には入っていないであろう声量であったのは幸いだが、しかし、その音を拾った自らの耳、そこから繋がる意識は、現状を再確認してささくれ立つ。
「具合はどうかな? ナイトも、随分と手荒く扱ったそうだが」
「………………あの」俺の上げた声に、キングは見えないため確証は持てないが、訊く姿勢を取った。「貴方は、魔族なのですか?」
「魔族とは、話し合いの席に着けないかな?」
わかっていて質問しているという風な口調でキングは言うが、事実、俺は争わずに済むのならばそれ以上を望まないのだから、答えるまでもない。どこまで知られているのか、どこまで探られているのか。こうして対面した以上、情報だけでなく俺と言う人間の持つ性すらも解体されんとしていた。
「好ましいな、偏見を持たないその姿勢。だが同時に危うくもある。相手を掴もうとしたところを、逆に利用されてしまうことが多いのではないかな?」
ふわりと揺れた王装は立ち上がるような所作を見せると、カツカツと響く足音を奏でながらも接近する。王自ら玉座から降りてくるとは思わず、また接近に対しての警戒心に抗えなかったがために動いた身体は隣のレフにより静止された。
装いだけの王は、白の手袋が嵌められた手を差し出す。こうして差し出された手を見れば、そこにはやはり人一人が存在しているのだと実感できた。息遣いも、微かに耳に聞こえてくる。生き物の発する熱すらも。
差し出された手を取ろうと、手を持ち上げたその時。
「恐れながら、無礼ではないのですか? ユーザレンプト陛下」
口にしたのは、レフであった。
俺を止めながらも、やはり、この男とて警戒心の導くがままに動いてしまったのだ。後先など考えられずに、衝動に突き動かされて。
「姿も見せず、布越しになど。信頼していないと、言っているようなものではありませんか」
ピクリとレフの無礼な物言いに、背後のナイトが反応したが、キングはそれを差し出したのとは逆の片手を振るうことで落ち着けた。
礼儀に於いて、その場で無礼を言及することこそが最大の無礼に当たるという話もある。レフの言葉は正しさを含みながらも、また間違ってもいたと言える。
「私は君達の出会ってきた魔族とは違ってな、人の姿を失っているのだよ。ネブ・ノウブという国が変質し、国民が魔族と変貌した厄災の折、震源地にいたものでね……」
語りながらも外された手袋の中には、やはり目に見える形で手は存在していなかった。シスターや准教授、アンダーテイカーと魔族は人とは異なる別の姿も持つが……きっと、キングの持つ魔族としての姿とは、つまり王の装束それそのものなのではないだろうか。
再び差し出されたと思われる手を、手探りに探り、握手を交わす。握った感覚は少し固く思えるくらいで、何の変哲もない大人の男の手のひらだった。
「……貴方は、魔族とは何なのかを知っているんですね?」
「ああ。そして、それを語るためだけに君達を呼び出させて貰った」
「どうして、俺達なんですか?」
その質問には「ふっ」と含み笑いで反応し、キングは踵を返して再び玉座へと舞い戻る。
「今のネブ・ノウブは、世界的に立場を無いものとして扱われている。それは一重に我々の身体に起きた魔族化という異常、そして力を得た人民による暴虐にあると言えるだろう。そんな状況下で、他国との間に信頼などは互いに持てず、話し合いのテーブルなどは脚を失っている状態と言っても過言では無い。そこで、私はそのどちらにも属さない君達に目を付けたのだよ」
「どちらにも属さない……? 俺達は、一応ドゥ・ローの側の人間なのですが」
「形式的な話ではなく、意識的な話さ。君で言うならば、来訪者という特性上、魔族と呼ばれ迫害される私達すらも人として扱う精神がそれを表しているだろう」
「成る程……」
確かに、それならば理解できる。先天的な忌避意識を擦り込まれていない異世界からやって来た人間だから、物事を公平に見る目を持てるという考え方か。レフを連れてきたのも、レフ・トールギストの出身をネブ・ノウブ王国である事実と照らし合わせて考えれば、ネブ・ノウブとドゥ・ローの架け橋的な存在になり得るのかもしれない。
「それで、ニホニさんも……」
「そうだ。魔族と称される私たちの立場ではなく、その他多くの、ドゥ・ローに限らず国々とも意識を異にして。ニュートラルな見方をする善き人々に、私は、私達の未来を託したいと考えるのだよ」
期待はされども、自信は無かった。
物事を平らに見るだなんて、今までに出来た試しがないし、これからも不可能だろう。求められているものがそういうのではなく、俺の極個人的なミクロの視点であったとして、ああも聞かされては視線の持つ熱は変わる。
殺し言葉だろう、ユーザレンプト・アア・ネクチュウ陛下。
