表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
9/51

【5】練習試合

Rev.1

「ユウ、今日もちゃんと訓練場に行くんだからね!」

「はいはい、分かったよ。 ロキ、分かったから、いい加減制服を掴まないでくれ」


「そんな事したら、逃げるだろ?」

「ロキ君、僕がそんな事する様な人だと思うのかい? 心外だな」


「ユウ、今日は回復魔法辞典を持っているんだ」

「あぁ、勉強熱心だな……。 わっ、分かったよ、行くよ! 今行くから、勘弁してくれよ」


 今日も今日とて、二人はグダグダと会話をしながら、また急いで訓練場に向かって行く。


流石に前回の訓練で多少は思い知っただろうか、金髪の頭も多少は冷えているとは思う。 今日こそは、のんびりと訓練を見学出来る。 ユウは期待しながらも、ロキに連れられて、走って行くのだった。


 しかし、そんな期待もむなしく、訓練場に着いたユウはあからさまに落ち込んだ表情を浮かべる。 どうやら隣のクラスが一人欠席らしく、残念ながら今日もユウの参加が確定してしまった。


さらに、運の悪い事が続く。


ユウの相手は第一クラスのエドワード・アンジーユと言うのだ。 彼は新入生ながらも、剣術の腕は上級者と周囲に言わしめるほどの実力者である。 なんとも間の悪いことに、今日の欠席者は彼の相手だったらしい。


エドワードの長剣を振るい、舞う華麗な姿は、女子達の注目の的である。 有名な貴族の出自らしいが、珍しく許嫁もいない事から、彼を狙う彼女達の目は獰猛(どうもう)な野獣の様である。 


 また剣に込めた魔法により、騎士達が使う結界すら容易く切り裂く剣技は、彼の容姿も相まって一部では一種の偶像崇拝の域に達していた。 いわゆるファンクラブと言うやつなのだろう、まるで騎士学校のアイドルだとユウは話を聞いて思っていた。


まぁ、こんな奴もクラスに一人は居るのだろう、こいつも大概面倒くさい奴であったのだが。 そんな思案の最中に、ふとユウはため息をついた。 そして観念したかと思えば、とぼとぼと訓練用の木剣を取って彼の元へ向かって行くしかなかったのだ。


 そんなユウを見て、エドワードは眩しい笑顔を振りまいていた。


「君は第二クラスのユウ君だね? 私はエドワードだ、今日はよろしくお願いするよ」


 たた一言、その一言で辺りからは黄色い歓声が沸き起こる、凄まじい人気っぷりなのだ。


「今日は別の金髪か……。 あぁ、お手柔らかに頼む」


 ただただユウは顔を引きつらせ、笑顔のエドワードと取り巻きに視線を送った。


「それから本日は特別講師として、王国騎士団のハオ・エンテ騎士団長がいらっしゃる予定だ。 皆も日頃の訓練の成果を存分に披露するように! それでは、本日も上下中段の払いから突きへの連携を始める。 各自、用意、初め!」


 訓練場の向こうで、そんな説明をマクベスがしていた。 よりにもよって騎士団長が来るとは、これも何とも間の悪い。


「とうとう騎士団長まで出てきたか。 あぁ、面倒くさい事になってきた……」


 マクベスの説明で生徒達のやる気はグングンと上がっていくのだが、対照的に一人やる気をなくすユウだった。 そんな彼をエドワードは微笑みながら見つめていた、それも強者の余裕なのだろう、周りの皆はそう思っていた。


 ユウも姿勢を崩して、一切のやる気を見せずに突っ立っていた。 だが、もしかすると練習を始めないユウに対して、彼は内心では怒っているのだろうか。 ちらりと彼を横目で見るも、未だに表情を崩さず、そんな素振りを微塵も見せていない。 


 しかし、訓練も開始して幾らかは時間が経ってきていた、いい加減にエドワードも練習をうながすのだと皆が思った。 だが、彼の口から初めに出てきた言葉は、当の本人であるユウにも思いもよらない一言だった。


