EP19 ぷー太郎、異世界にて潜る
王立騎士隊の庁舎前に隊員が並ぶ姿は、壮観の一言に尽きた。
副隊長以下の騎士達が、各々装備を揃えた状態で整列しているのだから、当たり前の話であろう。今の騎士隊、隊員をこれで全てとするらしいが、ざっと見るだけで五十人は超えている。
「最大の問題点は、判明した工場の位置というのが、我々国家としては未踏領域に当たる点だ」
アドリアンさんの声が響く中、俺もその隊員の数の一人として話に耳を傾けていた。
「しかも、往復を不可能と判断した我々はこれの破壊のための機材を持ち運び、帰りには押収した証拠品を持ち帰らなければならない。花街でボス猿を気取っているホセの鼻っ柱を叩き折るには、相応の証拠が必要になる」太く響く声は、青空の中でよく通り、最後尾に立つ俺の耳にも一言の漏れもなく聞こえてくる。「だから、各隊に破壊工作用の装備を配布した。取り扱いは事前に伝えてあるはずだ、忘れていなければな!」
その冗談に、全体に薄っすらとした笑いが浸透した。緊張感というものは、ゆったりとしたものとなる。
「更に、各隊ではそれぞれ異なる道を通り工場へ向かう都合、ダンジョンというものに詳しい冒険者も、同行させることにしている」
続くアドリアンさんの声に、しかし笑いの声が引いて、隊列の中からはこそこそとした会話が繰り広げられることとなる。
と、俺の並ぶ列の最前線に立っていたモースさんが、挙手をしながら「そのような話は、聞いていませんでしたが?」と訊いた。
「今、しただろう? 各隊に二人ずつ参加してもらうが、事前に編成については渡してある。彼らとてプロだ、邪魔にならないよう立ち回るくらいはやるさ」
「しかし……!」
モースさんの抵抗虚しく、アドリアンさんは話を続ける。ダンジョンに潜る以上、専門家に同行を頼むのは当たり前のように思えたが、未だ続く隊列内の声に耳を傾ければ、聞こえてきたのは、
「なぜカナリアなどを……」
「元が作戦士官なのだから、現場を知らんのさ」
「書類仕事ばかりをしてボケたんじゃないか?」
そういった声であった。
職業格差。エリートの軍人である王立騎士隊にしては、冒険者という、魔石の採掘領域拡大がためにダンジョンに潜る使いっ走りと働くには抵抗があるらしい。プライドなのだろう。
「十番隊から出て、繰り下げながら潜っていけ。これを終えれば、先代からやらされていた面倒な花街のゴタゴタとも決着が着く」
アドリアンさんは、声量を一段と大きくして決戦を示して、騎士隊の緊張感を再び引き締めた。
「各隊に同行する冒険者が合流した後、各々でブリーフィングを行え。十番隊は、時間は無いぞ。……以上だ!」
「ハァッ!」
こ気味いい揃った足音と共に、敬礼が行われる。
「色良い報告以外には、不要だからな?」
最後に放った言葉が、冒険者を同行させると語った際に立った数々の言動に対する嫌味であったのは、誰の目から見ても明らかであった。しかし、その言葉に対して騎士隊が返したのは「当たり前の話を」という態度であり、内情などは知らない俺の目にしてみれば、そこにある信頼関係というのは酷く輝かしく見えたのである。
アドリアンさんが執務室に戻り、各隊はそれぞれで集まって小さな円を作った。そこに、当てがわれた冒険者が二名ずつ、組み込まれる。
先の対応とは裏腹に、騎士隊の反応に嫌悪は見て取れず、すぐさまに作戦内容の確認や隊内での立ち位置などを決めるブリーフィングに移っているように見えた。
「何をしているんだ。早く来い」
モースさんの怒気を含んだ声に、ハッとなって駆け寄る。
俺は、臨時的に一番隊と同行することになっていた。なぜダンジョンにまで立ち入らなければならないのか、という疑問はあったが、やはりセントリア家の居候である以上、アドリアンさんに逆らうことはできずに、すごすごと作戦と名のつくものに参加している。
「すみません……」
「その調子でいるというなら、困るな」
一番隊の隊長はモース・リジット。隊員としてヘンドリー、アイラ、スリムガル、リーガル、ミッドマン——そして、ニホニさんの七人がいる。そこに俺とレフを含めた八人が現在の一番隊であった。
顔合わせをしたのはつい先日であり、積み重ねた経験もないチームであるが、俺の意思を汲んでか前線に出なくとも構わないとモースさんは言ってくれたものだから、今回はありがたくそうさせてもらうことにするつもりだ。
