EP12 ぷー太郎、異世界にて予感す
ザクロの果実は、よく人体の比喩として用いられる。
鮮血迸る血肉が赤々としたザクロの果実に似ているためであり——時には、真っ赤に充血した女性器の比喩として用いられる。
確かに、熟れたザクロの果実は透明感のある赤色をした水分の多い果肉内包しており、体内というグロテスクな存在を取り繕って表すのであれば、なるほど、美しい表現技法と言えるだろう。ザクロの皮が毒性を含んでいること含め、皮肉的なイノセンスもある。
……まあ、だからと何があるという話でもない。
さながら薔薇の花弁が散るような、そんな事実など、ありはしなかったのだから——。
*
「——で、どんな具合だよ」
ニホニ・フォニィとの出逢いから数日、再び学院に訪れた俺は、モニカちゃんに教えてもらった穴場の屋上にて、レフに問う。
落下防止のため付けられているであろう柵に背を預け、風に晒されたレフの髪が靡き、目を細めるヤツはふっと息を吐いてから言葉を紡ぎ出した。
「結果から言えば、収穫はゼロに等しいな。僕が貴重な研究の合間を縫って調べたが、リント・グレイマン准教授、噂以上のものは出てこない」
「……まあ、そりゃそうか。誰だって、自分達が被害者であるだなどと認めたくはないか」
「だが、噂だけならばジャンジャカ出てくるんだから、笑えるよ。えー……女子生徒への性的云々、男子生徒への体罰、不当な魔術実験の被験者にされているだとか何だとか」
「火の無いところに煙は立たないとは言うが……あの女子生徒は?」
「見つかっていないね。胸を揉まれていた彼女、正直、状況に追いつけなくてうろ覚えなんだ。決して胸に目がいっていた訳ではないからな。……彼女については、お前のが進んでいるんじゃないか?」
「さて、どうかな。俺自身はどうにも手が空かないものだから、モニカちゃんに頼んでいるんだ……少ない情報の中であるけれど、見つかればいいが」
リント・グレイマンについて本格的に調査を始めたのは、モニカちゃんから話を聞いた日の夜だ。屋敷に帰ってきたレフに声を掛けて、話を共有、調査の決断を下ろした。実際に二人、研究室にて女子生徒が胸を揉まれている場面を目撃してしまっている以上は黙ってはいられない。ノエルさんに付き添ってもらい学院の教員に対して話を通そうともしたが、どうにも、准教授という立場、そして彼自身の持つ才覚というものがこれを拒むのだ。
簡単な言葉で表してしまえば、イジメになるのか。そう聞くと、尚更のこと事態を表に引き摺り出すのは難しそうだ。
「准教授当人についちゃ、簡単に調べられたんだがね。リンと・グレイマン……確かに、聞いてたら通りに王立術師隊の出だ。学院を出て、術師隊になり、そうして七年で退役して学院の教員になっているみたいだ」
腰のポケットに手を入れたレフは、四つ折りの、調査結果の資料らしき紙を取り出して、俺に手渡す。
「そして、ドゥ・ローへは十五の時に魔術を学ぶべくやって来て、それ以来こちらで過ごしているらしく、出身はネブ・ノウブ……出身を同じくするものとして、こういう目を向けたくはないのだけれどもね。万一の可能性も、考慮するべきだ」
「……なんだかなぁ」
反応に困った俺は、曖昧に答える。
そういった社会問題とは、自分には無関係だと思い込んでいたが、当たり前の話、知人に渦中の栗がいれば、自己の関与の是非を問わずに関わることとなってしまう。
「耳障りの悪い言葉ってヤツは、どうにも、大きく聴こえるものでね」
「そういうものさ……さりとて、受け入れ難いものだがな」
「噂の所在も、つまり同じって訳だ……だとして、どうするつもりなのさ。真偽がわからない以上、二進も三進も行かないだろう?」
「ああ……まあ、どうにかするとも。別に、本当はやらなくてもいい苦労だしな」
「だな。……ところで、気になったんだけれど」
