【2】彼の特訓
ユウとアリスが騎士学校に着いても、まだ雪は止む気配も無く、見慣れていたはずの石畳もすっかり純白の絨毯に埋もれていた。
「騎士学校の入り口って、こうなっていたんですね!」
アリスは先ほどと変わらず、目をキラキラさせながら、辺りを見回しては雪景色を楽しんでいる。 それに、騎士学校の正面入り口から入るのは初めてなのだろうか、そんな小さな事にさえ彼女は喜んでいた。
「犬は喜び庭駆け回り、猫はコタツで丸くなるか……。 柴犬みたいだな……」
「しば、けん? って何ですか?」
そう言うユウを見つめて、アリスは首をかしげていた。
「あぁ、柴犬って言うのは犬の種類だよ」
「ユウさん酷い、私は犬じゃありませんよ! アリスです、アリスと呼んでください!」
「分かった、分かったよ。 アリス、いつまでもキョロキョロしてないで、そろそろ行くぞ」
「はーい!」
アリスは元気に手を上げて返事をすると、そのままユウの後をついて行く。 ユウは迷うことも無く足を進めて、そして訓練場に向かっていくのだった。
中を覗くと、数名の学生が剣の練習をしている、その中に一人見覚えのある金髪が見えた。 一切の迷いもない太刀筋、ただ銀色の残像か、少し暗い訓練場に輝いている。 だが、こちらに気が付いたのだろうか、剣を振るう腕を止めた。
そして、その金髪はユウの方へ振り返り、にこやかな笑顔を向けてきた。
「やぁ、おはよう! ユウ君、今日の調子はどうだい?」
「あぁ、まぁ普通だよ。 エドワード、お前はどうだ?」
「最高さ、今日も君に会えたのだからね!」
ユウは苦笑いを若干浮かべて、その金髪に、エドワード・アンジーユに向かって答えた。 まるで少年の様に目をキラキラさせた笑顔の彼を見て、きっと取り巻きが見れば黄色い歓声を上げるのだろうか、そうユウは内心思っていた。 すると、ユウのコートがクイクイと引っ張られた。
「ユウさん、ユウさん! あの方は?」
後ろを見ると、アリスはユウの影に隠れるようにして、エドワードの方を見ていた。 どうなのだろうか、アリスから見てエドワードはどう見えるのか、そんな事を少し思った。
「ユウさんの、お友達ですか?」
「いや……。 ただの知り合いだ」
「でも、とても仲が良さそうですよね?」
「違う、そう言うのじゃ……」
アリスとユウがひそひそと話しをしていると、目の前のエドワードは一人取り残されてしまう。 だが、彼は何故か目元を緩めて、ユウ達に向かって声をかけるのだ。
「ユウ君。 そちらのお嬢さんは、もしかして噂の?」
「うん? 噂のって何だよ、ただの用務員だ。 ロキの孤児院で世話になってる」
「なっ、違います! 私は、ええっと、初めましてアリスと申します。 今はロキさんの所で、ユウさんと一緒に暮らしています。 今日はユウさんに無理を行って、一緒についてきてしまいまして……」
慌てた様に答えるアリスに対して、エドワードはゆっくりと右手を胸に当てて自己紹介を返す。
「これはご丁寧に、私はエドワード・アンジーユです。 ユウ君の親友だと思ってください。 それにしても、君も隅に置けないな、僕という者がありながら。 そんな可愛いお嬢さんと一緒になっていたとは」
アリスは彼の挨拶に、ぺこりと頭を下げて答えた。 そもそも、今日はエドワードの剣の練習に付き合うために騎士学校に来たのだ。 正直な所、エドワードには練習の邪魔だと思われても仕方ないとは思ったが、それも杞憂だったのかもしれない。
エドワードは、そこまで心の狭い人間ではないのだろうとは思う、だが発言は一々気になるのだが。
「おい、その発言は止めろ、おかしいだろう」
「ははは、照れなくても良いさ」
「うるさい、さっさと始めるぞ」
ユウはコートを脱いで、そのまま訓練場のベンチにさっと置いた、そしてアリスに隣に座っている様に促す。そんな彼を見つめて、アリスは少し頬を膨らましていたが、黙ってベンチにドンと座り込む。
少し寒い訓練場の中、ユウは短い二本の木剣を逆手に構えると、エドワードに対峙した。
「では、ユウ君。 最初は簡単に体を動かそうか?」
「どちらでも良いさ、始めるぞ!」
そうして、いつかの訓練場の様に、二人は剣を合わせて行くのだった。
しばらく前からユウはエドワードの申し出でを受けて、剣の訓練を行っていた、その理由は祭りの夜の一件まで戻る。
どうしてこうなったのか、それは騎士学校にほとんど出席していなかったユウが、退学させられる寸前であったからだ。
それを、止めたのがエドワードであった。 彼の実家は有名な貴族であり、そのコネを使ってユウの退学を止めたらしい。 なんでも、あれだけの剣の腕を持ちながら、ここで放逐するのは惜しいと懇願したそうだ。
ユウ自身は騎士学校を止めても良かったのだが、この状況で彼の申し出を断るのも、またマザー・クラリスやロキに悪いと考え直して、今に至っている
「おい、エドワード、もう少し足を動かせ! いつも攻撃が真っ直ぐ飛んでくるとは思うな!」
「くっ!」
ユウに左右から木剣を当てられ、また足元を狙われて、エドワードの上体はバランスを崩していく。 一度崩れ、さらに追い打ちの手を休めないユウの剣に、そのまま彼は尻餅をついてしまった。
彼の剣技は正確な一撃を主とした華麗な、一対一の戦いで万全の力を発揮するものだった。 どちらかと言えば、逆に乱戦や混戦には不向きなのだ。 それを解消するため、まずはユウの双剣術を用いた乱れ打ちに対処出来る事を目標にしていた。
