【5】最後の試験
ユウが目を覚ますと、キョウラクはいつも通り囲炉裏の前にあぐらをかいて座っている。 彼の背中を横目に起き上がろうとするも、体に力が入らない。
「まだ寝ていろ。」
「俺は、あの時……。 一体どうしたんだ……。」
困惑するユウを気にもせず、キョウラクは振り替えりもしないで、話を続けていく。
「覚えているか、最後の一撃は?」
そう言われて、ユウはゆっくり思い出していく、あの真っ赤に染まった景色を。 酷く不快な、あれは、過去に一度だけ見た景色だった。
「はっきり言って、お前は弱い。 これは才能の話だが、お前は剣の才能に恵まれていない。 人よりは丈夫だ、力も強い、早く動ける、だがそれだけだ……。」
「あぁ、そうかよ。」
「だからなぁ、常に冷静になれ、状況を把握し、そして正しく判断するための時間を稼げ。 それは、遠くから戦場を俯瞰するでも良い、物陰に隠れて相手の特徴や技量を探るでも良い、仲間を集めて敵の情報を探るでも良い。」
「それは、普通の事じゃないのか? あんたに闇雲に突っ込んでいっても勝てないだろう、ただ考えても結局は今回の奇襲も成功はしなかったがな。」
キョウラクは改まって何を言っているのか、当然の事を言っているのでは、そうユウは感じていた。 だが、そんな心を読んでいるかのように、彼は続ける。
「理解していると言う事と、実際に行うと言う事は異なる。 特にお前みたいに若い内は、ちょっとした事で感情が揺れ動く。 頭に血が上れば、勝てる戦いも勝てなくなる、それこそ取り返しがつかない失敗もする、そう覚えておけ。」
「分かったよ……。」
何か思うところがあったのか、一言そう言ってからユウは再び頭を枕に預けた。
それからも、キョウラクはユウを鍛え続けた。 その厳しさは増していった、刀、大剣、長剣、双剣、短刀、槍、棒、弓矢、投擲、素手など、数々の武器を使いこなしてはユウを圧倒した。 春が来れば数日野山を走らされ、夏が来れば川や湖に落とされて戦わされた。
だが、それだけではなかった。
野山で季節の果物を採ったり、一緒に狩りに出かけては猪を仕留めて捌いて食べた、湖では釣りで競った事もあった。 戦っている時とはまるで別人の様に、普通の人間の様に彼は振る舞った。
それ以外にも彼は博学だった、怪我をした時の手当の仕方、薬になる薬草の見分け方、上手い粥の作り方、そんな事までキョウラクはユウに教えていった。 長生きすれば、色々と覚えるもんだ、そう彼はいつも笑っていた。
本当にキョウラクは悪魔なのか、そんな戸惑いも次第にユウは忘れていった。
夏の暑さも過ぎたある日、エルフの里から逃げ出して半年は経っただろうか、キョウラクはユウに問いかける事があった。
「やはり、お前は双剣を好むのか?」
「そうだな、何となく手に馴染む、良く使っていたからな。 エルフの里に拾われる前、その頃は昔の記憶も無かったが、住んでいた村から俺は売られたんだよ。 馬車に揺られて、よく分からない荷物と一緒に運ばれてたよ。」
「そうか。」
「そんな時、馬車が野獣に襲われた。 死にかけたが、そこで荷物に混ざっていた黒い双剣を拾った。 それで何とか倒せたんだが、運良く里の人達に拾われた。 それからだ、その黒い双剣をいつも使っていたよ、今はなくしてしまったけどな。」
そう言って、ユウは雲一つ無い空を見上げた。
「わしの弟子は刀に興味を持つ者が多かったが、お前が双剣を使うなら、その訓練をするか。」
「その訓練?」
「あぁ、ここから北に行けば大きな帝国がある。 まだ若い頃には各地で剣術指南役の真似をしていたが、そこで教えたのが双剣術だった。 もし訓練が終わったら、行ってみると良い。」
「あぁ、考えておくよ……。」
その日から、ひたすら走らされる様な訓練はなくなった。 今までよりも、キョウラクは実践に即した打ち稽古を徹底的に行っていった。
間合い、手、足、体の動かし方を、彼は身をもってユウに体験させた。
特に帝国双剣術は相手を翻弄し、どんな体勢、間合いからでも一撃を相手に加える事を理念としていた。 その当時、帝国には体格に秀でた者が少なかったらしい、そこで少数精鋭に教えたのが曲芸とでも言う様な動きの双剣術だったそうだ。 恐らくは諜報員、スパイの様な部隊だったのだろう、ただ詳しく聞くことはなかった。
訓練が始まると、とても老人とは思えないキョウラクの動きに最初は笑ってしまった。
しかし、そんな余裕は一瞬で吹き飛ぶ程に、彼の双剣術は一切の隙がなく、鋭かった。 最初は彼の動きを覚えるのに必死だった、毎日違った間合い、動きを真似しては、その剣を受け返す。 それはあっという間だった、きっと楽しかったのだと思う。
気が付けば季節は冬に差し掛かっている、もう一年近くユウは訓練を続けていたのだった。
