SS02 Start it.
過ぎ去る風塵を肌に受け、背後で響く轟音に対して僕が伝えた言葉は「そっちは任せる」という端的なものであった。信頼・信用という訳ではないが、ライトと共にノエルさんも行ったようだし、まあ、何とでもなるだろう。
腰のホルスターから小型改良化したウィザードエヴェリンを抜き出して、銃口をリント・グレイマンに向ける。筋肉バカのライトがいないサシでの対面ともなれば、警戒は一段、高めなければならない。
いや、それ以前に、リント・グレイマンの額から生えた一本角がある限りは、警戒などと悠長な話はしていられないだろう。
「魔族……です、か」
「……あまり、驚いた風でもない様子だけれど。サプライズをさせてはくれないのかな?」
「少なくとも、人でなしだとは思っていましたのでね……」
「それはそれは。酷いな……」
口にする言葉とは裏腹に、その顔面に張り付いている笑みには一片の狂いも生まれずにいた。同時、それは内面の歪みを露出させる。
無論、内心で予想外に驚いてはいるものの、そうした感情を外に出して油断を溢すのは得策とは思えない。意識を額の一本角から逸らして、外面を取り繕う。
「よかったのかい」
僕の発した心配の言葉に、准教授は首を傾げた。
言葉の意味は二つ。魔族を晒したことと、ミロ・ヴィーナスを行かせたこと。その二つに掛かっているのを前提に、どちらにしても心配の言葉をかけられる意味がわからないという風である。
「そうかぁ……」
吐き捨てるように口にして、肩と肘に力を込める。ライトにして拳銃と呼称されたコレは、小型化には成功したものの、反動の軽減としては然程であるために身構えなければ射撃ができないという欠点を抱えている。
魔術師にはない欠点を抱えている以上は、撃ち合いでは不利となるが、そこは機材屋と魔術屋のサガ。故にこそ手を取り合い、また内心では貶し合っていた錬金術師と魔術師。今の僕での不足分は、勇気と技量で補う他ない。
やれるか……‼︎ ——疑問を内心に削り出した瞬間であった。
「………………⁉︎」
瞬き一度の間に、室内の景色が一変していた。
奥行きの有無も知らない赤黒い空間。上下左右の間隔を失わせるそこには、何処からともなく伸びた鎖が縦横無尽に張り巡らされており、時々、南京錠で繋がれている。目を凝らせば、南京錠にはそれぞれ言葉が刻まれており、今この場から見えるもので【禁忌】【罪罰】【規則】というものが存在する。
跳ね上がった心臓は鼓動を早めて、知りたくもない恐怖の足音を体内にこだまさせる。だとして、引く選択はないのだからと意識的な深呼吸で心拍を抑えて、冷静さを保証する。
ここはどこか、思考を巡らせる。
少なくとも、研究室内ではない。いや、座標としては研究室内で間違いないのだろうけれど、そういう意味ではなく、現に今、僕が存在している空間としては研究室のそれではない。
「結界魔術は、物理障壁を築けない村落にて獣除けに用いられることが多く、それ故に作り出すことそれそのものの難解さに対して条件変更は簡単に行える——というのは、基本じゃないか」
声に対して、反射的に発生源へと顔を向けると、何本かの鎖の向こうで、余裕綽々、准教授が講義を行っていた。
この空間が奴の手によるものであることは、確認をせずとも確かなのだから、多少の時間を要したとて、探るべきかと考えた僕は、その講義に乗る選択を取る。
「だが、魔力の運用は封じた筈だが?」
「棲み分けだよ。俺を相手にしているが故に視野狭窄に至っているが、何も魔術だけが俺の全てでは無い」
「……結界の発生装置ッ! 研究室保護用に張られていた結界に流し込んだのか⁉︎」
錬金術と魔術の違いとして挙げられる最もたる点として、その運用方法にある。
魔術というソフトウェアを動かすに当たって、錬金術では科学的なアプローチにより機械で行うのに対して、魔術師は自らの肉体をハードウェアとして用いる。これにより錬金術は万人が同じ結果を得られるものの変動のない結果を出し、魔術師は個々人の才能・技術により大きく変動するものの上振れもする。
一概にどちらが優れているとは言えないし、どちらも魔術を運用する都合、手を取り合う関係にあった。錬金術師と魔術師、錬金術の国たるネブ・ノウブと魔術師の国であるドゥ・ローは。
故に、このドゥ・ローは魔術学院とてただ魔術一辺倒という訳でなく、施設の至る所に錬金術師の手による魔具が仕込まれていた。
結界発生装置も、その一つである。
魔術研究による被害を外部へ流出しないために張られた結界は、部屋の四方の壁に嵌め込まれた装置から成り、物理的・魔術的な干渉を強固に防ぐ仕組みであった。その存在は無論知っていたために、准教授の魔術行使を禁ずる結界を張る際にはこの装置の干渉を受けない形に変容させた結界を用いたが、まさか、結界発生装置の条件設定を弄ることで外部からの結界を中和したとでも言うのか?
