EP18 ぷー太郎、異世界にて商う
「君が何故、ワタシに一人で会いに来たのか……ワタシには、わかりますよ」
「……わからないよ。だって、俺自身にもわからないのだから。答え合わせのしようがない以上、誰にもわからないさ。だから、そんなことを考えてもしようがない…………駄目だね、どうにも俺には人を笑いに導く才能ってのが、とんとないらしい」
「面白かったですよ」
「お世辞にしても、言い過ぎじゃない?」
「お客様の機嫌を取るのも、商人の勤めですから」
「そりゃ、嫌な話だね。ヒトのココロを弄びやがって〜」
「人で無し、でございます故」
「……だね。カイザー・ホセ程に、人らしくあれたのらなばそれ程に幸せなこともないだろうに」
「あの方は奔放を絵に描いたような方でありながら、そこに絵の具を用いない方ですので……例外に心惹かれても、待っているのは破滅だけですぞ? ホホッ」
「笑わないで欲しいな。希望ってヤツは、高く持っておくべきだと思うから……」
「それで身を裂かれては仕方がないと言っているのですよ」
「そりゃ、いい」
「変わっておられる……」
「変わりたいと願っているのは、誰でもない、俺自身なのだけれどね」
「…………〈レイズ〉の件、構いませんよ。それが、アナタが一人でここへやって来た理由なのですから。ご友人をも裏切って、ね。ホホッ」
「何となくだけど、それが商人なんでしょう? なら、得をさせてあげようっていう俺のささやかな心遣いさ」
「ええ、ええッ! それが、アナタに幸福をもたらす決断であったと、断言してしまいましょうとも! ホホッ」
「なら、嬉しい限りだよ。アレなんだろう? 『商いはリピーターを増やす』……なら、この方が得だものね」
「それに、司法の番犬に目を付けられるなどは御免被りたいですからな……立ち入りというのも、商売では重要になってくるのですよ」
「難しいんだね」
「だから、金を稼ぐというのは楽しいのです」
「賭け事と同じだね。リスクとリターン……だから、運が必要なのか」
「運、と一重に言いましても、それは引き寄せられるものですからな。どこまで自らに近付けられるのか、それこそが重要なのですよ。ホホッ」
「苦手だな、そういうの。俺は」
「だからこその良さというのも、あるのでは?」
「立派な大人には、なれやしないって話だね」
「若気のいたりは、若輩者の特権ですぞ」
「確かに……あなたのような髭面の失敗などは、目も当てられないだろうね」
「ホホッ……歳を食っておりますからな」
「だねぇ。言葉の重みが違う、時代の重みだ。……俺のような、その場その場で変わるものじゃない」
「……アナタ、カイザー・ホセの前とは随分と違っていらっしゃる」
「そういうものだよ、人って。色んな仮面を持ってる。友人らを前にしていなきゃ、俺はこんなものなんだ」
「愉快な人を演じていると?」
「あるいは、今こうして冷静な俺こそが、本当の俺なのかもね。……ま、どっちも俺ってのが真実なのだろうけれどね」
「だから、好かれるのでしょうな」
「女の子にかい? そんな自覚は、無いのだけれど」
「人に、でございますよ。ホホッ……敵対するだけの理由が捻り出せない。敵視するに至れない。そんな雰囲気が、アナタにはあるのです。現にワタシも、今ここでアナタを殺せばいいものを、そうしない」
「それは、そっちの方が不利益が大きいってだけの話じゃなくて?」
「それも有りますがね。姿を知られているのと知られていないのでは、雲泥なのですよ。社会って、ただの一人の死では大きく波風立たないものですしな」
「そっか。でも、敵視されないのって、別に好かれるってのとは違うんじゃないかな」
「どうでございましょうか。好きの反対は無関心、という言葉が真実か否かという話になりそうですな」
「あなたは、どちらだと思うので?」
「ワタシは、真実ではないと」
「俺もだよ。ただ、好きの反対側に嫌いが無いだけで、無関心ではないと思う」
「ですな。金が特別好きでない者でも、金に無関心では、いられませんから」
「間違えないね」