その頃には、訓練以外にもユウは屋敷の掃除や庭の手入れ等も行っていた。 ただ、キョウラクはよく裏庭の墓の手入れをしていたが、それはユウに任せる事はなかった。
そろそろ雪が降り始める、そんな空模様のある日、ユウはキョウラクに聞いてみた。
「それは、誰の墓なんだ? 家族にしては、数が多い気がするが……。」
「あぁ……。 わしの、いや殺しに来た連中のだ。」
「悪魔の討伐にか?」
「そうだ。 それに昔はいろんな場所で強者と戦った、それこそ同族ともな。 ただただ、強い者との戦いを望んだ。 だが戦った者への礼儀を忘れれば、それこそ単なる悪魔、いや鬼に成り果てるのだろう。 だからだ、せめて墓には埋葬してやろうとな……。」
「それが……。」
そう語るキョウラクの横顔はどこか寂しそうではあった、そしてユウは言葉に詰まってしまった。
「わしは強くなりたかった。 この刀と一緒に戦って、戦って、戦って数え切れない程の人間、そして悪魔を殺してきた……。」
「それが、今じゃこの隠居生活か?」
「まぁ、そんなところだ……。」
「ところで、ユウよ、お前に渡したい物があるんだがなぁ」
そういって、庭の端にある蔵に彼はユウを促したのだった。 一年近く屋敷で過ごして来たが、この蔵に入るのは初めてだった。 中には様々な武器が飾られていた、そのどれもが業物なのだろう。 いつ手入れをしていたのか、全てが新品の様に輝いていた。
ユウがその光景に圧倒されている時、キョウラクは奥の箪笥に手を突っ込んで、何やらゴソゴソと布きれを取り出していた。
「おぉ、あった、あった。」
「何がだよ、キョウラク。」
振り向いた彼が手に持っていたのは、大きな灰色のローブと白い仮面だった。
「わしが昔、同族を狩っていた時に使っていた物だ。 この灰色の布は特殊な物でな、わしの刀でも容易くは切断できん。 それに、お前は戦いの最中、表情に思っていることが出やすいからな。」
そう言って、ユウにそれらを手渡したのだった。
「こいつをお前にやる、好きに使う良い。 それと今日から、わしの訓練はなしだ、後はお前独自で訓練を行う事だ。」
「キョウラク、それじゃあ今日で免許皆伝か?」
「いや、あと一月でちょうど一年は経つだろう。 その日に最後の試験を行うことにする、それまで精進するように。」
彼は和やかに笑っていたが、ユウは少し眉をひそめて聞き返した。
「試験か、どんな内容なんだ?」
「簡単だ、私と打ち合うだけだ。」
「武器はどうする?」
「自由にすると良い、この蔵にある物でも、何でも使って良い事にする。」
「そうか、分かったよ。」
その日は、それで終わった。 それからは、双剣術の自主的な練習に励んだ、今までキョウラクに教わったことを思い出しながら。 それ以外にも、森を全速力で走り抜けたり、崖から飛び降りたり、試験を想定して出来る限りの事をした。
だがどんなに訓練を続けても、あのキョウラクの刀から繰り出される一瞬の斬撃に勝てる方法はついに辿りつかなかった。
一つあるとすれば、あの赤い風景、限界まで集中した状態だが。 結局は、一度切り結んだあの一瞬以来、ユウには使えることが出来なかったからだ。
あれ以来、一日中キョウラクは囲炉裏の前に座って、茶をすすっている。 簡単な会話はすることはあっても、訓練や試験についてはお互い何も話さなかった。 ただ屋敷の中ではのんびりと、やさしい時間だけが過ぎていく様だった。
それでも日々は残酷に過ぎていった、一月などあっという間だった。
試験の前日、外は吹雪いていたが、ユウはいつも通り訓練のため外に出て行った。 夜の内にユウは屋敷に戻ってきたが、そんな彼にキョウラクは真夜中に試験開始だと簡単に告げた。
「あぁ、準備は出来ている……。」
そう一言返すと、ユウは持っていた双剣を横に置き囲炉裏の前に座った。 お互い無言のままだった、ただ囲炉裏の火がパチパチと弾けているのを見つめて、冷えた体を温める。
ユラユラと揺れる赤い光がキョウラクの顔を照らすが、その顔からは一切の表情が消えていた。 どれだけ時間が経ったのだろうか、彼はおもむろに立ち上がると、こう告げたのだった。
「今から、試験を始める。 内容は簡単だ、どちらかが死ぬまで打ち合う、それだけだ……。」
そのまま、彼は振り返りもせずに屋敷を出ていた。 ユウもゆっくりと立ち上がって、その後に続いていく。
まだ雪は止んでいない、その真っ暗な庭に、キョウラクは刀を正面に構え立っていた。 そんな彼を目の前に、ユウは双剣を構える。
一瞬で張り詰めた空気が漂う、目の前に立っているキョウラクが漂わせる雰囲気は、今までの彼のモノではない。 まるで人に化けた悪魔が、その本性を現したかの様に、禍々しい何かを感じさせる。
「いざ尋常に、勝負!」
キョウラクが周囲に木霊す程の大きな声で叫んだ、その瞬間、ユウは迷うことなく彼に向かって駆け出していった。