人差し指と中指で挟むようにして持つ空瓶に視線を下ろして、次いで握り直すと底面で俺を指す。
「お前が今使っているのって、この前のカジノでの分配金だよな」
「だね」
「だとしたら、奢りってコレってなんだか……釈然とせんな」
「言ってろうんこクズ」
「誰の何のどこがうんこクズだ! ……ああ、うんこクズで思い出したんだけれど、お前の身体についての新情報がひとつ」
「何でうんこクズで思い出すんだ」
ツッコミはしながらも、それ以上には続けずにレフへ続きを促す。
空瓶をくるくると回す手遊びをするレフは、視線を一度空へ向行けてから俺へ流し目した。生憎と男好の趣味はないのでやめていただきたいと思ったが、どうにも、そういう意図での行動ではないらしい。
「どうにも、ノエルさんが夢中になっているのは召喚術に於ける向こう側についてらしい」
「……向こう側?」
「お前がいた世界、と表現すべきか? 知らんけど、お前に対する負い目やら引け目とか、そこら辺がそうさせてんじゃない?」
「どうなんだろうね。もしかしたら、そういったものを超越した愛がこそ、彼女を突き動かしているかもしれないぜ?」
「……無茶な考えだな。よもや、お前の故郷はそこまで教育がッ」
「憐れむな! 悲しむな! なんてヤツなんだ、お前というヤツは!」
「わかり切ったことだろう?」
手元でくるくると回していた空瓶を高く放り投げると、太陽光が変に屈折したらしく、目を細めて空瓶を取り落とした。
「…………ふふ」
「………………」
「……まあ何だうん伝えるべきは伝えたからそれじゃあ!」
瓶が硬い地面に落ちて砕け散ると同時、レフは一息に言い切ると、そそくさと屋上から駆け去っていった。俺は、ヤツを見送ることはせず、ただ、自分の影の下に落ちて輝きすらも忘れた瓶の破片へ目を向ける。
光と影。真実と隠蔽、あるいは自尊心。
元はひとつの瓶であったというに、今では砕けて粉々となっている。
……あいつ、ゴミの処理を俺に擦り付けやがったな。
「何かありました?」
入れ替わり、屋上へ上がってきたモニカちゃんは、振り返って不安げに走り去るレフの姿へ視線を送った。俺が何の言葉も返さずにいれば、静々といった風に近付いてくる。
背後に、見知った女性を隠しながら。
「久し振り、という言葉をこの場で使うのが正しいのか判断が難しいけれど、敢えて言おう……久し振りだね。君は?」
金髪に、碧眼。肉体美は魅力的で、男受けする外見をしている。
「私は、誰にだってああいうことをする訳じゃないですからっ!」
「です、か。……まあ、それを期待して君を探していたのだとしたら、モニカちゃんを遣りはしないさ」健全さを表そうと愛想良く笑い掛けようとするが、失敗して、鼻で笑う露悪的な人間になってしまう。「連れてきてくれてありがとうね」
険悪な空気の中で話を投げられたモニカちゃんは、心底嫌そうな顔をして、どうにも俺とは視線を合わせない。
「いやまあ、構わないんですけれどもね……巻き込まないでって言ったんですがね」
「偶には善行ってヤツをしてみるのもいいさ」
「普段、私が善行をしていないとなぜ決めつけるんです⁉」
二、三言で普段の調子を取り戻したためにモニカちゃんの心配はいらないと判断し、彼女のツッコミを放置して、再び金髪の女子生徒に視線を戻す。
「警戒するな、ってのが無理な頼みなことくらいは俺とて認識しているからね。警戒は、していてくれて構わないよ……ただ、ちょっと聞かせて欲しいんだけれどもさ」
「……何をですか?」
「リント・グレイマン准教授との噂というか……いや、濁さずに訊いてしまうけれど、あれは、君自身の意志で行っていたことなのか? ミロ・ラフィーネさん……」
もしも傷を切開するような状況であればと言う負い目から真っ直ぐにミロさんの目を見つめられず、肩の辺りに視線を落とす。
