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EP16 ぷー太郎、異世界にて探る

 これは、俺の知らない物語。


 王立騎士隊庁舎の一角に存在する独房と、それに付随した尋問室。四角四面な部屋は無機質な灰色で包まれており、天井の中心にある光源の下には机と椅子が並べられている。


 椅子には男、リント・グレイマンが背もたれを挟んで後ろ手に縛られており、周囲の床には幾ばくかの空き瓶が転がっていた。男の顔には生気がなく、病的なまでに青白い。


 対面に腰掛けたアドリアンは、人差し指でトントンと机を叩き、男の答えを待っていた。


「……もう一度、質問するぞ。この薬は誰に流していた」


 二人の挟んだ机の上には、一本の注射器が置かれている。それは、リェンが酔い止めとしてライトに用いたものであり、また霊園にてライトがダブル・ダウンへと変身するに用いたものでもあった。


 リント・グレイマンの研究室内に残された資料の数々は証拠品として王立騎士隊に押収され、数少ない残されたものも聖堂の刑事警察機構によって押収された。そんな証拠品の中に、アドリアンら騎士隊が追っていた花街で横行する薬物の資料は含まれていたのだ。


 魔族の関与が疑われていた事件であったが、事実、リント・グレイマンという魔族・プロフェッサーがその事件に関わっていた確たる証拠であった。


「………………」


 しかし、リント・グレイマンは口を割らなかった。

 リントにとって魔術研究こそが人生であり、今、このように拘束されて研究を行えていない状態というのは、リントにとって苦痛に他ならなかった。しかし、話したところで解放されるものではない。故に、朦朧とする意識の中で、気力を振り絞り口を閉ざしていたのだ。言ってしまえば、嫌がらせの他に何でもない。


「……そうか。自白剤を入れてやれ」


「またですか⁉︎ しかし、これ以上は……」


「この程度で死ぬのならば魔族となど呼ばれていない! ……ああ、リント・グレイマン。人権的観点からの云々を期待して黙秘しているのならば、無意味だからな。魔族に人権など、ないのだから」


 怒鳴られた騎士は、自白剤を取りに尋問室を後にした。

 床に転がる瓶は、それであったのだ。既に人間であれば許容量であり、人道的観点から見ればこのような手段は推奨されないものである。


「……カンダ・ライトについてだが…………」


「今、彼の話はしていないが?」


 自白剤で混濁した意識の中で、リントは薬から連想してふと頭に浮かんだ言葉をぽつりと口にする。


「………………彼の身体は、人のそれではない……あれは、魔石によって象られているだけの…………人形だ」


「何をっ。……いや、それを彼には話したのか!」


「……好きを生む切り札としていたが…………まだ」


 薬には関係しない話ではあれど、この考察はアドリアンを大きく動揺させるに至る。騎士隊長としてではなく、アドリアン・セントリアという個人として。


『この話が真実だとして、どのように切るべきだ……』


 尋問は、しかしその後も続いた。




     *




 学院での一件からしばらく、俺とレフは王都のセントリア邸にて面白おかしく生活していたのだが、ある日、ふらりとやって来た騎士隊の馬車に詰められて庁舎へと誘拐された。そのあまりにも鮮やかな手付きはプロの犯行と言え、こんな技術を持っている者が公務員をやっているなど世も末だな、などと考えながらも馬車に揺られていく。


 最早、こうした突発的な招集に慣れ始めている自分がいるし、それはどうかとも思うが、まあ、要件については想像に難くない。准教授の関連であるのは、目に見えている。


 だとしたら、否が応でも関わる他にないだろう。やり切らなければ、気持ちが悪いだろう。


「どうぞ。隊長がお待ちです」


「ありがとう」


 庁舎に着いた俺達は、流れるように執務室へと案内された。中からは相変わらずの怒鳴り声が響いていて、未だ学院の件が落ち着きを見せていないのだと知らしめる。


 案内してくれた騎士が扉をノックして俺達の来訪を伝えると、アドリアンさんは通話を切り、「入ってくれ」と招いた。


「どうも、お疲れ様です」


「ああ、呼び出しが急になってしまって、申し訳ない。掛けてくれ」


 促されるままに来客用のソファに視線を向けると、そこには既にノエルさんが座っていた。俺が存在に気付いたのを悟り、軽く会釈をしてくれたのでこちらもそれに倣い、俺達三人はソファに腰掛けた。


