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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第三章 姉の思いと彼女の思い
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【3】見えない一撃

 目が覚めると、目の前にあった囲炉裏に小さな火が残っているのが見えた。 パチパチと音を立てて、小さな火の粉がはじけていった。


 体が重い、起き上がる力はなかった、それよりも、まだ胸の奥が酷く詰まるような感覚が残っていた。 ここは、どこだったか……。 記憶が定かではないが、確か誰かと何かを話したはずだったのだが。


「起きたか?」


 そう声をかけられて、向こうを見ると老人が座っていた。 そうだ、目の前の老人はキョウラクと名乗っていた、おそらく助けられたのだろうか。 


「どうした、寝ぼけているのか? 体は起こせるか?」


 ユウは目を伏せると、首を力なく左右にふって答えた。 すると、キョウラクは立ち上がってユウに近づくと、そのままユウの体を起こして、壁にもたれ掛からせる。


「すこし待っていろ」


 キョウラクは一言だけ言うと、囲炉裏に薪をくべて、奥の部屋に消えていった。 しばらくすると、彼は黒い鉄の鍋を持ってきて、囲炉裏の上に吊すのだった。 


 甘い臭いが部屋に広がっていく、何かを作っているのだろうか、彼は鍋の蓋を開けて木製のお玉で中をかき回している。


 よし!とキョウラクが頷くのが見えた、そして彼は鍋から何かを器にすくっていた。 少し満足したような表情を浮かべ、彼は器を持ってユウに持ってくるのだ。 


 器の中には粥の様な、薄い茶色の穀物で出来たモノが入っていた。 おそらく食べろと言う事なのだろうが、ユウはお腹が空いていなかった。 


 そもそも今まで生きていて、お腹が空くことの方が珍しかった。 空腹や、それに眠気も、人よりも感じ方が薄かったのだろうか。 昔は、よく村の人達に気味悪がられたものだった。


 ユウはキョウラクを見返して、やはり力なく首をふるう、必要ないと言う意思表示だった。 だが、キョウラクは笑っている。 そして、小さなスプーンで一口粥をすくうと、無理矢理ユウの口に突っ込むのだ。


「腹が空かないのは元々だろう、俺もそうだ。 だが、別に霞を喰って生きられるもんでもない。 飯を食えば元気になる、寝れば体も心も休まる、それは昔も今も変わらんのだよ」


 そう言って、器をユウに預けた。 ユウは口の中に広がる薄い甘みと、鼻を抜けていく香ばしさを感じていた。 確かに、どうしてだろうか、少しだけ体に力が入るような気がした。 そして、夢中になって器の粥を頬張るのだった。


 ユウはひとしきりして落ち着きを取り戻すと、器を横に置いてため息をついた。 キョウラクは囲炉裏の前で座っていたが、ただ黙ってこちらを見ていた。


「あんた、キョウラク?だったか。 何者なんだ? どうして、俺を助けた……」


「あぁ、お前の同郷だよ、いや正確には違うかもしれないがな。 お前も記憶を取り戻したのだろう?」


 キョウラクは、少し笑っていた。


「酷く頭が痛い、ズキズキする。 それに、胸の奥が重い……」


「それは仕方がない……。 お前はトラウマと言う言葉を知っているか? 俺たちは思い出すんだ、そう言う辛い記憶だけを、特別な……。 この世界じゃ、俺たちは悪魔って呼ばれる、知ってるか?」


 ユウは、ただ俯いていたが、一言ぽつりとこぼした。


「どうして、助けた……」


「たまたまだ……。 俺たち悪魔は、どうも、この世界じゃ楽に生きられない。 どうしても、運命が難しく、絡み合うんだよ。 そして最後には過去の妄執に取り付かれ、本当の悪魔に成り果てる……」


「だから……。 どうして、助けた!」


「助けた訳でもないさ。 悪魔ってのは匂うからな、お前が倒れていたのに気が付いたが。 お前が禄でもない奴なら、殺すまでだ……」


 キョウラクは最後にそう言って、ユウから目を離してしまった。 ただ、囲炉裏の火がユラユラと辺りを照らし、パチパチと火がはじける音だけが部屋の中に響いた。


「なら、殺してくれよ……」


「そう焦るな……。 そうだな、お前は剣が使えるのだろ、手を見れば分かる。 無力な子供を一方的に殺す趣味はないんだよ。 どうだ一つ稽古をつけてやる、一度は運命に抗ってみろ」