あの日、レフを初めてグレイマン准教授へ対面させんと扉を開いた先の光景。胸を揉みしだかれていた彼女の行為が、純粋な准教授への好意からくるものであるのならば、俺が口を差し挟む用はない――だが、もし学園内に蔓延っている噂の真偽が真に傾いているのだとしたら。その証明を、彼女には任せたい。
「……どうして」
「――俺が王立騎士団の一員であると明かせば、納得してくれるかな?」
言って、俺は襟元を示す。そこには、王立騎士隊の隊員であるという証明であるワッペンが縫い付けられており、これを見たミロさんは一度目を見開くと視線を逸らした。
騎士隊の一員であるというのは、無論嘘である。だが、協力する以上は俺の目論見にも手を貸してもらおうとアドリアンさんから借り受けたのだ。
絶対に返さなければならず、失くした日には俺の首は翌日に河原に晒されるだろう。
「貴方が?」
「……悪口?」
「ああいえ、そういう訳では……ない、つもりなのですが」
最後の方が口籠もり、俯き加減が一段深くなったミロさんに、俺はつい、自らが質問している立場であると忘れて擁護の声を入れてしまう。
「敢えて言ってしまうと、これは任意のものだから、ミロさんには黙秘する権利がある。無理に、喋らなくっても構わないんだ……」
これが自らの甘さであることは百も承知だが、だとして、無理に聞き出すなんてのは俺には無理だ。何とは無しに、気まずさから前髪を掻き上げれば、風が髪の間を通り抜けて残暑の熱気を逃がしていく。
性愛による純粋な愛情からの行為であれ、噂通りに悪どい事情による行為であれ……他者にあのような行為に至った状況を語るというのは、忌避して然るべきだ。真っ当な倫理観、純然たる成長過程に歩んできたとわかる。
「ごめんなさい……」
悩むようにその場で何度も足を所在なく動かして、そう言い残すと彼女は屋上を後にした。
何を聞き出すにも至らなかったのは、俺の落ち度だ。誰を責めもしまい。いやさ、逃げ道を用意したのは俺自身なのだから、責めるべきは俺自身の甘さなのだろうか。染まれれば楽なのだろうな、青を捨てた大人の色に。
「ごめんなさいね、巻き込んじゃって。悪いとは思っているけれど、どうにも人間関係ってヤツが狭っこくてさ。……それじゃあ、今日も今日とてギター練習を始めようか」
「無茶言わないでくださいよ!」
俺が切り替えて、モニカちゃんと日々行なっている文化祭へ向けたギターの練習に移ろうとするも、そんな俺に腕をクロスしてガードするようにして大声を出された。
「あの空気から、さてギターの練習だ! はいくらなんでも無茶でしょうが!」
「そうでもないだろう? 手を抜かず毎日を練習しなければ、技術なんてものは磨かれず、錆をつけるだけなんだから」
「だというのならばっ! 最初からあの空気に巻き込まないでくださいよ! ぬわぁ〜!」
「一度謝った! 引き摺るんじゃないよ!」
「何と傲慢なのでしょう、彼は神にでもなったつもりなのでしょうか」
「王立騎士隊にはなったがね。家に帰るまでは」
ふふん、と鼻を鳴らして襟のエンブレムをなぞる。
そしたら脛を蹴られた。結構強めな力で、彼の弁慶ですら泣いたという脛を。
「ああ、すみません。あまりにウザかったので……つい」
「つい、じゃないよ! 身体だけでなく、心までをも」
「そうですよ。どうしたんですか、その襟は……闇市で買ったんですか?」
「買うか! 借りたんだよ、ノエルさんの父上から」
「それって、そんな簡単に貸し出していいものなんですか……? というか、借りれちゃっていいんですか?」
「さあ? でも、ダメなんじゃなかろうか、常識的に考えて」
許されるとは思えない。
いや、あるいは隊長職という立場もあり、特権的に許されるのかもしれない。人事も隊長の仕事の内だろうし、もしかしたら。一日署長的な、そんな感じで。
