【9】長い夜の始まり
「ユウ、一緒に帰ろう、大丈夫だから。 今度は、私があなたを守ってあげる。」
目元にたんまりと涙を浮かべ、リーリスはユウを一身に見つめていた。 彼女の儚げな表情と可憐な振る舞いは、ただの孤児院の食堂を、まるで演劇の一幕の様に変えてしまうほどだ。
ユウは彼女の肩を掴むと自分の体から離そうとする、だが予想以上に力が強い。 その華奢な腕からは想像もつかないほどの馬鹿力だったが、そんな昔から変わっていないリーリスの様子にユウは少し懐かしい気持ちになった。
拾われて以来、彼女は何かと世話を焼こうとしてはユウを振り回していた。 村の外に出かけようとすれば、毎回必ずついてくるし、風呂に入ろうものなら一緒に入ると聞かなくて、彼女の両親を困らせていた。
いつもユウは、彼女と、彼女の親友と……。
三人でよく遊んだものだった。
何も言わずに村を飛び出して以来、会うこともなかった。 王都に来た理由、それは一度だけエルフの村に寄った事がきっかけだったが、その時すでに彼女は村を出ていた。
彼等は旅をして世界を巡る者もいれば、一生を村で過ごす者もいる、人の寿命よりも数倍は長生きをするのだ。 どちらかと言えば、内弁慶だったリーリスは村から出るような性格ではないと思っていた。
そんな彼女が村を出たと聞いた時、誰かと結婚して村を出たのだろうと思っていた。 彼女の父であるコルト・アルティスも、リーリスは村を出たと難しい顔をして言っていた。 もしかしたら駆け落ちだったのだろうか、そんな邪推からか、ユウもそれ以上は聞かなかった。
だから、もう会うことも無いのだろうと思っていた。
しかし、なぜ彼女は目の前にいるのか、そして村に帰ろうと言っている。 確かに、村を飛び出して心配をかけたが、それは十年以上も昔の話だった。 今になって、彼女が自分を連れ戻しに来た理由が分からない。
「ちょっと待ってくれ、姉さん。 突然会いに来たと思ったら、急に何を言い出すんだよ。」
慌てるユウを余所に、リーリスはユウに詰め寄る。
「分かってる、ごめんなさい。 私も、もっと早く会いに来たかった、でも出来なかったの。 父さんが許してくれなかったから。」
そう言って彼女は背伸びをすると、ユウの頭を優しく撫でた。
「だからね、戦ったわ、勝つまで。 そしたら、こんなにユウを待たせてしまったの。」
「そんな……。 父さんは、だって聖剣の持ち主だろ?」
周囲で見守っていた一同も、ユウの一言に固まってしまうのだった。 それは仕方なのない事だろう、聖女が創った伝説の五本の剣、悪魔を討伐するための剣に選ばれると言うことは人としての最高位を意味する。
白昼夢の彼女が本物なら、ユウが持っている双剣も存在しないはずの六本目の剣になるが……。
「何度も何度も戦ったの、そしたらね、いつの間にか聖剣は私の物になっていたの。」
彼女は、そっとユウから離れると、おもむろに腰に手を当てて、こうつぶやいたのだった。
「来て、リョクリン。」
すると、風も無い部屋中に、目も開けられない程の突風が吹き荒れた。 ほのかに緑色の光が彼女にまとわりつくと、見る見ると形を成していく。 そして、その光はリーリスの腰元に集まると、みるみる一本の細長い剣に変わっていった。
それは細身の剣だった、鞘は銀色に薄い緑の滑らかな線が描かれ、柄には湾曲したプレートが装飾の様に飾られている。 おもむろに、彼女は剣を引き抜くと、両刃の刀身に緑色の光が風の様にまとわりついてた。
気を取り直した皆の目には、その姿が神々しい何かに見えたと思う、ただ一人を除いて。
「あっ、あの、ユウさんのお姉さん。 部屋の中で、そんな物を使わないで下さい!」