「そんな事に、意味なんてないだろ……」


「ほれ、若い奴が何言ってる。 表に出ろ!」


 そう言われたユウは、何故か立つことが出来た。 先ほどまでの体の重さは、嘘のように軽くなっていたのだ。 そして、キョウラクに促されるまま表に出たのだった。


 外に出ると雪が降っていた、シンシンと辺りの音を消して、ただ辺りを白く染め上げている。 古い造りの屋敷の屋根には、重そうに雪が積もっていた。 そして部屋の中とは違い、冬の寒さが身にしみたのだった。


 目の前にいたキョウラクはどこから取り出したのか、二つの小振りな剣を手に持つとユウに向かって投げた。 綺麗な放物線を描いた双剣が、ストンとユウの目の前の地面に突き刺さる。


 ユウは黙って剣を拾った、手に持つと剣から鉄の冷たさが伝わって来る。 そしてキョウラクは、またどから取り出したのか、腰に一本の細い剣を差していた。


「刀か?」


「ほう、本当に同郷の様だな……。 なら話は早い、これを受けきってみろ」


 そう言った途端、音もなくキョウラクは目の前から消えた。 すると、右の死角から凄まじい殺気が襲いかかる。 


 ユウは戦慄を覚え、そして無意識に右手を振り抜いたのだが。 ガキンと鈍い音がすると、ユウは吹き飛んで、雪の中を転がっていった。


「何だ、本当は、まだ死ぬ気もないのだろう」


 キョウラクは笑って言っていたが、ユウは必死だった。 


 とっさに庇った右手は痺れ、剣を地面に落としてしまっている。 だが彼の殺気は、依然としてユウに向かって突き刺さっていた。 


 まだユウには分からなかった、死にたかったはずなのに、それでも彼の一撃を防いでしまったのだ。 ただ剣を持つ左手にぎゅっと力を入れると、ユウは黙って、ゆっくりと立ち上がった。 


 キョウラクはまだ向こうで笑っていた、とても楽しそうに見えた。


「休んでいる暇はないぞ」


 そこからは、ユウは防戦一方だった。 音もなく死角に潜り込むキョウラクに対して、ただ左手の剣で紙一重に交わすのだが、少しずつ切り傷が体に刻まれていく。 真っ白な雪一面に、少しずつ赤い線が増えていくのだ。 


 一瞬でも気を抜けば殺される、そんなプレッシャーがユウに重くのし掛かる。 それに反して、ユウの胸の支えは少し軽くなっている。 キョウラクの攻撃を防ぐ事に、ユウの神経が集中していたからだろう。


 ただ闇雲に何かから逃げるよりか、目の前の男の攻撃を避ける方が単純だ。 この老人の意図は分からない、勝手に助けたと思えば、今はこうやって殺そうとしたりする。


 それでも、さっきまでより、十分マシだった。


「あぁ、本当に面倒くさいな……」


 ユウはキョウラクを真っ直ぐ見つめ、少しだけ笑った。 そして、痺れが収まった右手に剣を持ち替えて、再び力を込めると、一歩踏み出したのだった。


 キョウラクは刀を鞘に収めると、腰を落としてユウを迎え撃つ姿勢をとる。 このまま突っ込めば、真っ二つにされるだろう、それでもユウは真っ直ぐ突っ込んでいった。


 一瞬の邂逅だった。 キョウラクはその場を動かず、瞬く間に刀を振り抜いた。 ユウも右手を振り抜きながら、迷うことなくキョウラクの間合いに飛び込んでいく。


 その一撃は音もせず、軌跡も見えない程の早さで、ユウの胴体に吸い込まれていった。 もちろんユウの剣は間に合う暇もなく、右手の剣は地面にポトリと落ちていった。


 ユウは力なく、そのまま前のめりに倒れ込んでいく。 痛みも感じる事もなく、その意識は一瞬で消えていった。 


 地面に横たわっているユウの体に、パラパラと雪が積もっていく。 先ほどよりも、雪は強く降り続いていた。 また辺りは真っ白く染め上げられていくが、不思議な事にユウの周りは赤く染まってはいなかった。


「真っ直ぐ突っ込んで来るとはな、危うく、真っ二つにするところだったぞ……。 まったく、少しは気が晴れたか?」


 ぐったりとしたユウをキョウラクは担ぐと、そして屋敷に戻っていくのだった。


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