「しかし、本当にやらないのかい? ギター、かき鳴らすつもりで来たのに……」
「かき鳴らすって……ビックリしたんですからね、初めて聴いたとき。何でしたっけ? あの、『海の見える街』。唯一弾けるってあれ、滅茶苦茶に情緒的で……ハハッ、似合わないのなんのって」
「何さ! だから、弾き方を教えつつ、共にロッカーの道を遅々として進んでいるというのに」
「頼りになりませんね、本当に」
「君の不器用さにも、ホトホト困っているのが俺なんだけれどもね」
「い、言いましたね! 気にしているのに!」
「気にするならば、不器用よりも体重にこそ目を向けるんだな」
「……⁉ な、なぜそれを!?」
「ふふふ」
適当を言ったが、当たってしまったらしい。
一石二鳥、しかし非狩猟鳥獣……みたいなっ! ――古く読んだ本の表現の真髄に至れていない俺は、この表現が成功しているのか失敗しているのかも曖昧だ。使うだけ、自分のクビをシメているとも言える。まあ、ロマンチストとしてはそれでも挑戦していきたいのだ。
「えー、やらないの?」
「やりませんよ! 人をこうも怒らせて、一緒にいられるだなんて、そんなワケがないでしょう!」
プンプンと音が出そうな、本気とまではいかずとも怒りはしていそうな怒気を孕んだモニカちゃんも、また前者二人同様に屋上を後にしてしまう。
一人残された……三人も誘って、今はただ屋上に一人だけだ。
「どうにもなァ……」
最近、真面目をやり過ぎて、たるみがたりなくなってしまったか。面白人間、だるだるに伸びきったゴムのような生活をこそ最良とする己の規律に、近頃は少々反し過ぎている。
「それもこれもすべて、アドリアン・セントリアって奴の仕業なんだ――」
だとして、敢えて口にはすまい。
ただ、心が既に感じたのならば、口に発して声にもなる。
「……成る程。お父様も関わっているのですね」
「oh,shit……ノエルさん、いたんですね」
どこからともなく聞こえた声のした場所へと視線を向ければ、屋上へと出る階段を内に持つ扉、その上にノエルさんは立っていた。腕を腰に添えて、仁王立ち……可憐な少女とは言え、ロランさんとアドリアンさんをブレンドした血統の彼女がその様に立ち、見下ろしてくる姿は恐怖を覚えるには十分に過ぎた。
「何やらレフさんと悪巧みをしていると思い探っていたら、まさかお父様まで関わっているとは……勿論、話してくださいますね?」
「すみません怖いですごめんなさい」
「謝ってくださいとは、言っていないと思うのですが」
バッと飛び降りるや、普段と変わらない笑顔で距離を詰めてくるのが逆に怖い。
笑顔は、野生下では相手を威嚇する時に使用される警戒の表情という話を聞いたことがあるが、あの話は、事実なのかもしれない。攻撃に用いられる笑みというものが、これ程までに恐ろしいのならば。
「どうぞ」
間合いの内に入ったノエルさんが手を伸ばしてきたので、咄嗟に身構えて痛みに耐えんとしてしまったが、実態は異なり、その手には一枚の紙が摘まれていた。そこには男子学生を殴り抜けるグレイマン准教授の姿があり、しかしやけに鮮明な、白黒写真のような精巧さである。
「レフさんを探っている内に、グレイマン准教授の噂について調べていることはわかりました。なので、少しだけですが協力を。視覚の水転写魔術を用いた写真になりますので、十分に証拠能力を持つかと」
「ノエルさん……すみません」
俺は、無駄口を叩いて被害者であろうミロさんをみすみす返して、何の成果も得られなかったというに、こうして能力の差を見せつけられるとは何と残酷なのだろう。自らで行うと定めた行いすらも、己の力で成し遂げられずに他者に救いを差し伸べられるとは、どうにも自分自身の無能さをひしひしと感じられてつらいものだ。