そう言ったのは、アリスだった。 彼女はミーやケント達を守るように、いつの間にか移動した彼等の横で結界を作って風を防いでいたのだ。
「お姉さん? あなたに、姉と呼ばれる筋合いはないわ!」
そう厳しい口調で言い返したリーリスをなだめるように、ユウは肩に手を当てて、奥の席に促すのだった。
「すいません、姉が。 とりあえず、一度席に座って落ち着きましょうか。 アリス、ミー達を部屋に連れて行ってくれないか?」
そして、アリスは慣れたように両手を広げて、ミー達を部屋の方へ連れて行くのだった。 向こうから、ユーさんはお話があるからとか、ユウの姉ちゃん綺麗だなとか、ガヤガヤと声が聞こえてくるが。 とりあえず、リーリスを席に座らせると、ユウはロキ達に向かって謝るのだった。
「マザークラリス、それからロキ、騒がせてしまって申し訳ない。」
「いいよ、ユウ。 別に気にすることでもないって。 リーリスさんも、ユウに久しぶりに会ったんだから、ゆっくり話でもしていって下さい。」
そう答えるロキの横で、マザークラリスもホホホと笑っていたが、そそくさと二人は部屋に戻っていくのだった。 台所に居たメリルも、こちらの様子を一度伺うと、彼女も向こうへ歩いていってしまった。 皆、気をきかせたのだろう。
ユウはため息をついて、そのままリーリスの前に座った。 彼女は聖剣を腰に携えたまま、何かを言って欲しそうにニコニコとユウを見つめて笑っている。
「あぁ、凄いよ、姉さん。」
「そうでしょ、そうでしょ。 私、凄く頑張ったんだから、褒めて!」
さっきとは、打って変わって。 子供の様に無邪気に笑う彼女を見て、またユウはため息をつく。
「それで、その剣も気になるけど、どうして王都まで来たんだよ。 そもそも、村に帰った時には父さんに、姉さんは出て行ったって聞いてたけど……。」
「何も言わなかったのね。 まぁ、剣を娘に取られて悔しかったんじゃないの?」
「いや、そういう事を聞いてるんじゃ無くて……。」
「私ね、父さんに勝ってから旅に出たの、ユウを探すために。」
「どうして、そんな事を……。」
「噂を聞いて、アルスタールにも行ったわ。 ジャックとか、双子ちゃんにも合ったわよ、元気にしてるって伝えて欲しいって言ってた。 それで、ユウなら王都に居るだろうって聞いて、やって来たの。」
「いや、それよりも呼び捨てにしないでくれ、仮にもあいつは……。」
言いかけたユウの言葉は、ガタッっとした物音で遮られた。 音の先には、さっきミー達を部屋に送って戻ってきたアリスが立っていたのだった。 彼女の部屋はミー達の部屋とは反対、戻ろうにも、この食堂を通らないといけない。
「ユウさん、その……。」
「あぁ、ありがとう。 それと、すまない。」
「私、その、先に部屋に戻ってますね。 上着は持って行きますか?」
「頼むよ。」
アリスはユウから上着を受け取ると、そのままリーリスと目を合わせずに、急いで食堂を横切っていった。
「仲が良いのね?」
そんな二人の様子が気になるのか、リーリスはユウにそう聞いて、じっと見つめている。
「アリスの事か? 色々あったんだよ、この孤児院に世話になってるんだ。」
「それだけ? 恋人? 婚約者? もしかして、結婚してるの?」
「してない。 何だよ、その質問は。」
「お嫁さんがいたら、帰ってくるの嫌でしょ? でも、私の目の黒い内は許さないわよ!」
「姉さんの目の黒い内だったら、一生結婚出来ないだろう?」
そう、じろっとユウはリーリス睨む、だが彼女が返してきた答えは驚くべきものだった。
「あなたなら、私より長生きできるじゃない。」
「……。 どうして?」
「とりあえず、アルスタールでの事なら全部聞いたわ……。 だから、心配なって来たの。 一緒に帰りましょう、今の私ならユウを守ってあげられる。」