「ユウ君、少し気になっていたのだが、君は小剣が得意なのかい? それとも、二刀流かな?」

「うん? いえ……。 特に目立って得意なものも、ないですよ」


「そうかい、失礼した……。 ならば、そろそろ私達も訓練を始めようか!」


 エドワードは一瞬だけ怪訝(けげん)な表情を浮かべたが、両手をユウに向かって広げると、自分に対峙する様に促すのだ。


「ちょっと、何あの態度! エドワード様がわざわざ質問してあげてるのに」

「あいつロキ様の寄生虫でしょ、全く何様のつもりなのよ」

「怠惰な男ね、エドワード様が得意な剣を質問する事なんて、滅多にある事でもないのに!」


 そんな罵声が、ユウの後ろから聞こえてくるのだが、さっさと無視してエドワードに向かい合った。 そして彼らは一礼して、剣を合わせていった。


 練習が始まると、ユウは木剣を上段からエドワードの肩を狙って振り下ろす。 もちろん当たらない程度の力で、寸止めになる様に振り下ろすのだが。


その瞬間に剣の軌跡は見えなかったはず、だがパンと剣が弾かれは、次の間にはエドワードの剣が自分の鼻先で止まっている。


 まったく、こんなギリギリの寸止めを毎回くらっているのか、そう思うとエドワードの相方が気の毒で仕方なかった。 だがユウは気にせずに、また訓練を続けようとした。


「ユウ君、君は今のが見えていたかい?」


「うん? いえ、まったく。 一瞬のことで何が起きたか分かりませんでした」


「そうかい、失礼した……。 では続きを始めよう!」


 エドワードは確かに違和感を感じていた、目の前の気怠げな彼の態度とは異なる何かを。 たった一撃の邂逅で、エドワードは直感していたのだ、恐らくこの程度は見切られているのだと、それが彼の剣術の才能故だったのだろう。


 ユウはその時、彼の微妙な変化を特に気にせずにいたのだった。


 えい!やぁ!と訓練場に生徒達の声が響く、皆一身に剣の訓練を行っているのだろう。 そんな彼らを少し訓練場から離れた場所から、遠巻きから眺めている男が居た。 生徒の数名は、その男の気配に気がついていたかもしれない。


男の鍛え上げられた上腕と足腰から、騎士だろうとは想像がついた。 顔や腕には無数の切り傷の痕が残り、過去の勇ましい戦いを連想させている。 その彼こそが、王国騎士団のハオ・エンテ騎士団長であった。


 マクベスの知り合いであったハオは騎士学校の見学に、正確には学生達のやる気を引き上げるため訓練を見に来ていた。  そして、ハオ本人も今年の新入生は粒ぞろいだとマクベスから聞いており、今日を楽しみにしていたのだ。


彼はマクベスから事前にもらった名簿を眺めつつ、めぼしい学生を探していく。 すると、レックス・ココリアが木剣を豪快に振るっているのが目に入った、周囲の生徒達が怯えるくらいの風切り音を鳴らしている。


剣の力強さから彼の意思の強さが感じられた、これからの活躍が期待できるだろう、そう名簿に小さく記入していく。 だが少し周囲の学生が可哀想に思える、もう少し周りを見ることが出来る様になれば、今後さらに良い騎士になるだろう、そう追記しておいた。


そして、相方のシンイ・エールは本来は魔術が専門との話だったが、レックスの剣に恐れることもなく木剣を持って彼に向かって行く。 二人の息が合っているからだろうとも、彼女にも果敢にレックスへ向かって行く意思の強さを感じていた。 彼女も今後の成長に期待出来るものがある、そうして、また筆を走らせる。


他の数名の学生にも、将来有望な者が居た。 だが、このクラスではレックスが抜きん出ていると、ハオは顎に手を当てながら少し思案するのだ。


 そして隣のクラスに目を向けると、特に噂の多いエドワード・アンジーユを評価する事にした。 何とも、凄まじい精度と早さで繰り出される剣は、ただの木剣と言えども他の生徒と一線を画している。


実戦は別にしても、下手をすると単純な訓練試合なら騎士団の団員ですら圧倒するのでは、そう思わせる程の剣技に、ハオは思わず見入ってしまった。


「確かになぁ、あのマクベスが褒めるのも分かると言うものだ」


ハオは深くつぶやいては、再びエドワードを見るのだが、次に違和感を覚えるのだった。 相手の生徒は何なのだろうか、やる気の無い構えに剣筋、まだ素人でもマシには振るえるだろうか。


