EP20 ぷー太郎、異世界にて迷う
「……今、何と言った!」
マーチャントの元から戻った俺を捕らえたアドリアンさんは、尋問室に閉じ込めると、人払いを済ませると全てを聞き出した。居場所含め、口を割るまいと堪える俺に対して自白剤は入れるわ、暴力は振るうわ……結果、全て話したところ返された言葉が、上のものだ。
「カーナクトだと! 冗談じゃないぞ……」
「その、カーナクトって、誰なんです? マーチャントは、あなたに訊けばわかるって言ってましたが」
「……所謂ところの、最強の騎士ってやつだ」
「最強の……?」
俺が疑問の声を上げるや、アドリアンさんは自分事でもないだろうに少し誇らしげに口を開いた。それは紛れもなく少年の瞳であり、彼の中に未だ燃える子供じみた妄執があると物語る。
「例えられる言葉は『一人大隊』、『壁のカーナクト』……共に戦った者として、この言葉が嘘ではないってのは俺が保証しよう」
「そんな人が……」
「――会いたくは、ないものだな。どうか、動き出すにしても俺の退役後に頼みたいものだ」
「退役のご予定がお在りで?」
調子に乗ってそう口にした俺の後頭部を掴み、机に顔面が叩きつけられた。痛みで仰け反り椅子から滑り落ちた俺に、椅子の背もたれに手を掛けると……そこから、記憶はないが、ノエルさんとアドリアンさんの言い争う声で目を醒ました俺の全身がひどく傷んだのだけは、よく覚えている。
*
ダンジョン内は、相も変わらずにかび臭い洞窟の様相であった。
王都のものとて、変わらずの壁のない昇降機で地下のダンジョンへと降りると、俺やニホニさんを中央に据えた陣形が目にも止まらぬ早さで組まれたのだ。入り口の近くは、壁に吊られたランタンの灯りでまだ明るかった。
前後を挟まれているがために逆らえもせず、流されるままに前を歩く彼ら彼女らについて進んでいると、ふと、袖が引かれる。ちょいちょい、と二度。その不自然さから袖を何かに引っ掛けた訳ではないと悟り、何か、と振り返れば、そこではミウトさんが俺の袖を軽く引いていた。
「ねぇ……」
「えっと、ミウトさん。どうしました?」
ダンジョンという慣れない土地柄、何か失敗をしてしまったかとハラハラしながら質問をするも、しかし俺の内心を知ってか知らずか、ミウトさんは能面もかくやという無表情のままでいる。無表情のまま、じっと見つめてくる。怖い。
「アナタは、どっち?」
「どっち……?」
質問に含まれない主語を訊き返す意図での反復であったが、ミウトさんは質問は受け付けないと、変わらず無感情に見つめて、ただ答えだけを求めてきた。言葉から、何か二択であるとは推測できる。では、何と何の二択であるのか……キノコとタケノコに始まり、冷奴と湯豆腐、米とパン、果ては男と女に至るまで、世に二択の選択肢などは五万とあるのだ。推測は、不可能と言えた。
ならば、答えは一つ。
「どちらかと言えば、どっち付かずって感じですけれど」折角だから俺は、回答Cのはぐらかす選択肢を選んだ。
「……そう」
何か間違えたのか、あるいは正解だったのか。ミウトさんは短くそう言い残すと、俺の袖から手を離した。何だったのだろうか。もしかしたら、とても大切な質問だったのかもしれないが、もしもそうだったとして、申し訳ない以外には思えない。
何だったのかと、かの嵐の女を目では追わず、首を傾けるだけに留めたけれど、そのやり取りを脇で見ていたニホニさんは別だった。振り返り、後方に構えるミウトさんを視線が追う。
終わったことに拘泥してはいけないと、また妙な人間関係を深掘りするべきではないと、それからただニホニさんに対して問いたいものがあったために、俺は「ニホニさん——」そう彼女へ呼び掛けた。呼ばれた当人は声に驚いたように一度ビクリと身体を跳ね上げてから、こちらへと向き直る。そして可愛らしく小首を傾げて、続きを待った。
