【6】仮面の下の無様な顔
最初から、こうなることは心のどこかで分かっていたのだと思う。 どうして自分を拾って鍛えたのか、全てがこの時の為のお膳立てに過ぎなかったのだと。 ただ強い者と戦いたい、その欲求を満たすために。
膝下まで深く積もった雪を強く踏みしめ、ユウは目の前に待ち構えているキョウラクへ向かって行く。 両手には銀色に鈍く光る双剣を携え、そして身にまとった灰色のローブをなびかせて。
風を切る度に、その冷たさが顔に刺さる。 ただ、強く見開いた目線の先に彼は静かに立っていた。 一切の感情を消した様な彼の顔の、その二つの目が鋭くユウを捕らえている。
このまま突っ込んでいっても、剣の長さ、間合いでは刀に勝てない。 だから……。
その一瞬、ユウは体を大きくひねると、右手の剣を投げつけていた。 ギィンと、剣は呆気なく弾かれてしまうが、その瞬間を見逃す程の迷いもない。
身を低く、地面とすれるほどに身をかがめ、速度を落とさずに一気に詰め寄っていく。 刀が剣を弾いた逆の方向へ、ユウは飛び込むと、振り向きざまにキョウラクを切りつける。
だが再び金属が強く擦れる音がすると、彼はユウの一撃を半身かわし、刀でユウを受け流した。 そして、そのままの勢いで強く踏み込むと、ユウを地面に叩き付けた。
雪が積もっているとはいえ叩き付けられた衝撃は大きい、ブワッと雪が舞い白い煙の様に立ちこめる、一瞬視界からお互いが消えてしまう。
「最初から投擲とは、勝負を捨てたか!」
そう怒鳴り声をあげたキョウラクは、迷いもなく刀を振りかぶった、それは明らかに剣を持っていない右手を狙った一撃だった。
それは片手で受け止めきれる様な半端な勢いではない、左手で庇おうものなら、そのまま勢いに弾かれるだろう。 だが振りかぶった彼の手は、思いもしない位置でガチリと止まった。
何かを察したキョウラクは、およそ人の動きとは思えない程の勢いで大きく後ろに飛び退いた。 だが、その一瞬を見逃さないかの如く、白い煙の先から銀色の剣が彼を狙って飛んでくるのだった。
頬をかすめた剣が僅かに赤い線を残し、庭先の林に消えていく。 そして、晴れた煙の先には、白く湾曲した双剣を携えたユウの姿があった。
「いい作戦だと思ったんだけどな……。」
肩で息をしながら、ユウは遠く離れたキョウラクに向かって声を上げた。
「上出来だ、わしに傷を負わせた弟子は、お前が初めてだよ……。」
また静かに刀を構えたキョウラクは、そんなユウを見つめて、そう切り返した。
「何人、あんたは弟子を殺したんだ?」
白い息を吐きながら、ユウは息を整えて彼に問う。
「そんな事か。 なんせ昔の事だ、五十を超えては数えていない……。」
「楽しいのか?」
「あぁ……。 それが、わしの生きがいだ……。」
そう聞かされて、ぐっと奥歯を強く噛み込むと、ユウは再び双剣を構えた。
だが、キョウラクの姿はパッと消えてしまう、それは最初に味わった見えない斬撃の準備だった。 完全な死角からの一撃、右か左か、それとも背後から切り込まれるかも分からない。 どんな理屈なのか、まるで相手の死角が分かっている様にキョウラクは動く、それも一切の気配を消して。
だからこそ、戸惑う前にユウは走り出していた。 足を止めれば切られる、いや、結局の所は距離を詰められれば同じ事。 ならばと、目の前の林に向かって全力で走っていった。
木々の間を一時も止まる事なく、迷いもなく、全速力で駆け抜ける。 それでも、キョウラクは追いついてくるに違いない。
ユウは目の前に大きな木が見えると、そのまま三角飛びとでも言わんばかりに、たちまち上まで昇っていく。 息を殺し、身を潜める、そして一瞬の静寂が訪れた。 相手は、どこから向かってきているのか。
だが思案も無駄だと言わんばかりに、爆音共に大木は真っ二つになっていった。 それでもユウは、木々の上を獣の様に飛び移っていく。
僅かに視界の端にキョウラクを捕らえ、頭上から飛びかかる様に切り込むも、振り返りもしないキョウラクの一太刀にいなされてしまう。
それは最もな話だ、なにしろ、この双剣術は全て彼に教わったものだからだ。 だから、彼に勝つには超えなければいけない、今までの訓練の全てを。
二人が切り結ぶ度に、森の中はまるで竜巻でも通ったかの様に、次々と荒れていった。
ユウは何度もキョウラクに肉薄するものの、それでも一歩足りない。 木々や地面に隠した双剣や長剣を使い、彼と何度も打ち合うも、最初につけた頬の傷以外はかすりもしない。 身長よりも長い大剣を投げつけたりもしたが、奇襲にもならなかった。
