SS03 Look at this me ss
モース・リジットは、王立騎士隊の装衣に身を包み、学院内を駆けていた。
文化祭という条件下で作戦が行われること自体に不信感を抱いているモースは、移動の足を重く感じながらも、騎士として上司であるアドリアンが認可を下した作戦に従事する。アドリアン本人が発案した作戦であれば、モースもまた非情ながらもその裁決が必要な事態なのだと飲み込めたかもしれないが、この作戦を発案したのがレフ・トールギストというぽっと出の錬金術師であったこと、そしてその男がネブ・ノウブの人間であったために、疑念の心を抱いたのだ。
「大体、どうして学院に魔族がいるんだ……」
先刻入った連絡で、被疑者であるリント・グレイマンが魔族であったと伝えられた。
公的な研究機関として構える学院である。教職員の審査は十全に行われているだろうし、何よりも魔力に関わる物事を調査・研究するための機関なのだ。そう易々、入り込めるものではない。
目標の危険度が上がり、対象の捕獲のために研究室へと攻撃を仕掛けるように命じられたモースは、今、こうして走っている訳だが、その心には一つの考えが蟠っていた。
「最初から、私に任せてもらえば済んだものを!」
なぜ、騎士隊にすら所属していないあのような者共に任せるのか。モースにとって、それは屈辱でしかなかった。
レフ・トールギストについては事前の作戦会議の場で会ったのが初めてであったために深くは知らないが、カンダ・ライトに関しては、一度、尾行の任についていたためにどのような人物であるか、おおよそを把握していた。その上で、カンダ・ライトを高く評価しているアドリアンの意見には賛同しかねる。ましてや、エースなどは以ての外だ。
戦闘技能は高いと言えず、精神も高潔さなどない。どころか、あの霊園での一件で使用したドラッグは騎士隊の追っているものであり、薬物の使用者を評価など、出来様はずもない。
「……私が、あの様な男に劣るものかッ」
噛み締めた屈辱を呑み込んで、研究室へと向かう足は、どこからか聞こえた声で止まる。
研究室の周囲は怪しまれない程度の範囲ではあるが、立ち入りを規制したにも関わらず聞こえてきた声を探り、足音を消して慎重に声の出所を探れば、建物間の小さな通路から聞こえてあると判明する。背を壁に付けて、覗き見る。
「………………⁉︎」
人影は二つ。
両方共に男のものであり、両方共に見覚えがあった。
片や、先日の霊園で相対した魔族であり。片や、今作戦での捕獲対象である魔族であった。
アンダーテイカーとリント・グレイマンである。
「——作戦本部、聞こえますか。こちら、モース・リジット。応答願います」
声は辛うじて喉から音として発される程度に抑えて、連絡を入れる。
『聞こえている。何だ』
「隊長。現在、研究室へ向かうべく第三教室棟横を通り抜けていたのですが、路地にて目標とアンダーテイカーの二名を確認しました」
『了解した。では、その二人の対処はお前に任せる。……リント・グレイマンに関しては、分身だ。始末して構わない』
「はっ!」
リント・グレイマンの賦質魔術。自らの指を触媒として分身体を作り出す……目標との交戦を経たレフからの情報という触れ込みで魔族であったという情報と共に伝えられていたが、あれ程に精巧なものなのだろうかとモースは疑念を胸に浮かべた。
自身の分身を生み出す魔術は、多々存在する。その多くは実体のない幻覚によるもので、実体を持つ分身であっても本人の認識が混ざる以上はどこか本人とは異なる部分が混じるものなのだ。
だが、眼前のリント・グレイマンは当人と見分けなどつかない。本人なのではないかと、思える程に。
「………………」
深呼吸で息を整え、魔術により手中に大剣を鍛造する。
意識しても話し声は小さいらしく、聞こえない。
得られる情報が無いのならば、こうして身を隠している必要もなしと角から飛び出して、大剣をリント・グレイマンに投擲した。リント・グレイマンは咄嗟に反応できず、頭を捻り大剣を目視する間に、それは距離を詰めていく。
だが、すんでのところで隣に立つアンダーテイカーが大剣を認識してリントの膝裏を蹴り払い、体勢を崩したリントの二の腕を斬りつけるだけで終わった。