だがエドワードの剣筋に動じていない、それとも、単純に剣筋が見えていないのか。 遠くから観察していたハオには、二人の動きが奇妙に見えていた。


さて、これはマクベス本人に聞いてみるしかないと思い、彼は生徒達を見守っているマクベスに近づいて行くのだった。


「各自、練習やめ!」


訓練場に入って来たハオをマクベスが確認すると、そう一言だけ言って練習を止めた。 そして、彼は隣に立ったハオを見て、こう紹介した。


「初めて会う者も多いだろう。 彼が王国騎士団のハオ・エンテ騎士団長だ。 全員、礼!」

「よろしくお願いします!」


 そう言って生徒全員が一礼すると、ハオは少しテレながら自己紹介を始めた。


「あぁ、私がハオ・エンテだ。 私も昔はこの学校の生徒だったが、今日は訪問ついでに君たちの練習も見に来たのが。 あまり肩肘を張らず、いつも通りに練習に励んでくれ!」

「はい! ありがとうございます!」


「では、エンテ騎士団長。 せっかくですから、練習試合を始めようと思います。 訓練場の全体を使って、各自八組ずつ行う、練習相手同士で並んで整列するように!」

「はい!」


 号令の元、生徒達が急ぎ足でマクベスとハオの前に集まっていくのだが、そんな中でも、ユウは面倒くさそうに歩いて、列に並ぶのだった。


そして整列が終わると、そのまま試合分けが行われた。 レックス達は一試合目、ロキは二試合目、エドワードとユウは最後の五試合目の順となった。


一試合目、やはりレックスとシンイの試合が白熱した。 強烈なレックスの剣筋をシンイが紙一重でかわしていく、お互いがギリギリの一線で攻防を演じているのだ。 いつまでも続くのかと思われた試合であったが、最後にレックスの力押しで、シンイが体ごと弾かれて試合終了となった。


二試合目、ロキは善戦するが元々彼は剣術が得意ではない。 相手が上段から振り下ろした剣を受け止めた時に、両手が痺れたのだろうか。 そのまま、ロキはお手本のような突きの寸止めを受けて、そこで手試合終了となった。


 さてと、極めて面倒くさい事になったとユウは内心では考えていた。 流石に、この状況で逃げることも出来ないのだ。 そこで、エドワードには悪いのだが、開幕速攻で負けようと画策していた。


ところが、隣に立っていたエドワードから不意にかけられた一言で、ユウは完全に面食らってしまったのだった。


「ユウ君。 出来れば次の試合、君の本気を出してもらいたい?」


「エドワードさん何を言っているんですか、私はいつでも本気ですよ。 それとも、騎士団長に印象が残るように、少しは粘ってくれと言う事ですか?」


「いや、そんな事はどうでも良い。 私は、君の本気と戦ってみたいだけだ……」


 真っ直ぐユウを見つめるエドワードの真剣な眼差しに、ただただ戸惑うユウであった。 だが、諦めたように肩を上げて、エドワードに向き直ると質問を返した。


「冗談は止めて下さい。 それに、どうして本気で戦って欲しいんですか?」

「笑わないで聞いて欲しい、私は強くならなければいけないんだ」


「なら今日でなくても良いでしょう、この練習試合と何か関係があるのですか?」


 そうはぐらかそうとするユウに対して、エドワードは一歩も引かない。


「君と今日ここで剣を交えたのは、やはり何かの運命だろう。 周りの皆を騙せても、僕には分かる、君は強いのだろう? 私の我が儘だとは思っているよ、それでも、今日この時間を少しで良いから僕に使って欲しい」


 そう言い返すエドワードの表情は、先ほどの笑顔とは異なり、何故か鬼気迫るものであった。


「はぁ、面倒くさいですね……」


お前らは何故そう真っ直ぐ生きているのか、だから嫌だったのだ、騎士学校に通うなんて。 言ったって聞かないのだ、こうゆう奴らは……。


 そう思ったユウは、そのままエドワードを真っ直ぐに見返した。


「エドワードさん、いやエドワード、お前も面倒くさい事を言うな……。 いいだろう、ただし後で文句を言うなよ」


「あぁ、感謝するよ。 僕は見たいんだ、君の剣を、ユウ君!」


「本当に王都も潮時なんだろうな。 しっかし、お前も大概面倒くさいな」


「そうかもしれないな!」


 エドワードは一転の曇りもない笑顔で返事をして、ユウはフッと不機嫌そうに笑う。 そして、彼らは訓練場の中心に向かって、ゆっくりと歩き出したのだった。


そして、足を止めた二人は向き直り、ゆっくりと向かい合うと一礼をする。 僅かな沈黙が訓練場を包み、マクベスは試合開始を告げた。


「それでは、第五試合初め!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