ニホニさんに関しては、アドリアンさんになぜ加入させたのかと抗議を入れたが、彼女の意思であると返されてしまい……そうなると、俺には何を言うこともできはしなかった。彼女の意思であるのならば、それを尊重するしかないのだから。
そんな顔触れの中に、見知らぬ二人がいた。
「彼らが、今回同行することになった冒険者の二名だ」
「スィクル・ソーよ。短い間かもしれないけど、ヨロシク」
「ミウト・セットアップ……よろしく」
二メートルに達するような巨大な無頼漢と、小さなフードの女性。勘違いして欲しくはないが、先に名乗ったのが無頼漢であり、後がフードの女性である。
無頼漢はその腰に黒光りする歪なハンマーを携えており、無骨な見た目と無骨な見た目のベストマッチ感は尋常ならざるものがあるけれど、その内面的な部分のミスマッチ感は、これまた尋常やらざるものがあった。
逆にフードの女性は見る限り装備を持っていない。マントに隠れているだけなのかもしれないが、だとしても小振りなものであることに間違えはないはずだ。
しかし——
「冒険者か……」
憧れる響きではある。
見た目からも、騎士隊の連中とは違い格式張っていないのが格好いい。いや勿論、騎士隊の持つ揃いの鎧もザ・正式採用品って感じがして格好良くはあるんだけれどもね。オトコゴコロをくすぐるのは、やはり冒険者の二人の方だ。
アウトロー感とでも表すのだろうか。小汚く泥に塗れており自分の使い易さだけを注視したものに心惹かれるのも、男のサガといえよう。
「何だ、まだ気にしているのか」
俺が密かに瞳を輝かせて冒険者の二名を見ていると、隣のレフが素っ頓狂なことを口にした。
気にしているのか、何をだろうか。気にするところと言えば、パッと思い浮かぶのは単独行動でマーチャントの元に乗り込んだのを蛇蝎のごとく叱られたことが記憶に新しいが。
「……ダンジョンのことだ」
「ダンジョン? で、何を気にするのさ」
「気付いてないのか……」
「何をさ。そんな馬鹿だって目で見られても、酷く傷つくだけだぞ」
「ほら、初めて会った日のアレだ」
そこまで言われても、話が見えてこない俺は、はてなと首を傾げるしかない。そんな俺に仕方のない奴だとため息をつくレフの姿は、無性に腹の立つ仕草であった。
「あのなぁ、考えてもみろ。あんな言動している奴らで、片や戸籍すらも無いんだ……聖堂としちゃ、身元不明の死体ならば、処理は余程楽だろうさ」
「聞かなきゃよかったって後悔は、これで何度目になるかな……」
まさかそんな秘密があろうとは、知らなんだ。エマさんは、そうして亡き者にしようとした奴らの前でのうのうと……やはり、現代とは死生観がだいぶ異なるのだな。
「そこ! 何をコソコソと話している」
そうしていると、モースさんの目に付いてしまったらしく怒鳴られた。
「はい! いえ、この後の作戦のことで……」
「そういうことを話し合うのがこの席だと、わかっていないのか? ……何がわからないんだ」
「えー……俺達が入るのって、最短の道なんですよね?」
「ああ、正面突破となる。お二人も、地図の確認は済んでいるか?」
「ええ、勿論。だ……けど、あの位置はねぇ」
「位置……?」
一番隊とは、所謂ところの突撃部隊的な立場にあり、ダンジョンへの入窟地点から最短距離で工場へと突入するルートとなっている。当然、正面なのだから守備は堅いと予想され、それ故に期待のエースであるモース・リジットに任せられている訳だ。俺はオマケ、レフは工場破壊のための工兵としての参戦となる。
「頭の中で同じ縮尺の王都の地図と重ねてみて貰える?」
しれっと語るスィクルさんであるが、無茶を言ってくれた。
「すみません。そんな小器用なことはできないです」
「あら、そう? じゃあ結論から……真上がね、川になってるのよ。この工場」
「我々は、だからこそ魔石採掘の手が伸びず、秘匿性があったのだと考えているが?」
「そうね。魔石を掘る以上、水脈にぶつかるのって最悪だから……」
「あれ? 工場って、爆破解体でしたよね。爆弾をそんなところで使ったら……危ないんじゃ」
俺の至った疑問に、レフが気色の悪い笑みを浮かべて肩に手を掛けて来たかと思えば、口を開いた。
「安心しろよ。だからこそ、騎士隊の工兵が夜鍋して特製の破壊装備を拵えたんだ。マジでデスマーチだったんだぜ? お陰で、他の隊の工兵連中と熱苦しい友情が結ばれちゃってさ……」
「結論を言えよ」
「爆弾は爆弾でも、焼夷弾に近いものでな……爆発で破壊ってより、火を撒き散らすって具合な装備なんだ。これは魔石ってよりも火薬側に仕掛けがあってな、着火装置としては爆弾と変わらないんだが——云々かんぬん——破壊工作なら、この方が嫌だろ?」
