【7】一瞬の交錯
真っ暗な林の中を、二つの影が駆け抜ける。 その影は音も無く交わると、その間からは、瞬く間に複数の火の粉が散っていった。
黒い双剣を手にした途端、明らかにユウの動きは変わった。 目の前から斬りかかったと思えば、ふと足下で消えると、背後からキョウラクに襲いかかっていくのだ。
それは、とても人間の動きではなかった。 おそらくは手にした双剣の力だろう、そうキョウラクは思案しながら、ユウの一撃をいなしていた。
「ここまでとは……。 いっそ一思いに殺してやれば良かったか……。」
唸り声を上げて猛烈に襲いかかってくるユウを見て、そう彼はつぶやく。 先ほどまでとは打って変わり、その目元には僅かな哀しさを浮かべているのだ。
お互いの剣が交錯する度に、降り積もった雪の上が赤く染まっていく。 ローブの下からダラダラと血を垂らしながら、それでもユウは攻撃の手を止めない。 すでに、まともに動ける様な状態でもなかったはずだが、何がそこまでさせるのか、それはキョウラクにも分からなかった。
ユウの攻撃は激しさを増していくが、それでもキョウラクには届かない。 お互いの実力の差は歴然としていた……。
交差する黒い斬撃の僅かな隙に、キョウラクは強引に刀をねじ込んでいく。 だが、まるで刀に双剣が吸い込まれるかの様に、弧を描いた刀にそって双剣は空に飛んでいった。
がら空きになった胴体に、彼は躊躇うこともなく蹴りを入れると。 ユウの体は為す術もなく、崩れ落ちるのだった。
「お前に会ったのは、本当に偶然だった……。」
ユウを見下ろして、キョウラクはそう語りかける。
「なぁ、ユウよ……。 お前は何がしたい、何を望む?」
「ぐっ、がああああああ。」
叫ぶユウを背にして、彼はゆっくりと歩き出して行った。
「あっ、うぐうううう……。 ごっ、ころ、殺して……。」
「思い出せ、お前に戯言を吐けと教えたことはない!」
きつく叱るように、彼は声を上げた。
「決着は一瞬だ、判断しろ、今すぐに!」
「あああああああああ……。 くそっ、何でだよ、何でなんだよぉ!」
立ち上がったユウは、キョウラクの背を見つめて、そう大声を上げた。 その声を聞いて、彼はふと口元を緩ませるのだった。
「これが最後の訓練だ、さあ、わしの一撃を破ってみろ!」
「くっそおおおおお! 来い、コクソウ!」
振り返ったキョウラクが見たのは、黒い双剣を携え、真っ直ぐ向かってくるユウの姿だった……。
殺せ、殺せと、誰かがユウの後ろで叫んでいた。 真っ赤に染まった視界の先にはキョウラクがいる、そう彼が俺の殺したい相手だなのだ。
何故だ、何故殺したいのか、どうして、何のために?
沢山の人を殺したからか? 弟子と言って鍛え、最後には俺を殺そうとしたからか? キョウラクが悪魔だからか?
さっきから、この体を動かしているのは誰だ? 心の底から湧き上がってくる、このドロドロとした気持ちは? 胸の奥がチリチリと痛い、堪え様のないこの感情は……。
だが確かに、これは誰かのものではない、自分のものだった。
判断しろ、そう遠くでキョウラクの声がした、その瞬間にユウは叫んだのだった。 知らないはずの、黒い双剣の名前を。
燃え上がる様な真っ赤な視界の先に、キョウラクが見える。 彼は腰を落とし、今にも刀を抜きはなつ直前だった。 前にも見た光景だ、左手の親指が鯉口をきっていた。
何のために立ち向かうのか、何のために向かって行くのか、結論は出ている。 彼を止めるためだ、そう思った瞬間に、視界は晴れていた……。
気が付くとユウは雪の上に倒れていた、体は真っ二つにもなっていない。 慌てて振り返ると、キョウラクが立っていた。 刀を振り抜いたまま、微動だにもせずに。
ただ、彼の首からはおびただしい量の血が噴き出していた。
「みごとだ……。」
そう言われた気がした。
そのままキョウラクの体は、まるで砂にでもなった様にゆっくりと崩れていった。 後には、何も残らなかった。
そこまで話して、ユウはため息をついた。
目の前に座っているエドワードは、大きく目を見開いたまま固まっていた。
「そんな感じだ、俺の師匠の訓練はな。」
その言葉にエドワードは気が付いたのか、はっとした様な表情を浮かべ、ユウに詰め寄るのだった。
「それって、死線を潜ったと言う事なのかい?」
「あぁ、そうだろうな。 未だにあの瞬間を超えるような一撃は振るえないさ。」
物語を読んで貰った子供の様に、彼は目をキラキラとさせて、さらにユウに詰め寄ってくる。
「それにしても、その師匠は……。 もしかすると、人斬りの悪魔かもしれないね。」
「人斬りの悪魔か、そんな感じかもな。」
「でも、その悪魔の噂って何百年も昔の話だからね。 ユウ君の師匠とは別のものかも知れないけど。」
「どうだかな……。」
そう言って、ユウは天井を見上げて目を閉じる。
「それにしても信じられないよ……。 それこそ、君が人間じゃないかぎり……。」
「止めて下さい、エドワードさん!」
彼の言葉は、アリスの言葉に強く遮られた。
「これは、失礼した。」
エドワードは慌てて手のひらを見せると、ゆっくりと椅子に腰を戻すのだった。
「何にせよ、凄い話だったよ。 どうだろうユウ君、これからも僕の訓練に付き合ってはくれないかい?」
「信じるのか?」
「あぁ、君は信じるに値するさ。」
「時間がある時にな、だが、あんまり無理するなよ……。」
そう言って、その日の特訓は終わったのだった。