「……チィッ、助けちゃったぜクソを」
「感謝するよ。なぜ後悔に顔を歪ませているのかは、置いておいてね」
眉をしかめて、心底不服そうな顔をするアンダーテイカーは、しかし鞘に手を掛ける様子もない。逆に足を引いてリントの背後に回ると、いつでも逃げられるように準備をし始めた。
「契約は果たしたからな、後のことは知らねぇぞ」
「ああ、そうだね。できれば、この場からでも逃してくれるとありがたいのだけれど?」
「一銭にもならないのに、手を貸すものかよ。バカじゃねぇの。……そういう訳だ。見逃してくれるとありがたいが、モース・リジット」
語るアンダーテイカーに、しかしモースは言葉を返さない。
既に駆け出したモースは左手に大曲剣を鍛造し、先ずはリントの首を狙った。モースの様子を見て「ありゃりゃ……」などと、若さに呆れながらも懐から杖を取り出したリントは、通路を埋め尽くす様に礫の散弾を繰り出した。その背後では、モースが壁を駆け上がって逃げていく。
魔術により放たれた散弾に一瞬の躊躇を見せたモースであったが、大曲剣とは逆手、空の手中に重刺剣を作るとこれを振り上げ、人一人分の空間を作り上げる。
モース・リジットの賦質魔術【万負不刀】は、魔力により武器を鍛造する魔術である。大剣、大太刀、大曲剣、重刺剣の四種の武器のみ鍛造可能であり、これらはそれぞれ異なる性質を持つ。
例えば、今用いた重刺剣は周囲の魔力の流れを歪める力を持つ。そのために、振り上げるや散弾として放たれた礫があらぬ方向へと転換したのだ。
「……おや」
だが、一度用いただけでモースの持つ重刺剣の性質を悟ったリント・グレイマンは、自らの不利を読んだ。
「善くない流れが来ているかな……」
騎士隊に於いてエースとされるモースとの対面、その魔術との相性、更には繋がった本体からヒシヒシと伝わる緊張から、自らの不利を悟った瞬間、リントは逃走の準備を開始した。
リント・グレイマンという男の強みは、この判断の速さと言えるだろう。あるいは、持ち合わせるべき矜持の無さと言うべきだろうか。
対するモースら王立騎士隊は、騎士としての矜持、公務員としての責任などに雁字搦めにされている。
だが逆に、だからこその強さがあった。
「……すまないが、君を相手にしている余裕は、俺にはないようだ」
そのようなことを口にして逃げ出したリントを、一瞬、虚を突かれたために見過ごしたモースであったが、膝を曲げ、瞬間的に距離を詰めることでその失態を帳消しにする。二十代前半と、肉体的に全盛にあるモースは、騎士隊の驕りと自らを評価されたいという渇望により驚くべき身体能力を露わにして、リントに迫る。
武器を捨て、身軽となったモースからリントは逃れられない。
逃亡劇は、五分と続かなかった。
簡易的とは言えど、魔術的な仕掛けをいくつか放つリントであったが、モースは都度重刺剣にて斬り払い、突き進む。魔術師であるリントに対し、魔術を殺す剣は天敵以外の何者でもなく、分身体でしかないこのリントでは肉体を強化する獣の姿にはなれなかった。
それ以前に、このリント・グレイマンという男は魔族としての姿を嫌っていた。人間だけが知恵を持つ、と考えるこの男にとって、獣に身をやつす行為は自己のアイデンティティを穢す行為に他ならないためだ。
そして、追いつかれた。追いつかれるべくして。
「取ったッ……」
声がして、大太刀の刃が鈍く光るのが見える。
ずるりとズレたリントの首は地面に落ち、その切り口からはとめどなく魔力が放出された。そして、大きな損傷を受けた人形は形を失い、消え去る。
「こちら、モース・リジット。目標の分身体、破壊しました」
連絡を入れ、再び研究室へと足を向けようとしたモースの耳に、アドリアンは異なことを口にした。
『よくやった。では、体育館へ来い。至急だ』
「………………?」
体育館への道は、研究室とは然程変わらぬ方角ではあるが、なぜ体育館なのかと疑問が浮かぶ。しかし、騎士隊の一員として、隊長であるアドリアンの言葉に反対意見を出せる立場には、いなかった。
「はっ!」
と短く返したモースは、体育館に向けて足を進める。
この時モースが討ち果たしたリントこそ、彼の右手であったのだった。




