【9.5】ある魔女の告白
急な呼び出しに少し慌てたユウだったが、外の寒さにさらされて、はっと心が落ち着いた。 帰り道の襲撃、また孤児院が襲われたら、そう思い返して足を止める。
だが今なら姉が居る、少なくとも記憶の中の彼女は強かった、ましてや聖剣を父親から奪っている程に。 そうして、急いで用事を済ませて戻ろうと、ユウは夜の町を駆けていった。
代わり映えもしない組合の事務所、入り口までたどり着くも特に変な雰囲気はない。 いつも通り裏口から入ると、中にはキースが一人いつもの席に座っていた。
彼とは闘技場での決闘以来、まともに会話などしていない、気まずさがユウをさいなむ。 だが両方の手を組み、肘を机にドンとつけて、険しい表情でユウを見返していたキースが先に口を開いた。
「アリス様は、お元気ですかな?」
「あっ、あぁ、普通に暮らしているよ。 最近は孤児院の子とも仲良くなって、よく遊んだりしている。」
「そうですか、それで今日あなたを呼んだ理由ですが……。」
そう言って、机の下から白い仮面を取り出した。 それは、アリスに会いに行った王城で無くしたはずの仮面だった、それも壊れていたはずの物。 だが、すっかり形は元通りになっていた。
「それは、修理でもしてくれたのか?」
「えぇ、とは言っても機能までは直りませんでしたが……。」
彼から受け取った仮面を、ユウは一度まじまじと見つめるが、特に変わった様子は無い。
「安心して下さい、呪いなどかけてはいませんよ」
ユウはキースを一端見返すと、そのまま仮面を顔に近づけた。 すっと、顔に仮面が取り付く、これが一つ目の機能だ。 特に紐など使わなくとも、邪魔になりもせず、勝手に顔にくっついてしまう。 そして、もう一つの機能が……。
「なんだ、直って……。 あぁ、そうか、声はそのままか。」
その機能は装着者の声を変えること、これも便利なものだったが、どうやら喪失してしまったらしい。 それでも、思い出の品が帰ってきたのだ、内心ではユウは喜んでいた。
「十分だよ、ここまで直して貰っただけで感謝している。 それで、用事はこれだけじゃないんだろうが、俺も伝えたい事がある。」
「なんでしょうか?」
キースは表情を崩さないまま、目だけをユウに向けた。 そして、さらに彼の後ろの扉から、一人の老婆が出てくる。 しわくちゃの顔に、曲がった腰、真っ黒なローブと魔女の様な恰好をしていた。
「ほう、あんたが噂の悪魔かい?」
「あぁ、そうだよ。 ちょうどいい、そっちも役者が揃ったなら、さっさと話すさ。 おそらく、王都にまだ悪魔が潜んでいる、どうも相手は俺を狙っているみたいだがな。」
二人とも眉毛一つ動かさず、ユウの話を聞いている。
「その様子じゃあ、知っているのか? ならどうして襲われた時に、アリスを守らなかった?」
老婆はふんと鼻を鳴らして、口元を歪めるとユウに答えた。
「お前が一緒にいれば問題ないだろうがねぇ。 アリスに直接危険が及べば、そりゃあ私達だって黙っちゃいないさ。」
「なるほどな。」
「今も我々の手の者が、きちんと孤児院を守っているさ。 あんたにも気が付かない所でね。」
「ならいいさ、じゃあ俺は帰るよ。」
そう踵を返して出て行こうとするユウだったが、彼女はそれを止めるのだった。
「待ちな、まだ私の話が終わっていないさ。 戻りな。」
振り返ったユウは、やれやれと手振りをして、部屋の真ん中まで戻ると老婆をにらみ返す。
「トリニティーから貰った腕輪は今もつけているのかい?」
ユウは右手を上に持ち上げ、その手にはめられている腕輪を彼女に見せる。
「それが、どう言う物か、あんた知っているのかい?」
「形見だろう、彼の奥さんが作ったものだと聞いたが。 おそらく何かの機能がある、何となく身につけてから体が軽い気がするけどな。」
老婆はまじまじと腕輪を見つめて、そして、一度だけ喉を鳴らすと語り始めるのだった。