「まずは、改めて。先日のリント・グレイマンの件に感謝を。君達のお陰で、我々は初めて魔族の捕獲に成功した」


「……ええ」


「捕縛したリント・グレイマンを尋問して、奴は俺達の追っていたある薬の製薬方法を花街のギャングに流したことがわかった。……ライトくん、君が以前、グレイマンから渡されたあの薬だ」


 准教授の捕縛後、今回の作戦に於ける調書にサインだけしてくれと一度呼び出された際に、その話は聞いていた。どこで手に入れたのか、使用した結果はと様々訊かれたが、危険性を知らず騙されて使用させられた上で依存していないと診断され、解放された。


 この時、ポロッとリェンさんも同じものを所持していたと溢してしまい、彼女も逮捕される結果となったのは、後に聞いた話である。国に認可されていない薬品の所持、及び使用……どのよう対処されるのかは、知らないし、知らずに生きれるのならばそれ以上はないだろう。


「君達三人には、花街へ潜入して薬の出所を探し出して欲しい」


「……僕らが、ですか?」


 平気な顔をして言うアドリアンさんの無茶に、レフが疑問を返した。


「ああ、君達にしか頼めない仕事だ。恐らく、既に騎士隊の顔は割れている。行かせた奴らは、尻尾すら掴めないでおめおめ逃げ帰って来た……それに、未だに残ったグレイマン周りの後処理で、どうにも手が足りないんだ。一人一人の実力を重視した結果、今度はマンパワーに欠くのだから一長一短だね」


「だとして、薬の出所などと……どうしろと?」


「花街を牛耳っているのは、ファルシオンというギャングだ。この組織のリーダー、自らを皇帝カイザーなどと称する阿呆なんだが、名をホセという。この男を探れば、必ず尻尾は掴める筈だ」


「カイザー・ホセ……」


「ええと、アドリアンさん。それは、売人を突き止めるってことなのか、工場を突き止めるのか……正確には、どっちなんですかね」


 微苦笑に口元を歪めて、複雑怪奇な感情を包み隠そうと躍起になりながらもレフが口にした質問に、アドリアンさんは答える。


「まずは、売人からだ。薬の流通量から考えて、売人の数は高が知れている。人数を増やしてバラ撒かず、少数で我々に気付かれずに確実に売ろうって魂胆だ……先に出口を塞ぎ、流出を止める。いいな」


「……それで、お父様。その薬は、何というモノなのでしょうか」


「――〈レイズ〉。流通時の隠語は、〈ケーキ〉だ」


 俺達三人は一度顔を見合わせて、声に出さないまでも互いの意思を確認しようと顔色を窺い合った。ただ一人、レフだけは面倒・やりたくないというニュアンスを見せていたが、それは置いておいて、ノエルさんと短い首肯を交わして心を決める。


 光あるところに闇はあるというけれど、強すぎる光の下では闇は生まれない。この国、ドゥ・ローでは、闇が生まれる程度のささやかな光が支配しているのだと思うと、どこか、平和な歩みを思わせてくれた。




   *




 花街が存在するのは王都の南東の一角であり、東西南北へと延びる大通りから抜けたその場所は王国公認の遊郭として機能していた。しかし、その手の場所は得てして悪事の手が伸びるもので、今この地を制しているのは国ではなくギャングであった。


 無論、国家が壊そうと思えばいつでも手を出せるような力関係ではあるが、しかし、国はそれでは回らない。暗い影を、国と言うものは必要としていたのである。


「うっし……行こうか!」


「待ってください……」


 一つ声を出してやる気を振り絞り、いざや調査へと花街に足を踏み入れようとしたそんなところで、ノリに乗った精神を転倒させるような静止が、ノエルさんよりかけられた。


「……浮かない格好をしようとは、言いましたが…………」俺の格好を頭の先から爪先まで、じっくりと見聞した後でため息なんて吐き出すノエルさん。「何がどうしてそうなるんですか?」


