【8】突然の再会にて
午後になると、今朝方とは変わり雪がまばらに降る程度まで弱まっていた。 灰色の空に、町並みはもう薄暗く、それでも王都の人々はせっせと雪かきを始めていた。 王都の北側にある山々から吹き下ろされる冷たい風が、この季節、辺り一面を真っ白な銀世界に変えてしまう。
中央大陸の中心から少し東にあるリジニャン王国は、面積で言えば大陸の一割にも満たない。 山々を隔てた大陸の西側半分はアルスタールと言われる帝国の領土である。 そもそも、大昔はリジニャン王国も帝国の一部だったと言われていた。
この世界の歴史に詳しい訳でもないが、その昔、大きな戦争の中で王国は独立している。
その戦争の中、帝国と裏で暗躍する悪魔と戦い、王国に勝利をもたらした一人の聖女がいた。 それがアリスの先祖や国王の先祖なのだろうか……。
困ったときに現れる、あの白昼夢の女性が本当の聖女ならば、きっと子孫が心配になって出てきているのだろうか。 そもそも、ユウが持っている黒い双剣、黒双が本当の名前ならば、そいつも似たような世界から来た人間なのかもしれない。
さて、ユウが王都に来たのは二年前の春、雪の季節はこれで二回目だった。
三度目の春が来る頃には、自分はどうしているのか、ふと隣に歩いていたアリスを見て、ユウはそう思った。
彼女は先ほどから表情を固くして、ユウの少し後ろを歩いている。 足下は積もった雪のおかげで、だいぶ歩きにくい。 出来る限りゆっくり歩いてはいるものの、今朝の彼女と比べれば、その足取りは重い。
ふと目が合えば、彼女は気まずそうに、こう話しかけるのだった。
「やっぱり……。 どうして、あんな話をしたんですか?」
訴えかけるような目で、アリスはユウを見つめては勇気を振り絞る様に声を出す。 その声は、僅かに震えている様に感じられる。 どさっと後ろで音がして、はっと振り返ってみると、屋根の上にいた男性がすまないと声をかけていた。
気を取り直して、彼女に振り返ると。 やはり、まだユウを真っ直ぐ見つめている。
「言っただろう、それはさっき。 そうする必要がある、そう思ったからだ。」
「でも、だからって、もしかしたらユウさんの身に危険が及ぶかもしれないんですよ!」
「それは今更だろう、どのみち王国に正体はバレてるんだ。 取り繕っても仕方ないだろう。」
「私の時も……。 そうだったんですか?」
「あぁ、そうだ……。 」
そう答えると、アリスは一瞬だけ目を潤ませるが、誤魔化すように顔を背ける。
「分かっているつもりでした、ユウさんはそう言う人だって……。」
「何が言いたいんだ?」
「何でもありません!」
彼女は、そう一言だけ答えて、黙り込んでしまう。 どれだけ面倒くさいと口に出そうと思ったか、だがユウはぐっと堪えると、前を向き直って歩き始めるのだった。
お互い無言で歩き続けるも、いい加減に間が持たない。 何が悪かったのか、アリスが黙り込んでしまった理由について、いまいち分からない。 また危険な事をしようとしているからだろうか、うかつにも自分の正体が露呈しそうな話をしたからだろうか、それとも……。
孤児院までの帰り道、まだ半分も過ぎていない。 人の姿もまばらである、今なら建物の屋根でも駆けていこうか。 そう思い、仕方なくアリスへ振り返った瞬間、彼女の後ろに汚いぼろ切れを被った人影が見えた。
「アリス、下がってろ!」
彼女を片手で庇うようにして、ユウは人影との間に立ち塞がる。 距離は十歩程度、不思議な雰囲気を漂わせた人影が、そのぼろ切れの下から金色に輝く長剣を抜いた。
とたん、飛び上がった人影は、真っ直ぐユウに向かって剣を振り下ろして来る。 人並み外れた跳躍力、驚きもせずにユウは黒双を取り出して応戦した。
ギンと鈍い音が周囲に響く、振り下ろされた剣の勢いは、およそ人の力ではない。 ふと後ろにいたアリスへ目を配るが、特に異常はない。 何が狙いか、そんな思いを見抜いてか、目の前の男がしゃべった。
「安心しろよ、狙いはお前だ!」
「くっそ、ふざけるな!」
とっさに、長剣を振り払って双剣を叩き付けるも。 ぼろ切れを振り乱し、踊るようにユウの二連撃を容易くかわして距離を取る。
「どうか俺を失望させないでくれよ……。」
だが男はそれ以上の戦いを望まないのか、そう言って逃げていった。 ユウは男を追いかけようとするも、足を止めて黒双をしまって、アリスに振り返る。
「悪いな、とりあえず孤児院まで急ぐぞ。」
そのまま彼女を抱き起こすと、一気に帰り道をひた走る。 驚いて制止しようとする彼女を無視して、ユウは建物の屋根に飛び乗ると、真っ直ぐに孤児院へ向かっていくのだった。
「待って、待って下さい、ユウさん。 どうして追いかけないんですか?」
「黙ってろ、舌を噛むぞ。」
ユウの内心では焦りが募る、狙いが俺なら、周囲にも危害が及ぶかもしれない。 意図的に孤児院が狙われてもおかしくはない。 それに、アリスを一人残して追いかけるのも愚策だろう。
「本当に、ろくでもない……。」
一言つぶやいて、ユウは更に勢いを増して足を踏み出していく。 すっぽりと両手に収まっていたアリスの手が、ぎゅっと強く胸元を掴んだ。 そして、数分と経たない内に、ユウは孤児院までたどり着いてしまうのだった。
孤児院の入り口で止まったユウは、アリスをゆっくりと地面に下ろした。 僅かにフラついている彼女に、黙って来るなと手で合図をしてから、静かに孤児院の扉に向かって行く。
まるで、あの嵐の夜の様だった。 おかしな気配がないか、辺りを見回すも変わった所はない。 だが、扉まで手が近づく位置まで進んでいくと、中から女性の声が漏れ聞こえてくる。
「……は、どこに……。 私は、…ウが帰って……で、ここに……。」
何だ、誰が話している? 僅かな違和感を感じながらも、ユウは勢いよく孤児院の扉を開けて中に乗り込んだ。
すると、奥にはロキとマザークラリス、隣にはミーやケント達が困った様な顔で立っていた。 対して、目の前には大きなコートに身を包んだ人物が立っていた。
「あっ、ユウ!」
目が合ったロキが、こちらに向かって声をかけた。 するとコートの人物は、はっと振り返った。 被っていたフードがはらりと落ちると、肩まで伸びる長い金色の髪がふわりと広がっていった。
そして、彼女は驚いた表情でこちら見返すと、涙を浮かべてユウに抱きついて来たのだった。
「ユウ、ユウ……。 良かった、無事だった。 会いたかった、ずっと、ずっと……。」
そのまま、胸に顔を埋めて鳴き始めてしまう、ユウも驚きのあまり声が出ない。
だが、僅かに気を取り直して出した言葉は、この一言だった。
「リーリス姉さん……。」
何事かと、遅れて入って来たアリスが見たのは、そんな二人の光景だった。 彼女は、右手を強く胸元で握って、少し悲しそうな、ほっとした様な表情を浮かべていたのだが。
それは、その場に居た誰にも、本人にさえも分からなかった……。