「ニホニさん」俺は、敢えてもう一度だけ彼女の名を口にした上で「いいんですか? こうして、ここにいて」
しかし、自らの小心から本題の方は濁す形となってしまう。
「はい……怖いですけど、でも、やっぱり自分で動かないといけないかなって……そう、思いまして」
「……強いんですね」
「来人さんがそれを言いますか〜? もう」
「……どうですかね」
優しげに微笑むニホニさんの言葉に、俺は同意しかねて曖昧に微笑みを返すが、伝わっていないのかニホニさんの表情は変わらない。伝わったところで弱音なのだから、情けないと言ったらないのだけれど。
「カンダ・ライト……そしてニホニさん。心配など、不要だ。この一番隊にいる限り、私が、二人の安全は保証しよう」
逆に、そんな俺の声色を聴いていたらしい先を行くモースさんは、薄らと笑いを浮かべて、歌い上げるように口にした。
「頼りにしています」
「………………ッ。ああ、存分に頼ると良い。君の至らなさとて、私がカバーして見せようじゃないか」
言葉とは裏腹に、何やら腹立たしげにぷいと前へ向き直るモースさんを不思議に思いながらも、隣のニホニさんと顔を見合わせて苦笑する。気難しい人なのだろう、モースさんは。あるいは、精神的に追い詰められているのだろう。年齢としては俺と然程変わらないであろうに、一番隊の隊長に任命されて、アドリアンさんにいびられているのだから。
同情、という言葉を正しく使うのは、これが初めての経験かもしれない。単独行動に証拠隠蔽、情報の非開示とこちらにも非があるとは言え、ああも手酷い尋問をするような人間がアドリアンさんなのだから、モースさんの心労も察するに余りある。アドリアンさんに限った話ではなく、ロランさんも同じくなのだから、セントリアという家には救いらしいものはノエルさんくらいなものだ。そんなノエルさんも、准教授の一件が世間的な落ち着きを見せたことで学校が再開してしまい、屋敷から寮に戻るわ、この作戦にも不参加という始末。
だからと、押収品の〈レイズ〉を【ダブル・ダウン】用に持たせてくるのだから、アドリアンさんとは嫌な人だ。悪意の人だ。だが、悪意の中に世間世情に向けての正義を掲げているのだから、国家の人間という訳なのだろう。
「……王国の図書館で少し調べたんです、帰り方を」
苦笑を最後にして沈黙が支配した空間には、靴音だけが木霊していた。しかし、そんな空気に居心地の悪さを感じたらしいニホニさんは、せめて自分は救われようと、隣を歩く俺にだけ聞こえるような小さな声でそんなことを話し出したのだ。
「勿論、文字は読めないので読み上げてもらったのですが……」
「何か、わかったんですか?」
「いえ……ただ、召喚魔術というのは、本来はもっと小さな生き物を呼び出すのが基本らしいです。犬とか、猫とか……」
「そうなんですかァ———⁉︎」
視線を合わせようと、ニホニさんの方へと視線を向けた瞬間であった。ダンジョンには壁の暗がりというものが無数に存在しており、そこをゴキブリやらゲジゲジやらが歩いているので見るに耐えないのだが、だからと叫び声を上げたのでは、決してないと先に言っておこう。
「いやァ———⁉︎」
壁の溝に、人がハマっていたのだ。
少女が、息を殺してひっそりと壁の溝に潜んでいたのだった。
「……何だ! どうした!」
俺と少女、双方の叫びのマリアージュに、その場の全員が壁の少女へと視線を集めた。目を細めて、顎を引いて冷や汗をかく少女に集まった視線は、また冷ややかなものである。
気まずさからか、そっと溝から身体を抜け出した彼女は、しかし俺達が取り囲んだことで再び溝に戻って行った。
「……冒険者ではないな。盗掘でもしていたか」
吐き捨てるように、モースさんは言うや早く先を急いだ。一番隊の面々も、それに追従する。
「盗掘?」
「ええ、魔石って生活に色々使うじゃない? だから、そのお金を浮かそうって、勝手にダンジョンに入ってくる人、偶にいるのよね〜」