 金髪ショートボブのウィッグにナチュラルメイクを合わせて、ショート丈のトップスにパンプス。足の甲が見えるヒールサンダルで脚全体の肌面積に統一感を持たせた仕上がりとなっている。


 セントリアの屋敷の人達やモニカちゃんの手を借りて編み上げた完璧な女装だと思うが、どこか可笑しかっただろうか。声も、地声からして少し高めなのでテンションを下げ目でいけばダウナーな大人の女性な雰囲気で纏まると思うが。


「変かな……?」


「頭の話か? だいぶな」


「違ぇよレフ・バーカデスヨ。恰好以外の話をするかよ」


「誰がバーカデスヨだこの野郎。……いや、恰好は…………可笑しくはないが、なぜに女装?」


「偽るならば性別から変えた方が化かせるかなって」


 俺の発言に、ノエルさんもレフも駄目だこりゃみたいに頭を抱えやがった。なんだ、何でそんなところで息を合わせてくるんだ。


「そういうレフこそなんだ! お前その、何だ……赤のインナーにオーバーオールってどこの配管工だ!」

「コンセプトは仕事帰りだ」


「そんな真っ赤なインナーで仕事する奴があるか!」


「もう、諦めて行きましょう。花街ならきっと受け入れてくれますよ、多分、きっと……」


 花街の懐の深さを期待して、足を踏み入れる。

 絢爛豪華なその場所は、活気に溢れており、朱染の建物が通りに沿って作られている様は碁盤の目の京都市街を思わせる。右を見ても左を見ても男も女も客を引き、惹きつけられる瞳は流れ去る景色を仕切りに追ってしまう。


「ねぇ、イカす赤色のお兄さん」


 ケバケバしい女性に袖を引かれたレフが、「や、やめろ! 放せ!」と鬱陶しそうに対応しているのを背後に、俺とノエルさんはそっと進んでいく。レフならどうにかするだろうという信頼と、面倒だし変にいざこざを起こさないためと言いつつシンプルに関わりたくないからだ。


「遊んでかない? 千円ポッキリ!」


「趣味じゃない!」


「イイ声してるから三百円にまけたげる」


「アンタはいいのかそれで……」


 置いていくなとか何とかぶつくさ言いながら追いついて来たレフに、お疲れと労いの声を掛けつつ、どこかにらしい人物はいないかと探して回る。


 取り仕切ってるとかいうギャングは、パッと見で判断できた。遊びに来ているポヤポヤしたおっさん、おばさんに紛れてるつもりだろうが、明らかに厳しい陰気臭い面して歩いている人物が何人かいた。

 そう言った人間を辿り、売人らしき人物との接触には成功したものの——。


「今は無い、か。警戒されているのか? お前のせいで」


「警戒するならお前の方だろ、ライト」


「バッカ言えよ。見てたろ? ナンパされる俺の姿を」


 結果は、芳しくは無かった。


「どうにもだな……そろそろ夜店が開く時間だし、この辺りは混み出す。折りを見て、また来るか?」


「いいえ、まだ続けます。あの人は、恐らく売人のフリをしているだけで、当人ではありません」


「そりゃ、どうしてそう思うので?」


 横目で背後の売人達を追いながらも、彼らが売人では無いと口にしたノエルさんに、レフが問う。


「不用心過ぎるんです。バレないように、彼らの背中を見てください」


「ふぅむ?」


 視線だけを動かして先程まで話していた売人を見れば、その背中には、何か小さなものがくっ付いていた。紙……だろうか? 折り紙人形のようなものが、へばりついている。


「何か付いているようですけれど、あれは?」


「見ての通り、紙人形です。マジックペーパーという砕いた魔石が練り込まれた紙を折って作った人形に魔力を通すだけで作れる単純なものでして、あれに気付けないような人がこれまで売人として働けていたとは思えません……」