「…………それで、その大好きな金が絡んでいる〈レイズ〉を市場に出回らせないって選択をしてくれたことには感謝するけれど……どうして、あなたではそれができないのかな? カイザー・ホセは場所を貸していたと言っていたけれど、ならば、あなたならば流れを止められるはずでしょう?」
「信頼から、にございますよ。ホホッ……例えば、アナタはある果物を売らなければならなくなった。けれど売れない。果物は腐っていく。では、ここで何かしらの原因で果物を保管していた場所に火が着いたとして……アナタならば、売れなかったのは何を原因としますかな?」
「……成る程ね。言い訳が欲しい訳だ。こうして、俺に工場の位置まで教えて。怖いね、実に怖い。あなたのような大人には、成りたくないものだ」
「慣れませぬよ。何せ、ワタシは天下一の金銭好きにございますからね」
「大きく出たねぇ……けど、うん。俺に都合が良い今は、その在り方を称賛するよ」
「アナタこそ、怖いですな。自分のポリシーを貫くために、魔族であっても見逃すというのですから」
「生憎、今の俺は魔族などとは会っていないよ。ただ、商人と取引をしたって、それだけでね」
「ホホッ、そうでしたな」
「しかし、ダンジョン内に工場を作るだなんて……危なくないのかい?」
「危ないですぞ、それは勿論。しかし、働いているのはカイザー・ホセの元で負債を背負った者ですので、幾らでも換えは効くのです。それに、労災などはございませんからね……ホホッ」
「わぁ、ブラック。タコ部屋なのか……この情報は、騎士隊に流しちゃうけれど、構わないだろう? 大々的に打ち壊せば、そっちのメンツも立つってものだし」
「えぇ、お願いしますね。誰もが納得できる形で、どうか丸くて穏便に」
「勿論ですよ。犠牲を出すのなんて、好きじゃないですから。魔族殺しだなんて言って持て囃して、そうして救われている人らがいるのは知っていますけどね……俺、そういうの好きじゃないんで」
「それは、恐ろしいですな」
「……ですね。どうにも、いけないとはわかっているんですけれど、軟弱者なんですよ」
「ホホッ……アナタが軟弱者で無かった現在など、考えたくもありませんな」
「そんなに変わり映えはしないと思いますよ? 変わり映えならぬ代わり映えで、俺がここにはいなくて、或いはあなたもここにはいないだけでしょう。俺、もしもの話って嫌いなんですけどね。だって、たらればを言って救われるものなんて何もないじゃないですか。何なら、自分自身の選択した今すらも侮辱するような行為だ……ねぇ、マーチャントさん。あなたもそう思いますよね?」
「それをやるのが、商人ですので」
「ですね。申し訳ないです。考えが甘かったですね」
「………………」
「ところで、おまけとして欲しいのですがね……あなた以外に、このドゥ・ローに来ている魔族っているんですか? そこの陰に構えている女性以外に、何人いるのかとか、どんな人なのかとか。商人なら、顔も広くて知っているんじゃないかなー……なんて、期待しているところも、あるんですけれど」
「……ホホッ。バレていたのですかな」
「ええ。でも、こういうサプライズって、受ける側がバラしたら冷めるじゃないですか。まあ、だから今、バラしたんですがね」
「………………」
「で、どうなんですか? 知らないなら知らないで、構わないんですけれどね。知っててくれたのであれば、それ以上のことはないんですよ」
「それを話して、ワタシにどのような得があると?」
「得は無くとも、徳はあるんじゃないですかね。ああでも、仲間を売るってんじゃ徳にも特にならないんですかね。……ま、あれですよ。事と次第によっては、どうにかこうにかアドリアンさんを説得して、金を出させますから。それでどうにか」
「どうにか、と言われましてもな……どうにも」
「です、か。何だかなぁ……欲張っちゃいけないってことなんですかね」
「……ですが、気を付けるべきでしょうな」
「……アンダーテイカーなら、知ってますがね。他に、何か厄ネタがあるって言いたい様子で」
「ええ。ワタシも最近になって気付いたのですがね、ここだけの話、ナイト殿の手勢が市井に紛れ込んでいるのですよ……」
