【1】白い息
「ユウさん、今日は学校に行くんですよね?」
少し遅れて起きてきたアリスは、彼女は何故か騎士学校の制服に着替えていた。 制服なんて、いつ手に入れていたのか、ユウは知らなかったのだが。
「あぁ、一応行くけどな。 それよりも、その恰好は何だ?」
「えへへへ、どうですか? 似合ってますか?」
「まぁ、似合ってるとは思うが……。 アリス、どうして制服なんて着ているんだ?」
「これなら、ユウさんと一緒に学校に行っても怪しまれないじゃないですか」
ユウの気も知らないで、そうアリスは笑顔で彼に答えた。
「はぁ……。 これは、メリルさんの仕業ですか?」
楽しそうにクルクル回っているアリスを横目に、ユウは額を抑えながら台所にいるメリルに声をかける。 その向こうで、微笑ましくアリスを見つめるメリルが立って居たからだった。
「良くお似合いです、アリス様。 ですが、タイツを履かないと、この天気では冷えてしまいます。 それに、上着も必要ですね」
「あっ、そうですね。 待ってて下さいね、ユウさん! 今、着替えてきますから。」
そう言って、彼女はパタパタと足音を立てて、元気に部屋へ戻っていく。 そんな後ろ姿を、ユウとロキは見送っていた。
「アリスさん、毎日楽しそうだね。 ユウ? まったく、なんだよ浮かない顔して、少し肩の力を抜いてみたら良いのに」
「そうは、言ってもな……」
どうしてだろうか、楽しそうなアリスを見ても、それでも何故かユウの気持ちは晴れなかった。 それは、ここ最近、特に酷くなっていた。
しばらくして、子供達も起きてくると、賑やかな朝ご飯の時間になる。 目の前の席では、アリスとミーが楽しそうに話をしていた。 どうも気が合ったのだろう、二人は仲良く会話をしている事が多いのだ。
たまにお菓子作りなどをメリルに皆で習っているが、そういった切っ掛けからか、二人は特別仲良しだった。
もしかすると、メリルが多少気を利かせたのかもしれない。 何となくだが、メリルのアリスを見る目が、ただのメイドとお姫様という関係ではない、そう思われるのだ。
「ユウさん? ユウさんってば、どうしたんですか?」
「うん?」
「さっきから、ボーッとして。 どこが具合でも悪いんですか?」
「兄ちゃん、病気か?」
目の前に座っていたアリス、隣にいたケントにも声をかけられるが、ユウの心はどこか近くを彷徨っている。 そんなユウを、ミーは黙って見つめているだけで座っていた。
ご飯が終わると、メリルが先導して子供達に片付けを手伝わせている。 ユウは片付けを彼女に任せては、一度部屋に戻るとコートを羽織り、そして食堂に戻っていった。
するとアリスがちょこんと椅子に座り、こちらを見つめている。 やはり、彼女は一緒に学校に行きたいのだろう。 何でこんな雪の日に、それも制服を秘密裏に調達してまでついて来たいのだろうか、ユウには理解出来なかった。
「アリス、本当に行くのか? こんな日に……」
「天気は関係ありませんよ、ユウさん! ユウさんが学校に行くから、私もついて行きたいんです! それに、ちょっと制服も着てみたかったですから」
アリスは胸を張って、そう答える。 メリルも後ろの方でお願いしますと、一礼をしていた。 そうなってしまえば、もうユウには抵抗する気も無かった。
「分かったよ、行くぞ、アリス!」
「はい!」
そう言って、二人は雪の降る町に出かけて行く。
扉を開けると、冷たい風がアリスの頬を撫でた。 あまりの寒さに彼女は目をパチパチさせて、すこし驚いていた。
「ユウさん、風が痛いです!」
「あぁ、寒すぎると、そうなるんだよ」
「ユウさんは大丈夫なんですか?」
「あぁ、そこまではな……。 ほら、もう少しマフラーちゃんと巻いとけよ」
ユウはアリスが巻いていたマフラーを、顔半分が隠れるくらいまで引っ張り上げるのだった。
降り積もった雪を、ザクザクと踏みしめる音が聞こえる。 それ以外は、シンシンと降る雪のせいで、何も聞こえてこない。 町にも人影が少なく、いつもなら開店の準備に忙しい店先も、まだ動き出す気配がなかった。
寒そうにしていたアリスだったが、やはり雪の日の町が珍しいのか、辺りをキョロキョロしながら見回している。 時々ではあったが、わーっと驚いた様な、楽しそうな声がマフラーの奥から聞こえてくるのだ。
ユウが吐いた息が、真っ白く染まって消えていく。 そんな光景でさえ、アリスは楽しそうに眺めていた。
それもそうなのだろう、祭りの夜まで彼女はずっと真っ暗な世界にいたのだ。 今は見るモノ全てが珍しいのだろう、それは仕方のない事だ。
だがどうして、彼女の目が光を取り戻したのか。 あの夜にアリスから聞いた彼女の願いの中に、それはなかったはずだった……。
「考えても、仕方ないか……」
そうつぶやいたユウの声は、その時はアリスには届かずに、ただ白い霞となって灰色の空に消えていく。
それでも、きっと……。
そんな二人の後ろ姿は、誰かが見れば幸せそうに見えたのだろう。