「そうなんですね。勉強になります、スィクルさん」
「イイの。何でも頼って頂戴な。名を轟かせる魔族殺しの力になれるだなんて、光栄だもの」
スィクルさんの口からも出た、俺の望まぬ二つ名に微苦笑で返して再び溝に視線を戻すと、溝の少女は、その顔を引き攣らせていた。目を見開いて、口角が引けている。
「魔族殺し……」
呟きは弱々しく、こちらに言葉を伝える意思がなく、溢れたものだとわかった。
「まさか……」そしてこちらも、また溢れたものであった。「魔族なんですか?」
動きは早かった。
俺の言葉に、先を進んでいたモースさんは一瞬で振り返るや、一息で抜剣、接近を済ませて少女の首筋へと刃を向けたのだ。咄嗟に、としか言いようがないが、そんなモースさんを認識した俺は俺で、実に愚かしいとは思えど、腰のポーチから取り出したレイズを太腿に刺して、そんなモースさんの刃をすんでのところで脛で受けた。
「何をしているかわかっているのか!」
「それは、アンタこそだ!」
目の前で起こった出来事に驚き、動けないでいるニホニさんをスィクルさんとレフが下がらせ、背後で小さな悲鳴を上げてへたり込んだ少女はミウトさんが肩を貸して上げている。
「魔族なのだろう! ならばァ!」
「まだ決まった訳ではないだろうに!」
「どちらにしろ犯罪者に変わりはない。現実を知らない者は大人しく下がれ!」
「現実などと」
鍔迫り合いは、両者の力が拮抗して決着しない。しかし、どちらかが行動を起こせば、その時は手加減のない暴力で自らの意思を押し通す他にないとわかっているからこそ、この膠着状態から脱せずにいた。
「どっち……なの?」
俺達がそんなことをしていると、背後のミウトさんが、少女に訊く。もう少し迂遠な言い回しは無いのか、と今にして思うが、しかし訳のわからない質問をする不思議ちゃんタイプの彼女なのだから、そんな心遣いなどできようはずもなかったのだ。
そして、少女も少女であった。
「えっと……はい。盗掘をしていた、魔族でして…………」
目を逸らして口にした少女に、俺とモースさんは鍔迫りの手を止めて、だらりと脱力して——恐らく、同じことを思ったと思う。
役満じゃねぇか、と。
*
「成る程? ベーカリーさん、つまりは……オーブンを動かす魔石を買おうとしたら、昨今の物価高騰でかなりの出費になるとわかり、盗掘を?」
「はい……」
結局、立ち止まってもいられないと言うことで、少女——魔族・ベーカリーさんも連れ立って工場へと向かうことになった。モースさんを説得するのに、もう一悶着ありはしたが、一番隊の面々やスィクルさんがどうにか説得してくれたお陰で、処分は地上に上がってから、と言うことになり、取り敢えずは同行してもらうという落とし所となったのだ。その間、レフはどちらにも着かずにそっと我関せずといった具合に溝にハマっていたので、〆たりしたが、それはまた別の話である。
「お店を持っているんですね」
「いえいえ、雇われですよ雇われ。ただ、新しいオーブンに心当たりがあると言ってしまいまして……引くに引けず。まさか、あの店が畳まれるとは思わず……」
「行きつけの店が潰れるのって、何だかしょんぼりしますよね。わりますよ、その気持ち」
「ニホニさん……ありがとうございます!」
盗掘の事情は、そういうことらしい。
急がば回れとはよく言ったもので、事実、近道をしようとしたベーカリーさんはこのように遠回りどころか最早前進も怪しくなっているのだから。もしもこれで、いや、もしもなどではなくかなり高い確率で処刑。良くて拘束だろうか。
准教授のようなクズなら兎も角として、ただちょっと盗掘をした……いや、それだって十分に犯罪行為なのは理解しているが、根本の部分が種族格差にあるのだから納得できないだろう。俺も小学生の時に、公園の横にあった竹林から筍を持ち帰った過去を持つ身だから、擁護側に回りたい。