「成る程ね。……ああ、モース隊長らは知っていたんですか?」
「説明を受けていたからな。お二人は?」
「知らなかったわ。そこのところは、秘密だなんて言われてたから」
騎士隊の、つまりは国の管理する組織が持つ装備など大っぴらにはできないという事情は、テレビとかで見る自衛隊特集とかで何となくはわかる。そんな中で、レフがこれ見よがしに解説したのだから笑えるが、当の本人は「ヤベッ」と小声で呟いてからドッと冷や汗を垂れ流していた。
アドリアンさんの耳に入ったら、大目玉だ。きっと、それネタに揺すられてまたぞろ面倒な仕事を押し付けられることだろう。
「十番隊が出たらしいな……では、我々も陣形等道中の最終確認から入ろう」
そこからの話は、正直なところ俺としてはピンとくるものではなかった。基本的に、戦場に放り出される際には一人で戦うことが多かった……というか、シスターと戦った時もプロフェッサーと戦った時も、俺は結局一人だったのではなかろうか。シスターの時は、まあラトラーレがいたから一人と一匹ではあるけれども。
だから、集団での戦闘での立ち位置だ何だと言う話は、何がなんだか……サッパリであった。それで何が変わるのか、それ程に変化があるものなのか。
九番隊、八番隊とミーティングを終えて出ていく隊の数が増す毎に、庁舎の前に空間が開いてがらんとしていった。七番隊、六番隊と着々と出立するに連れて寂しくなっていく中にありながらも動けないのは、どこかもどかしさを感じさせられて、ムズムズする。五番隊、四番隊と庁舎前を後にするのにも動けない現状にソワソワし出した俺に、モースさんが一瞥を寄越したのには気付いていた。
「鬱陶しいんだが、カンダ・ライト」
「そう言われましても……待機って、どうにも落ち着かなくて」
「だとして、態度に出すな。仮にも騎士隊に名を連ねるのであれば、常に相応の態度を取ったらどうなんだ」
「まぁまぁ、そう言わないで」
「スィクル氏はこの件に無関係なのだから、口を挟まないでいただきたい」
なぜか怒り心頭という様子のモースさんに、現状がわからないながらもスィクルさんが宥めてくれようと口を出したが、それすらも無碍にして、詰め寄ってくる。確かに多少落ち着きがなかったのは認めるが、それ程に苛立つものだろうか。
「申し訳ないです……」
取り敢えず謝って場を丸く収めようと口にしたこの一言が、トドメだったらしい。いや、わからないけれど、おそらくそうだった。
「私とて、駆けつける形でなかったのならばな……‼︎」
「……はい?」
三番隊、二番隊と出発して、残すところはこの隊だけとなった。だからか、そのモースさんの怒声は、やけに響いて聞こえる。
「——ッ。出撃の準備はできているな? 直、私達も出るぞ」
訳もわからずにポカンとするしかない俺を他所に、一つ舌打ちをした後で、これ見よがしに俺から視線を背けたモースさんは部下に指示を出し始める。頭の中のはてなは止まることを知らずに、溢れ出ては漏れ出ていった。
「何をしたんですか?」
ニホニさんに問われても、首を傾げて「さぁ?」としか口にできない。
「何かしたんだろ、お前のことだし」
などと言って、レフは無関係を気取っていってしまった薄情振りを見せつけてくれて、まあらしいと言えばらしいかとその背中に内心で唾を吐きかけた。
「あんまり、いじめないでやって下さいよ。隊長は、見ての通りにお子ちゃまなんですから」
そう言って来たのは、リーガルさんである。しかし、俺としては逆に、訳のわからないことばで捲し立てられていじめられている立場にいるのだから。
「そんなつもりは、無いのですがね……それに、モースさんは立派な人ですよ」
「……なるほどなるほど。同族嫌悪ってワケ」
「ですかね? 俺は、そうは思いませんけれども……」
俺の否定もどこ吹く風と、リーガルさんは先にモースさんが言った準備に移った。訳のわからないことを言って来たが、あるいは潜めているだけで嫌味だったのだろうか。だとしたら、信用されていないと実感するのだが……そりゃ、正体不明で、今尚も戸籍もない不審人物なのだから信用も信頼もないのだけれども。
しかし、しかしね——
こうしていると、どうしても忘れそうになってしまうのだ。
俺という存在が、この世界に於いては異物であるのだと。
「弁えなきゃならないんだよな。身の程も、分も……」
こうして、一番隊も出発した庁舎前は、未だ夏の暑さが残る秋風が吹き荒む広場となった。