「……ナイト?」
「ネブ・ノウブは騎士団長、壁のカーナクト卿ですぞ」
「壁の……カーナクト」
「もう、今の人々には記憶に薄いのですかな……二十余年も前ですからな。それこそ、アドリアン殿に訊けば、すぐにわかりますぞ」
「そのような人が……なぜ」
「誰かを探しているのだとか、噂ですがね」
「……ありがとう。で、それで? 今の話は、幾らなのかな?」
「ロハ、ということにして差し上げましょう。いずれ、またいずれはとお得意先は増やしておくべきですからな」
「何か入り用になったら、あなたを頼るようにするよ」
「それだけで、値千金ですな」
「なら……良かったよ。隅田川の朧月じゃないけれど、成れたのならね」
「……わからぬ例えですな」
「ちょっと気を抜いたら、こうさ。俺も、よくよく詰めの甘い男だね」
「愛嬌、というヤツですな」
「男の愛嬌なんて、そんな可愛くないものはいらないんだけどなぁ……どうせなら、カッコよくありたいよ」
「背伸びも、若さの特権ですな。ホホッ。若い若い」
「嫌味だなぁ……それじゃあ、工場の件はこちらでやらせてもらうから、こう言うのも変だけれど、無事でね。何かやることがあるのなら、後回しにしない方がいい。アドリアンさんは、手の早い人だから……女性にって意味じゃ、ないからね」
「わかっておりますとも。ホホッ。本当に、気を抜いたら『そう』ですな」
「……恥ずかしいものだね。こんなことなら、たらればってのを否定しなきゃ良かったよ。今、自分自身が一番それを望んでいるんだからさ」
「そういうところなのでしょうな……」
「人って、自分より劣っている人を見ると安心するって言うからね。俺も、本心からそう思っているとは思いたくはないけれど、真理めいて聴こえるから多くの人が支持してしまう」
「耳心地が悪くとも、少しでもそうかもしれないと思わせて心を揺らすのは、よくある手口でございますよ」
「詐欺も商売って、そう考えるの?」
「ええ。金を稼ぐ行為は、何事も商売でございますから。人殺し代行でも、強盗でも、勿論のこと麻薬の製造でも」
「……全部、やったのかい?」
「いえいえ。やるとして、ワタシは仲介のみですぞ。現場に行っては、足跡が残ってしまいますからな。そのところは慎重にやらねばなりません」
「だとすると、アンダーテイカーは商人としては駄目駄目だってことだ。気味の良い話だね」
「それを掻き消すだけの実力がある、ということでもありますがね」
「腹立たしい話になっちゃった……身の程を弁えろってことなんですかね。嫌だ嫌だ、説教臭い。そんなんだから、ジジイって言われるんですよ」
「ワタシ……そんなことを言われてたんですか」
「さぁて、どうですかね。俺は、あなたなんて知りませんから。道行く露店の商人のおっさんの顔なんて、いちいち記憶してますか?」
「取引相手の名前と顔は、一通り」
「……俺は覚えていませんよ。だって、他人ですから」
「孤独な生き方ですな」
「そうでもありませんね。ノエルさんがいる。レフがいる。アドリアンさんも、ロランさんも。モニカちゃんや……俺が言っていいのか怪しいけど、リェンちゃんもいる。結構、楽しくやれるんですよ、これで。…………この話はトップシークレットで、売らないでくださいね」
「わかっていますよ。お得意様だけの、最高額の情報にしときます」
「辞めてくださいよ〜……時間的には、そろそろですかね。うん………………それじゃ、俺も、いい加減お暇させていただきます。またいつか、運が合ったら会いましょう」
「その時は、どうかご贔屓に」
「そりゃ、わかりかねますね……」
[花街は一角に古い集合住宅がある。そこは古く、工場労働者のために建てられたものであったが、時代が流れ、工場が潰れて花街に移ろうに当たって俗に切見世として活用されていた。そんな集合住宅の一部屋が、魔族・マーチャントの花街での拠点であった]
「つまり俺は、ただ女の子の元に遊びに行ったって……それだけの話なのさ。真実は何にせよ、社会的には……ね?」