「……これから先を耳にして、その上で我々が魔族を滅すると意思を見せたとして。陛下、その時はどのようにお考えか」
最後に、と頭には付けないまでも、そういうニュアンスを含めてレフが訊く。ドゥ・ローの側にしろ、ネブ・ノウブの側にしろ、話を聞かなければ考えも始まらないとしたのだろうか。その上で、身の安全を考えて。
未だ、悶々と覚悟の二の足を踏み続ける俺とは雲泥に違った。
「選択を尊重するとも。仮にドゥ・ローとして、戦の意思を見せようとも、国境まで安全に送り届けると約束する」
「良いんですか? その……初対面の相手を、そんな、信頼するみたいな…………」
「君のその言葉が、信頼に足るものであるのだよ。それに、ある程度の手の内を明かすというのは、必要な犠牲の一端……いわゆるコラテラル・ダメージというものだ」
どっかと玉座に腰掛けたキングは、一度ナイトへと視線を配った後で、俺達を見据える。
「昔話をしよう。
「もう二十余年も前の話だ……当時、我が国は北の大国ボーデンとの間に冷戦の流れを有していた。そこで、ネブ・ノウブは彼の国から姫君を妃として迎え入れ、友好の証とした。……しかし、彼女の死を皮切りに戦いの予感は再燃した…………。
「我々は幾度と交渉を重ねたが、遂に矛を納めさせるには至らず……国土防衛のための計画が持ち上がった。未だ発掘されていない中の魔石——いわゆる地脈に直接的に働きかけ、国土全体を包み込む結界を張る…………無謀にも思える計画だが、実現の目処は立っていた。
「………………結果から口にしてしまえば、この計画は失敗に終わった。それも、最悪なカタチで。
「それは、十四回目の国土結界発生装置動作テストで起こった。それまでも度重なる失敗を重ねた計画であったがね……その動作テストに於いて、魔力制御装置が破損し、地中に埋まっていた魔石から、魔力が逆流したのだ。
「人体限界を超えた魔力が逆流し、地上へと流出した。多くの人民が命を落とし、その中で一握りの者達だけが膨大な魔力に適応して、生き残った。
「それが、今、魔族と言われる存在だ」
語られたのは、それだけだった。
だが、それだけというには長い時間で、十年一昔というのだから二十余年も遡れば……だ。誰が悪いでも、どこが悪いでもないただの結果の誕生の物語。そんなものを聞かされて、どう咀嚼しろというのだろうか。
……それに………………。
「……では、魔族とはネブ・ノウブ人であると?」
「それだけには、留まらないのだよ。正確には、当時ネブ・ノウブ国土に居た者……となる。例えば行商や観光でこの国に来ていた他国の人物であったとて、生き残ったのならば例外なく魔族となっているだろう」
「………………成る程」
どうやら、俺は言い訳のしようもなく人殺しらしい。
今までは、まだどこか、救いがあった。魔族と呼称され、ヒトの形とそれ以外の形の双方を持つ彼らを、口ではああ語りながら、当の俺でも人間だとは信じられていなかった。殺したくは無かったのは事実だし、話し合えると思っていたのも事実だ……けれど、やはり視線は差別的で、話の出来る宇宙人みたいな、どこか別の生物であるとは思ってしまっていた。
それが、人であると。人間であるのだと、明言されてしまった。
「………………同情を誘う形になってしまったが、そういう意図では、決してない。君達に期待することに、変わりはない」キングの王冠は傾き、その視線が俺ではない別の何かに向けられている。「魔族の悪虐があるのは事実。それを討つに、文句はない。……その上で我々を如何にするか、託したぞ」
謁見の間は着実に朱に染まり、夕刻が近付いているのを静かに語る。
キングの前を後にした俺達は、その日、もう遅いからとベーカリーさんの家に厄介になることになった。王城では落ち着かないだろうとの配慮からであり、その気遣いが、やはり人間性を感じさせるものだから、今の俺には辛かった。
「あの……」
「何か?」
「二人は、どうなったんですか? 俺達と一緒にいた、冒険者の二人は……」
「彼らならば、無事だ。君達の敗北で危険を悟り、撤退していった」
「そう、ですか……ありがとうございます」
彼女の家の前まで送ってくれたカーナクトさんは、翌明朝に迎えにくると言い残して去っていく。
王都の中心近く、立派な一軒家が彼女の家らしい。家……というか、実家らしい。
結局、彼女も連れて帰られて、親に突き出されたそうだ。まあ、何も言い残さずに家を飛び出して、となれば、当たり前かもしれない。そんな家にお邪魔して、未だギスギスした空気の中に晒されたらたまったものではないな、などとレフと話しつつも扉をノックすると、中から出て来たのは見上げる程の巨軀を携えた男であった。