「そこは感謝ですよ、ライトさん」
「……はい。ありがとうございます。このお礼は、いつか必ず何かこういい具合に」
「曖昧ですね」
可笑しそうに微笑を浮かべるノエルさんに、俺は微苦笑を返す。
「しかし、確認できたのはこの一度だけで、噂の実態として弱い部分も多分にあります」
魔術を学ぶ都合、危険と隣り合わせな場所ですから——と、ノエルさんは続けた。
推奨はされないとは言えども、危険がある場所で何か下手に動いて、それにより手を出された。暴行を受けたとなると、責め辛い。成る程、そういう可能性もある訳だ……あるいは、真実はそちらであるとも。
「もー、何がなんだか……」
「いえ、噂自体は真実で間違えありません。先の彼女からではありませんでしたが、別の方から証言は頂けましたので」
「………………」
レフ・トールギストに頼んだ俺がバカだったのか、あいつが頼りないのか。
だが、どちらであれ話はより詰まっていく。流石はアドリアンさんの娘と表するのは、あまり良くはないだろうか。人は、親にだけで象られる訳ではないのだから。
「どうするつもりですか?」
「どうしましょうか」
「どうしろと、お父様は言っておられたので?」
「何も言ってはいませんでしたが、父親であるのならば、やはり娘の内に自らの面影があるというのは喜ばしいのですかね。とすると……」
「はい? ……何の話をしているのですか?」
「いえ。ただ、ノエルさんの深謀遠慮、千変万化の活躍を賞賛するにアドリアンさんの名前を出していいのか、と。俺はそういう話をしていました」
「なぜ話相手と歩調を合わせないんですかっ⁉︎」
「手を取り合って歩くのも大事ですが、一人で歩く力も必要かなと」
「それは今じゃなくても良いじゃないですか」
「ですかね?」
「ですよ……」
何だか、可笑しなやり取りにお互い吹き出してしまう。
口元に手を当ててくつくつと笑うノエルさんに対抗して、俺は背中を反って口を大きく開けて高笑いをしてみた。何だか悪役みたいになってしまった。
「まあ、こうして決定的な証拠が手中にあるのならば、そっからは俺の仕事ではありませんし……アドリアンさんに全て投げてやりますよ。まあ、何をやったって何もやっていないんですけどっ!」
「お父様に……それも、そうですよね」
「……俺がまたぞろ変なことをしでかすんじゃないかと、期待してたんですか? もしもそうならば、やらないことも無いですけど」
「期待なんてしていませんが……いえ、何で私はライトさんに意見を訊くような真似をしたのかと、不思議に思いまして」
「言い方キツくないですか? 何か怒ってますか?」
「……特には」
「怒ってるじゃないですか! ……何かやりました? 足元の割れた瓶ならば、俺ではなくてレフがやったことですけど」
「それは、後で片付けましょうか……。本当に、怒っている訳では無いのです。ただ、どうしてお父様とのお話を全て話してくれないのかなー、と」
「………………」
「………………」
「………………」
俺が黙ると、ノエルさんはにっこりと微笑を浮かべてじっと俺を見つめてきた。優しい、パンケーキのような視線であるにも関わらず、何故だろうか、刺さる。
しかし、ニホニさんについて話すにしても、口外禁止と言われているし、話すに話せない。では掻い摘んで召喚術周りだけ話そうとすれば、ニホニさんを避けて話す難易度は相当なものだ。俺にはできん。
「どうされましたか?」
どうにか諦めるか、或いは他のアクションを求めて俺がウィンクを送り合図する。
ノエルさんは、はてなと首を傾げた後で俺の真意に気付いてくれたようで、俺の顎に手を添えて引き、視線を交差する角度に調整すると、柔らかな唇を動かして音を漏らす。
「お父様との話を、全て話しなさい」