「机上の空論だろうに……‼︎」
「空論とて、満たせば用いるに足るのだよ」
口にしながらも、准教授の手にした杖の先は正確に僕の頭部を指して、先端に嵌められた魔石が輝くと同時に礫が放たれた。杖を認識した時点で頭を傾げて回避したことで魔石の礫を避けた僕は、構えた拳銃のトリガーを引いて射撃する。
しかし、礫を放った瞬間に横に跳んだ准教授は既に居らず、再度銃口で追った先で弾き出した弾は、先の僕のように身体を軽く捻り避けられた。
あくまでも魔術師として戦うか、リント・グレイマン。
「………………‼︎」
続く准教授の礫を身を屈めて避ける。
前進しつつも足を滑らせ、スライディングの形で距離を詰めてきた准教授を追って銃口を動かして発砲するも指一本の距離で避けられ、立ち上がりつつ向けられた杖を身を捻りながらも左手で払い、逆の手を突き出してトリガーを引くも身を翻した准教授は射線上から逸れて虚しく地面を撃った。身を翻しながらも伸ばされた脚は僕の足払いを狙い、この脚を避けるべく僕は一歩大きく後退する。
「どうして、ミロ・ヴィーナスをあの様にした!」
立ち上がる准教授へと銃口を向けるが、嫌味か、同様に左手で払われ、しかしてこちらへ向けられた杖も払い除けたために、互いに無駄撃ちに終わる。払われた右手を戻しながらも銃床での打撃を試みるも、上体を仰反ることでこれを回避すると、勢いを活かした力強い踏み込みから肘による突きを行われ、僕は咄嗟に手を前に出してこれを受け止めた。
「実証実験さ。大切だろう? 検算は」
「それを人の身体で……ッ」
受け止めた肘を捻り、投げ技の要領で押し出す。
人体構造上逆らえない力の加え方をされたために准教授は放り出され、二、三歩勢いのままに進むと無の空間に腰掛けるように倒れた。僕はその太腿に銃口を向けて放ち、着弾を認めてから銃口を額へ移す。
「怒っているのかい? 同じ穴の貉だろうに」
「僕は、お前程に身勝手ではない」
油断が無かったとは言えない。
伸ばされた手は一瞬の内にウィザードエヴェリンのノズルを掴み、額から銃口を退かすと逆の手で僕の右肩へと礫を放ち、掴んだノズルを引いて体勢を崩すといとも容易く立場を逆転させた。無の空間、何も無いように見えるそこには椅子があったらしく、固いものの確かな安定感を感じさせる。
「………………‼︎」
向けられた杖をこちらも掴み、互いの武器を互いで握り合った僕らはその状態のままに発砲し合い、離れ、そして背中を合わせた。
弾切れなのだ。
僕は銃床からマガジンを取り出して、腰のポーチに入れていた換えを装填する。
准教授は杖の先端に嵌められた魔石を外し、胸元に仕舞っていた換えの魔石と交換する。
リロードは同時だった。
互いに飛び退きながらも反転し、撃ち合う。脇腹を貫通した礫は熱を残して出血を招き、ジクジクと痛みを主張してくる。恐らく、痩せ我慢をしていようと准教授も同じであろう。あちらの方が穴の数が多い分、上かもしれないが。
痛みを噛み殺しながらも腕を持ち上げて准教授の額へ銃口を向けるが、僕の額にも杖の先端が向けられた。
「同じだよ。この作戦を立案したのはキミだろう? ライトくんならば人を巻き込む真似はせず、セントリアの人間ならば人は巻き込めども無辜の民が多く参加する文化祭には被せない。自由な研究という場、その価値を理解した上で成功の有無に関わらず立場を失うような状況を作る選択を取るのは、キミくらいのものだ」