何故、彼がここまで熱心に特訓を行っているのか。 それは冬の休みが終わると、騎士学校は剣術の大会が開催される、その優勝を目指していたからである。
だが大会は一対一のため、こんな練習続ける意味はあるのか、ユウにも分からなかった。 全ては彼次第なのだが、気が付いた時にはエドワードはすっかり息が上がってしまい、手の平を見せてユウに休憩を促していた。
ユウは彼を一目見て、ふうと息を吐いては、アリスの元に向かっていくのだった。
「お疲れ様です、ユウさん!」
そう言うアリスの表情は、何故かニコニコと嬉しそうであった。 男二人の剣の練習に、何か楽しいものでもあるのだろうか。 確かに、エドワードの取り巻き達は、いつも黄色い声をあげてはいたが。
「どうしたんだ、何か楽しい事でもあるのか?」
「楽しい事ですか? 違いますよ、今日はユウさんが怪我をしていないので」
「怪我?」
「そうですよ、だって闘技場の時はユウさんボロボロでしたし。 お父様達と戦った後、傷だらけで倒れてしまいましたから……。 凄く心配したんですよ!」
アリスは、再び頬を膨らますと、抗議するかの様にブンブンと両手を動かしていた。
「あぁ、そう言うことか……。 でもなぁ、闘技場の時は、お互い本気ではなかったぞ」
「えっ?」
その思いもよらないユウの発言に、アリスは固まってしまった。 そして、ユウは少しバツの悪そうな顔をして、彼女に事の次第を説明するのだった。
「お互い本気だったら、誰かは死んでたよ。 聖剣の一撃も堪えたけどな、あのままなら俺が死んでた気がするが。 あとキースだったか、あの爺さんも無理して煽ってる気がしたが、そんな所だ……」
「そんな、どうして……」
「詳しい事は分からない。 だが、お前が飛び込んで来て、あの場の雰囲気は完全に変わったよ。 それまでは、どう転ぶか分からなかったが。 まぁ、アリスさんに感謝しないといけないな」
そう誤魔化すユウだったが、アリスは勢いよく立ち上がると、ユウの胸に飛び込んだ。 そのまま、ぎゅっと彼に抱きつくと、彼の服を強く握りしめるのだ。
「ごめんなさい、ユウさん……。 でも、ダメです……。 絶対にダメですから……。 死んじゃダメです、からね……」
一目もはばからず抱きついて泣き出したアリスに、ユウは困惑する。 何となく、周りにいた数名の学生達からの視線も痛い。 すると、息を整えていたエドワードが、二人を見かねて後ろから声をかけたのだった。
「おや、ユウ君。 どうしたんだい、女の子を泣かせて?」
「いや、エドワード。 これは、違う、その……」
「まぁ、ここは寒いからね。 そうだ、少し食堂で落ち着かないかい?」
「あっ、ああ、そうだな。 アリス、落ち着けって。 とりあえず、向こう行くぞ!」
アリスを何とか引き離して、彼女を一端落ち着かせると、三人揃って訓練場を出て行く。 食堂など行かないユウだったが、エドワードに先導されて歩いていた。 横ではアリスが鼻をすすっていた、まだ目には少し涙を滲ませている。
「ユウ君。 まったく君って奴は」
「うるさい!」
「ははは、ほら向こうが食堂だよ。 流石にシェフはいないけど、紅茶くらいは煎れてもらえるさ。 それに、少し君とゆっくり話をしたいと、僕も思っていたしね」
そうやって、エドワードは食堂の扉を開けて、二人に入るように促した。 中は少し温かい、何かの暖房器具が使用されているのだろうか。 流石は騎士学校の食堂、どこかのレストランの様な内装だ。 ユウとアリスは並んでテーブルに座ると、エドワードはそそくさと紅茶を頼みに行ってしまった。
「ユウさん……。 その、すいません……」
「まぁ、良いさ。 お前には感謝してる、それは本当だ……」
アリスが泣いてしまったのも無理はないのだろう、自分の行動が誰かの生死に直結していたのだ。 余計なことは言わない方が良いと、少しユウは反省していた。 そもそも、アリスの父親やキース、ハオ騎士団長達が何を思って対峙していたのか、それは分からない。
あれ以来陛下やキース、ハオとも話をしていない、あえてアリスの母親がそうさせていたのだろうか。 ただし、彼等が本気だったのなら、手負いのユウは確実に殺されていたのだろう事は理解していた。
少し気まずい雰囲気の中、エドワードが戻ってくると、すぐさま温かい紅茶が運ばれてきた。 彼はアリスに紅茶を勧めていた、ユウもカップを手に取ると一口紅茶をすすっていた。
柔らかい香りがユウの鼻をくすぐり、ふと肩から力が抜けていく。
「さぁ、少し落ち着いたかな。 こうやってユウ君とゆっくり話をするのは始めてだね、今まで聞きたいことは沢山あったんだよ」
「聞きたいこと?」
そう言って、ユウはまた一口紅茶をすすりながら、ふと彼に目を向けた。
「ユウ君は誰に剣術を習ったのか、それを教えて欲しいと思ってね」
「剣術か、まぁ習ったと言うかな……。 隠居した、爺さんだったよ」
「どんな訓練を、練習をしたのかい?」
ユウはカップを皿に戻すと、少し上を見つめてから、話を始めるのだった。
「昔な、大森林のエルフ達に拾われて、そこで暮らしていた……。 だけど、まぁ色々あって逃げ出したんだよ、そこから。 考えもなく飛び出して、森を彷徨って、行き倒れそうになっていた時、その師匠に拾われた……」