全身に微弱な電気でも流れたような悪寒が脊髄を駆け巡り、俺は「話せないこともありますので」と前置きした上で、ニホニさんや向こうでの不可能犯罪周りの不要な情報を除いて全てを語った。俺は召喚獣でありノエルさんは召喚者なのだから、逆らえないのだ……そういう体で、口の戸を外してみる。アドリアンさんには怒られるかもしれないが、ノエルさんに言われて仕方なくと言えば許してくれるかもしれない。無理かもしれない。
「————————ッ⁉︎ ————っ! ——ッ」
全てを耳にしたノエルさんは、最早、言葉にならない音を発していた。
「……いえ。しかし、そうだとしたのならば納得もいきますね」
未だ十全の再起には至っていない風な口振りではあれど、それでも頷いて、口にした。納得した、と。
俺としてはあの話で、しかも不可能犯罪についてはこちらが曖昧なので省いた、不完全な状態にも関わらず何かを思い至れるのか。感心せざるを得ない……感心という表現ではどうにも上からに聞こえるが、それが素直な心だった。上からという訳ではなく、すげぇ! という純粋な感心。
「どういう?」
口から発した時点で多少の嘘が混じる言葉にて伝え、更にそこから一部情報を秘匿して何がわかったのかと、情報の共有を求める。
「いえ、他に……それも国家が大規模的に行った術理があったのならば、私の魔術——私が個人で行った程度の規模の魔術では、引っ張られたのではないか。そう思いまして」
「引っ張られた……?」
「はい。影響されたと言い換えた方が伝わるでしょうか。つまり、より大きな力に引かれて、私の行った召喚術もより強力なものになった……と、そう考えたんです」
「それだと、俺は本当に巻き込まれただけ……ってコトで?」
「そう……なりますね。すみません。ですが、この考えならば、私の元に喚ばれるはずのライトさんがダンジョン外で目を醒ました理由も、力に引かれて地下から地上へ引き上げられたと考えられるので、理論として破綻はしないかと……」
考えに浸るように目を伏せて、ノエルさんは語る。
口角が柔らかく上がる笑みは、しかしいつもの令嬢らしく作った笑みではなく、個人的興味を起因とした天然物の微笑に見えた。
「と、すると……ライトさんを帰せないのは、制約から?」
「制約って……あの、キングを倒すまで云々ってヤツですか?」
「はい。もしも私の魔術が引かれたのならば、契約条件もあちらに引っ張られている可能性は十分にあると思います」
「成る程……でも、まあ、大丈夫ですよ」
だとしても、結局のところでやることは変わらないのだから。
自分が帰るにしても、ニホニさんを帰すにしても、誰かがもう二度とアイツ……アンダーテイカーみたいな魔族のせいで涙を流さなくてもいいようにしようとしたって、最後は、王手を決めなければならないのだから。いや、キングと言っているのだからチェックメイトか。
何にしても、目指す場所が一つに収束しているのはありがたい。それも、最近の作品みたいにあれやこれやとやることが分散していない昔ながらの単一目標方式でわかりやすいのは良い事だ。
魔王を倒す——単純明快じゃかいか。
「大丈夫って……ライトさんの口から、久し振りに聞いた気がします」
「そう、ですかね?」
気にしてはいなかった。
好きな言葉ではあるけれど、意識して使っている訳ではないし、そういうこともあるだろうとは思うが。
「安心します。本当に、大丈夫って気になりますから」
「そんな大層なものではないですけどね。でも、前向きに前向きに! 見上げて太陽があると、やっぱり嬉しいですからね!」
「何ですか、それ」
「わかりません! けど、なんか良くないですか?」
「ですね」
屋上で響く二人の笑みは、高く蒼い空に昇っていく。
いつかどこかで見上げたものと変わらない、真昼の白月は、今でもそこに掲げられているのだから。