「巻き込まれ、目撃者となる人々には勘弁してもらうとも」
僕は手首の動きのみで銃口を九十度曲げると、真横にあった額に向けられた杖を撃ち落とした。無理な挙動で反動を逃せずに手首をやってしまったが、准教授の手から杖を落とすに至る。
目に見えない椅子の件からして、この結界は研究室内という空間に被せられた膜でしかないと類推できる。あくまでも空間としては同一であり、別空間や別の場所に移ってはいない。
ともすれば、僕は頭の中に研究室の情景を映し出し、そこにこれまでの動きを投影することで自身の立ち位置を確認。痛む腕を奮い立たせて一息の内に四方四発の弾丸を発射した。
弾は空間に立ち消えたが、しかし、硝子が砕けるような音が結界発生装置の破壊を微かに知らせる。
「……おや。やられてしまった」
尚も微笑を崩さずにいる准教授の額へ再び銃口を向け、トリガーを引く。放たれた弾丸は准教授の額を貫き、空間がぼやけ、霧が晴れるように不吉な空間は綺麗さっぱり消え去った。額を撃ち抜いた准教授と共に。
「………………⁉︎」
「惜しかったね」
耳元で囁かれた言葉に振り返ろうとした瞬間、僕の身体は複数の礫によって損傷を受ける。倒れる刹那、視線を動かして映った背後には、不敵に笑うリント・グレイマン准教授の姿があった。額に留まらず、全身に一切の傷を持たない。
「……いや、無傷では済んでいないよ。だからそんな顔はしないで。ほら!」僕の顔色を伺ってか、励ますような口調で言った准教授がフラフラと振った左手には一指すらも生えてはいない。「パペット・マペットという魔術でね、魔力で作り出した自身の分身を指で操る術なんだ。この分身がやられると指ごと持っていかれてしまうのが玉に傷だけれど、完璧な術理などというものは、そうそうあるものではないからね」
たははと力なく笑い、解説しながらも、准教授は指の残った右手で倒れ伏した僕の襟首を掴むと引き摺り、渡り廊下へと連れ出した。
准教授が無事なのは僕が踊らされたからだとして、では魔術封じの結界内部で如何にしてあの礫を用意したのかという問題が残る。
「ああ、それならばキミが分身と戦っている間にね、外から壊させて貰ったよ。ほら、右手が残っているからね。……でも、まさかキミ達がナンパしていた彼女らが結界を構成していた魔術師だとは驚きだよ。あれかな? ナンパして断られるのが順調に進んでいる合図だったりしたのかな?」
言葉の通りだ。
全て知っているという訳だ。
「いやいや、充分な成果じゃないかな。手間取らせられたし、研究室も滅茶苦茶だ。ミロさんだって、まだ完璧じゃないのに使う羽目になってしまったし……邪魔をされたよ」
邪魔で済むのでは、意味がない。本来の目的は捕縛、ないしは殺害であったのだから。
ああクソ、無能だ……僕は。これでまだ身体が動いて、最後に一矢報いるくらいできればまだ格好も付くのに、戦士としての素養など持ち合わせない僕は、痛みと出血で指先一片すらも動かせる自身がない。
着々流れ出ていく血液は、肉体と精神、双方の傷の熱の向こうから寒さを連れてくるのであった。