こうして話ができるのだ。狂気に呑まれたシスターや、シンプルにクソ野郎だった准教授とは訳が違う。
「……やれる筈だ、神田来人」
如何なる手を講じてでも、彼女は死守しよう。争うばかりが人では無いのだと、証明してみせる。
「そうは言うがな、ライト。たとえ話し合えて、わかり合えたとしても……お上から納得を勝ち取るのは、難しいぞ」
「やれるな? レフ」
「いや何で僕に投げるんだよ」
「俺にできる訳がないだろう。政治屋との戦いなんて」
「理想を追うっていうのなら、できた方がいいだろうに……」
「頭の出来がよろしくなくてね、どうにも」
談笑も束の間、前を歩く一団が足を止めたために、進行が停止した。何だ何だとよそ見していた視線を前に向ければ、そこには、だが岩壁がどっしりと構えているのだ。
道を間違えたのか、と思い見ていると、何やらモースさんとスィクルさんがあれやこれやと話し合い、右の方向を指差した。釣られて指の先が指し示す方を見れば、しかしそこには大きな岩が反り立つだけである。
不思議に思いつつも目を凝らせば、岩の背後、陰となる位置に木製の扉がひっそりと佇んでいた。決して大きくはないが、物品の運搬には苦労しないであろう間口の扉。
「……あれだな」
モースさんによる一言で、緊張が空間を包み込む。ピリピリとした空気感が首の裏のところがザワザワとして、落ち着かない。
指文字で突入を指示するモースさんに、一番隊の面々が構えて——扉を開いた。門番だったのだろう男が二人、開いた扉に驚いた顔をして……そのままの表情で、地面に崩れ落ちる。モースさんが、切ったのだ。
「一番隊、出るぞ!」
無意識だった。
足が一歩、引いていた。
「……あっ、すみません」
後ろにいたベーカリーさんにぶつかり、小さく謝ると「いえ、大丈夫です」と返事が返ってきた。だが、その声もまた震えていて、小さく、眼前で起きた出来事を処理し切れていない人間の声、そのものである。
一番隊が前に進むと、その前に立つ者は皆、殺されていった。武器を手にして抵抗しようとした者も、武器を手放して逃げようとした者も、物陰に隠れて神に祈りを捧げた者も……皆、斬り伏せられた。わかっていた筈なのだ。工場の破壊、やるのならばそこにいる人がどうなるのかなど……働いていた人が、どうなるのか何て。捕縛して、連行できるような場所ではないのだから。
「だからって、これが正しい選択というのならば、俺は従うだけの人間に立ってはいけない。これは、俺の求める正しさとは違う。原因と、結果。彼らが死ぬに至ったのは、カイザー・ホセやマーチャント、当人の人生もあるだろうが……引き金を引いたのは俺だ。銃と弾丸を用意したのは世界だが、それを扱ったのは俺で、狙いを定めたのは国だ」声には出ない、頭の中の声。
意識して呼吸をしなければ、息が詰まって窒息しそうになる。だけれど、意識して呼吸をすると、鼻腔をくすぐる鉄の香りが——血の香りが、俺の意識を明滅させて、くらくらする。
「………………」
こんな光景を、ニホニさんも見ることになってしまった。今の俺では、自分のことで手一杯で彼女の顔を見れないけれど、きっと同じかそれ以上の苦しみの内にいるだろう。普通に生きていれば、こんなところに、こんな世界に来なければ一生見ないで済んだ光景なんだ。見ないで、過ごせた筈なのだ。
工場の内部を制圧した一番隊の傍らで、レフは用意していた破壊用器具のセッティングを終わらせていた。モースさんの指示の元、重要な証拠品になろうものを探したが、見つけるには至らなかった。マーチャントとの話し合いがあったのだから、既に持ち去った後なのだろう。抜かりがないのは、何となく察せた。
工場は、火の海と化した。そこで働いていた人々の遺体ごと、炎に巻かれて。
だから、これでお終いなのだ——〈レイズ〉を巡る一連の騒ぎも、王都での俺の役割も。
だから、きっと——この鎧が擦れる金属音は、聴き間違えの筈なんだ。