「それは今のところ問題ない。 ここの住人は知ってるよ、子供達以外は、俺の正体をな。」
リーリスは驚きもせず、少し優しい目をしてユウを見つめて、こう話した。
「そう、良い人達なのね。 悪いことしちゃったわ……。」
「まさか、さっき威嚇したのって?」
「ユウが窮屈な思いをして過ごしているかもって、少し感情的になったの。」
「まったく、後できちんと謝ってくれ。 それから、まだ王都を離れる気は無い。 やることがあるんだ。」
ユウは立ち上がって台所へ行くと、そのまま紅茶の準備をし始めた。 そんな、彼の後ろ姿をリーリスは眺めながら、少し懐かしそうにしている。
「一緒に住んでいたときも、そうやって手伝いをしていたわね。 それで、どうして王都をまだ離れられないの?」
「姉さんには関係ないよ。 それより、夕ご飯でも食べていくか? どこかの宿に泊まってるんだろうけど、この季節は遅くまで店が開いてないぞ。」
「まだ宿はとってないの、そうだ、今日はユウの部屋に泊めてもらおうかしら?」
その一言で、状況は一変してしまうのだった。
しばらくして、リーリスは戻ってきたロキやマザークラリスに謝罪をした。 その後メリルが手早く夕食の支度をし始め、ミー達もそろそろと食堂に集まり、楽しい夕食の時間には、ならなかった。
食堂の端の席、リーリスの前に座らされるユウとアリス。 目の前にいるリーリスは、まるで感情を無くしたかの様な顔をして、二人を見つめている。
「ねぇ、ユウ達は何をしているの?」
不思議そうに三人を見つめるミーが、ふと声を漏らすが。 シーっとロキにたしなめられると、むっとした表情をしてほっぺたを膨らませた。
先ほど、うっかりミーが口を滑らせたせいで、ユウとアリスが同じ部屋で生活している事がバレたのだ。 ロキは誤魔化そうとしたものの、もうこうなっては、取り付く島も無い。
「ユウ? どうして恋人でもない子と、一つ屋根の下、同じ部屋に一緒に暮らしているの?」
「それは、その色々と……。」
「そうじゃないでしょ、さっきから色々、色々って、そればかり。」
「あの、ユウさんのお姉さん、私は……」
「アリスさんは少し黙ってて下さい。」
「はっ、はい。」
何となくリーリスが来た時点で、こんな面倒くさい事になるだろうと思っていたが、予想通りの展開になってしまった。 さっきの感動的な再会の雰囲気はどこえ行ったのか、何とも言えない状況だ。
「とりあえず、私も今日はここに泊まらせてもらいます。 もちろん、ユウの部屋に泊まるわ。」
「分かったよ、好きにしてくれ……。」
そう押し切られる様に、リーリスの泊まりが決定してしまった。 アリスには悪いが、とりあえずリーリスを部屋まで案内してもらい、今は食堂の片付けをしている。 何と説明しようか、そう皿を洗いながら思案してると、思いがけない声に後ろを振り返った。
珍しくメアリがユウに直接声をかけてきたのだが、彼女は手に一通の手紙を持っている。 そして、一言だけ、キース様からですと伝えられた。 こんな状況でと、大変申し訳なさそうな表情をしていたが、一体どんな内容なのだろうか。
洗い終わった皿を片付け、部屋に戻ろうとする途中で、その手紙を開けると。 ユウは、また一つため息をついて部屋に戻る。 そして部屋の中、無言で座っている二人に、こう声をかけた。
「悪い、組合に呼び出されたから行ってくる。 とりあえず、姉さんは俺の布団を使ってくれ。」
助けを求めるような顔をしたアリスを無視して、ユウは灰色のローブをそっと手に取って部屋を出た。 アリスには心苦しい物を感じながらも、そのまま仕方なく孤児院を出て行くのだった。