蔵いっぱいの武器を、この辺りにありったけ隠していたのだが、その策もそろそろ尽きかけ様としていた。
森を抜けると、先には凍った川が見えた、そしてユウはそのまま上流に向かって走って行く。 そこはキョウラクと一緒に、夏に釣りをした川だった。
上流にあった滝は冬の寒さで全て凍っていた、それを横目に一気に岩肌を昇っていく。 すぐ後ろにはキョウラクの姿が見えていた。
上まで駆け上がったユウはすぐさま身を翻して、その滝の根元を切るつけると、岩肌を蹴って強く飛んだ。 すると、まるで張り詰めていたものが弾ける様に、大きな滝は細かい結晶となってキョウラクに降り注いでいった。
「また目くらましか、芸が無い……。」
そう聞こえた気がした。
無数の破片に隠れながら、ユウはキョウラクの背後へ着地し、そして後ろから斬りかかったのだ。 だが、彼は右足を軽く蹴り上げると、そこから一本の槍が飛び出して来たのだった。
それは、ユウが隠していた武器の一つ、キョウラクはそれを片手で掴むと思い切り横薙ぎをした。 一瞬の出来事だった、避ける暇などない、その穂先はユウの胴体にめり込んでいくのだった。
一瞬意識が飛んだ、気が付けば、ただ無力にも転げ回り、最後には雪埋もれていたのだった。
「己の策を利用され、あまつさえ対処も出来ない、とんだ馬鹿弟子だな……。」
ユウは何とか立ち上がろうとするも、そのまま思い切り口から血を吐き出して、膝をついてしまう。 あばら骨は砕けているのだろうか、右半身に力が入らない。
いくら体が人間より丈夫とは言え、痛みは感じるし怪我もする。 ましてや致命傷を食らえば、身動きも簡単にはとれなくなってしまう。
吐き出した血が、目の前を赤く染めた。 そして、ぽたぽたと雪に透明な雫が落ちていくのが見えた。
「なんだ、泣いているのか、無様な顔だ……。」
キョウラクはそう言いながら、ユウにゆっくりと近づいてくる。
「なんで……。 なんで、だよ……。 俺は楽しかったんだ、あんたの訓練もそうだ。 はぁ、魚を釣ったり、飯を作ったり、一緒に居て楽しかったんだ……。」
「だからどうした?」
「あぁ……。 なぁ、キョウラク、俺を殺したらどうするんだ?」
「くだらない、そんな事か。 また、お前みたいな馬鹿を拾って、適当な所で殺す、それだけだ。」
そう聞いて、ユウの視界は涙に滲んでいった。 いったい自分は今どんな情けない顔をしているのか、無様な顔か、そう思った。
「なぁ……。 こんな事、本当に楽しいのか?」
そう聞いたキョウラクは、ニヤリと口元を歪ませて、こう答えた。
「決まっている、俺は悪魔だからな。 はっはっは、お前の様な馬鹿がいて、まったく退屈しない人生だよ。」
「あぁ……。 そうか……。」
ユウはそう言って、僅かに動く左手を使って、ローブの下から一枚の仮面を取り出した。 それは、このローブと一緒にキョウラクから貰ったものだった。
そして、震える手をあげて、そっと仮面を顔に当てる。 視界が悪くなるからと、あえて使わなかった物だった。 だがどうだろう、今なら、この酷い顔を隠してくれるのではないか……。
丸腰のユウに近づいて行ったキョウラクは、うなだれた彼の首筋に向かって、その刃を振り下ろす。 残念そうに、これで終わりだと、彼は諦めた様に刀を振り下ろしたのだが。 すんでの所で、その刃は止まった。
さっきまで丸腰のはずだったユウの手には、真っ黒な剣が握られていた。 異常を察知したキョウラクは、慌てて飛び退くも、その黒い一閃がすっと空を切り裂いた。 距離を取ったキョウラクだったが、すっと着物の袖口が切れている。
いったい何をしたのか、目の前のユウはぐったりとした体勢で、ゆっくりと立ち上がっていた。
「なぁ、キョウラク。 いったい俺は、今どんな顔をしているんだろうな……。」
まるで夜の闇を塗り固めた様な、真っ黒い双剣を携え、異様な雰囲気を漂わせたユウの姿にキョウラクは息をのむ。
「あぁ、目の前が真っ赤に染まっていくんだよ……。」
「お前は……。」
「キョウラク、聞こえるんだ、殺せって、殺せって……。」
その仮面の内側に、どんな表情を隠しているのか、もうキョウラクには分からない。 彼は刀を構え直すと、ユウを真っ直ぐ見据えて、意を決した様にこう告げるのだった。
「馬鹿弟子が! 言っただろう、冷静になれとなぁ!」
そして、二人は再び剣を交えるのだった。