「新人なのかもよ? あるいは、初歩過ぎて逆に引っ掛かった」


「新人なのだとしたら、どちらにしろハズレですよ」

「です、ね」


 初歩過ぎて引っ掛かるなんてありますかね、と疑問符を浮かべるノエルさんに、レフが適当な肯定意見を返すのを聞き流しながらも、背中に折り紙人形をくっ付けたまま街の喧騒へと消えていった売人達を見送る。


 その後も売人らしき人物をの接触を続けたものの、目ぼしい人物と出会うことは叶わなかった。取り敢えずそのほとんどの人物に先程の紙人形のようなマーキングを施して、後々に王立騎士隊よ方で捕縛するという流れは作ったものの、一斉摘発したところで根腐れを起こしている幹に何をしたところで意味はない。


「さてはて、流石にくたびれている僕もいるが、まだやるんですかい? お嬢」


「ええ、もう少し続けましょう。システムも、おおよそわかって来ましたから……」


「ですね。安物の粗悪品で雑にハマらせて、純度を上げなきゃ効かなくなっていくのを利用して値段も吊り上げていく……嫌ですね、どいつもこいつも准教授みたいで」


 たはは、と力無く笑った俺に、レフが横から「いやいや、准教授の方が悪質性が高いだろ」などと真っ当に返して来たのが疲れた俺の脳味噌には深々と突き刺さり、なぜか大笑いしてしまった。自らのツボというものはよくわからないが、きっと疲れているせいで埋め立てられ、そこが浅くなっているだけだと願うばかりである。


「アンタらが、ケーキを座してる人らってのでいいのかナ?」


 そんな俺の痴態を他所に、男はふらりとやって来た。

 笑顔を顔に貼り付けた胡散臭い男で、三者三様に警戒の姿勢を取る。


「あぁ! そんな警戒しないでヨ! オレはただ、アンタらが欲しがってるものがあるって売り込みに来ただけなんだかラ……」


「そうなんですか。それはそれは……では、ケーキを三つ」


「ケーキかァ……」


 首を捻り、唸り声を上げて悩むの様子からして、やはり隠されているものであるのかと疑る気持ちが生まれる。


 准教授が捕まった今、その情報が漏れているのだとしたら花街も警戒心を強めているだろう。高価な薬はお得意様にしか売らない、といった政策を取っているかもしれない。


「……あのサ」男が眉を下げて、どこか恐れのような感情を表しながらも俺達に問い掛けた。「アンタら、何をしたのヨ」


「何って……特に、これと言っては覚えがないが」


「マジだな? 危ない橋じゃないんだナ⁉︎」


「危なくな〜い、危なくな〜い。セーフオブセーフ」


「…………ケーキ、用意できるってサ。ついて来てくレ」


 そう言って身を翻すと、男はあからさまに項垂れて歩き出す。

 俺達は目を見合わせて危険の香りを共有しつつも、しかし現状である手掛かりはこの男しかないのも事実。後を追って、俺を先人としてレフと挟む形で進んだ。


 路地を抜け、繁華街とでも言うべき道を人流に沿って進んで行き、行き着いた先は花街で最も巨大な建物である遊郭・冥體庵であった。何階層にも連なった建物はミルクレープのようで、多層構造故の鈍重さは一見では華やかさを感じさせるものの、見上げていると難攻不落の城塞のようにも感じられる。


 そんな冥體庵へと入り、艶やかな声を耳にしながらも階段を登り続けた果てに辿り着いたのは、襖戸。男がちらりと振り返り、俺達に覚悟を問うものだから、それは決まっていると頷きを返すと、男が声を上げた。


「連れて参りましタ!」


「おう、入れ」


 太く厚みのある声が、俺達を招く。その威厳というか、余裕のある声にして襖の向こうの存在に、何とは無しに思い至る。

 襖を開きながらも身を躱した男により映った視界、その先では、彼がどっかりと腰を下ろして待ち構える。


「あんたが……」


 つい、零す。

 口で語るまでもない、名乗らずとも姿が物語るその者の正体に、自分の身体が無意識の中で強張っているのに気付いた。


「おう、オレだぜ」


 帝王・ホセは、名を語らずに名乗るである。

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