「それは呪いだよ、あいつとあいつの妻の、執念だ……。」
この老婆、本当の名前はアンバル・ヤーガと言うが、親しい者はバーバ・ヤーガと呼んでいる。 そんな彼女が本名トリニティー・カーミンロートと言うが、彼に出会ったのはまだ若い頃、王国の研究所だったと言う。
過去に様々な戦争が起こった中央大陸、現状は悪魔や魔獣の討伐や対策を進める事が、表向きは意思が統一されている。 そのため各国の魔法使い、魔術師と呼ばれる者達は協力して、聖女の残した大結界の修理、再構築の研究を日々送っていた。
二十代前半だった彼は礼儀正しい青年であり、同業だった女性と結婚し、幼い男の子を一人授かり。 仲睦まじい様子の彼等は、同じ悪魔を縛る魔法の研究を行っていた者達からの、恰好の冷やかしの的だった。
その頃、王都で大結界の研究を続けていたバーバ・ヤーガは、たまたま王国に来ていた彼等と数回だけ会話をした事があったが、とても幸せそうだったと言う。
そんな折、彼等の故郷である東の国で悪魔が現れたと言う話が出て、二人は子供を連れて国に戻っていった。 それから季節が過ぎて一年も経った頃だった、東の国の悪魔が討伐されたと報告が入った。
その報告を聞いてしばらく経った頃、東の国から一人の女性が王国の病院に運ばれてきた。 それが、トリニティーの妻だと聞いて、バーバ達は慌てて見舞いに行ったと言う。
彼女の髪は淡く紫がかった、とても美しい濃い赤色をしていたが、病院のベッドで寝ていた彼女のそれは真っ白に染まっていた。 そして、言葉も発する事も無く、ただ毎日虚ろな目で窓の外を眺めていたのだ。
それから東の国で何が起こったのか、次第に情報が入ってきた。 トリニティーの一人息子が悪魔に人質に取られ、それを救い出そうとして惨殺された事、妻もその際に重傷を負い一命は取り留めたが、子を失ったショックからそうなってしまったと。 そして、トリニティーは人が変わったように、冷酷に、残酷に、悪魔とその眷属の魔獣を蹂躙したと。
またしばらくして、彼は王国の病院に訪れ妻と会っていたが。 その数日後に、妻は息を引き取ったと言う、そして彼の右腕には細い腕輪がはめられていたのだと。
彼は、それからも悪魔を殺していった、それは五十歳を過ぎた頃まで勢いを衰えることは無かったと言う。 だが、ある時からぱったりと戦う事を止めてしまったと。
噂では、ゴミを金に変えてしまう悪魔が居たという、それは子供の姿をしていたと。 その悪魔を殺してからだった、彼が戦う事を止めたのは。
その後、ほとんど引退して抜け殻の様になった彼に、バーバはまた会ったことがあるのだと。 その時に、一度だけ腕輪を王国の研究所に預けていた、その腕輪に込められた機能、ある種の魔法の調子を見て欲しいと相談したそうだ。
そこで判明した事は、周囲の大地や人から僅かに漏れる生命力、魔法や魔術の力の根源を少しずつ溜めて装着者に還元する物だった。 だが、それだけに止まらない事が分かったのだと。
一つ、それは装着者の周囲に漂う生命力を還元する。
一つ、それは装着者の殺した相手の生命力を奪う。
一つ、それは装着者と心と体を通わせた相手の生命力を奪うする。
つまり、彼の妻は最後の命を振り絞って、その腕輪にこれらの魔法を込めたのだと。 そして、それを受け取った彼は、最後に妻の命を奪って悪魔と戦う力に変えたのだと。 当時の研究所では、その噂で持ちきりになったと言う。
「それをトリニティーがあんたに渡したんだ、この意味が分かるかい?」
バーバ・ヤーガはユウを鋭く睨んで、そう言い放った。
「分からないね、少なくとも今の俺じゃあ。 それと、一応聞いておくが、この事をアリスは知っているのか?」
「少なくとも、私には話せなかったがね。 だが、あの子の姉、マリーア様は伝えたそうだよ。 そして、アリス様はあんたと一緒に暮らしたいと申し出たそうだよ……。」
そう言った彼女の表情が初めて崩れた、それは、とても悲しそうに。




