【終章】屋上の小さな幸せ
ユウの体には、ほとんど力が入っていない、次の一回の交錯で自分は倒れるのだろう。だからこそ、ただユウは、アリスの事を考えていた、このまま負ければどうなってしまうのか。
そのため、突然のアリスの声に、その姿に驚いたのだった。振り返ると、いつもの彼女が立って居る、ほっとしたと同時に、頭の中は真っ白になっていた。
「アッ……」
思わず声をかけようとするが、上手く声が出ない。そんなユウを見て、アリスはビシッと指を立てると、またいつもの様にこう言うのだった。
「アリスです、アリスですよ! ユウさん!」
そう言って駆け出すと、そのままユウに近づいて来る。彼女は、見つめ合う距離まで来ると、ただ何も言わずにユウの右手にそっと触れたのだった。
「シビーユ! ウィリアム! 何故アリスを!」
向こうでギーが怒った様に大声で叫んでいる。そして目の前に立って居るキースは何も言わず、ただ二人に目を向けていた。
「ユウさん、これ以上は戦ってはダメです! その怪我、もう……」
そうアリスは涙を浮かべながらユウに懇願するが、その姿を見て、ユウは改めて覚悟を決めた。そして、すっとキースを睨むと、また右手に剣を構えるのだった。
「そうもいかないんだよ、まったく面倒くさい話だけどな……」
少しユウは笑って答えた。アリスは、そんなユウを見つめては、そっと右手から手を離す。そして、彼女も意を決した様に前に向き直った。
「なら、私も戦いますから!」
「俺の後ろに立つなよ、あと連携なんて考えるな、お前の親父の剣を一瞬でいいから止めてくれ」
ぐっと両手に力を込めるアリスを残して、ユウはキースに向かって歩き出して行く。そんな彼らを、キースは眉をひそめて、こう言い放つのだった。
「覚悟は出来ましたかな?」
一瞬の静寂、そして、ユウは答える。
「あぁ……。それに、少しは日も傾いただろう?」
次の瞬間、二つの金属音が木霊する、キースの太刀筋をユウが払った音だった。だがキースは休むことなく追撃の一撃をユウに振りかぶる。
ユウは体をひねって飛ぶと、それをギリギリで交わすが、その期を逃さずとハオや色付き達が肉薄する。ユウは右手の剣を振り回して権勢するが、彼らは怯むことなくユウを追い詰める。
「力よ、我が剣に集まれ……」
向こうで、ギーの声がして、そして赤い炎が揺らめいている。
「煉獄の業火よ、今悪しき者を滅するため、我が剣に集え!」
爆音と同時に熱気が伝わって来るが、それを気にすることもなく、キースやハオはユウに向かって剣を振るう。一つ、二つ、三つと左右から迫る太刀筋を払いのけ、ユウは一瞬だけ後ろを振り返った。
アリスが見ていた、ただ信じる様に、ユウを力強く見つめていた。
「いくぞ、黒双!」
ユウは気を吐いて、強く叫ぶ!
そして、迫り来る四人をさっと一瞥して、ユウは足下の影に剣を刺して、さらに叫ぶのだった。
「黒甜郷裏!」
ユウの足下から黒い影が四人に伸びていく、気がついた彼らはすぐさま避けようと飛び退いた。
しかし、その影は地面から盛り上がり、まるで意思があるように伸びていく。そして、四人に絡みつくと体全身をすっぽりと囲むように飲み込んでいった。
「夢でも見とけよ」
そう言って、ユウは突き刺した剣を置いて、そのままギーに向かって走り出す。
彼は大剣を頭上に掲げていた、その頭上の剣は炎の竜巻でおも起こしているかの様だった。熱さで皮膚が焼けそうになる、それでもユウはギーに向かっていった。
「はあああ!」
「力よ、遮れ!」
ギーは大剣を振り下ろし、先ほど同様にユウに向かって爆炎をぶつけようとしたが、同時に後ろからアリスの大きな声が聞こえてきた。
一瞬だけ何かが弾けて割れる様な音がして、ユウは炎に飲み込まれていく。そんな目の前の光景をギーは額から汗を流しては、見つめていたが。
何かが炎の奥で揺らいだ。
次の瞬間、ばっと炎から人影が飛び出して来た。ユウは右手で炎を払いながら、ギーの目前まで迫ってきていたのだった、だが右手も無残に焼かれている。
ギーはとっさに離れて、追撃の一太刀を浴びせようとしたが、ユウはがむしゃらに彼の目前に飛び込んだ。そして、先ほど焼かれたはずの左半身を大きく振りかぶっていた。
その手には黒い何かが巻き付いてた、ギーが覚えているのはそこまでだった。そのまま、ユウはギーの顔面に向かって左手を振り抜くと、鈍い音がして彼は倒れていくのだった。
勢いのままに、ユウもそのまま地面に転がっていく。
とっさに立とうとして、もう体に一切の力が入らない事に気がついた。手足も重く、瞼も薄らと閉じていく、ただ自分の鼓動がドクドクと脈打っている音だけが聞こえていた。
だが遠くから、誰かがユウと呼んでいる、そう思っては、彼の意識も薄れていくのだった。
どれだけ気を失っていたのか、少し体が痛い、ユウはそう思って慌てて体を起こした。そこは見たことがない場所だった、そして自分はベッドに寝ていた。
じっと両手を見る、そこには包帯を巻かれた自分の手が目の前にあった。辺りを見回すと、レースがかけられた窓から白い日の光が差し込んでいる、それが少しユウを落ち着かせた。
隣にはベッドにうつ伏せになった女の子がいた、知っている子だった。すると、彼女は目をパチパチとさせて、起き上がった。目が合った、初めてアリスと目があったと、そう思った。
彼女は次第に目をウルウルとさせて、そして、自分に抱きついてくるのだった。甘い匂いがした、優しい温かさも感じた、それはとても懐かしいものだった。
「ユウ、ユウさーん!」
彼女は腕の中で一頻り泣きじゃくっていたが、それはかなり痛かった。
その後、何人かの騎士達がユウの治療をするために部屋に入ってきた。その中には嵐の夜にあった女性もいた、名前はリンダだっただろうか。
彼女は改めてお礼を言うと、回復魔法をかけてくれた。その間もずっと、アリスは泣き疲れては、ベッドにつっぷして眠っていた。
夜になると、綺麗な女性が部屋に入って来た。どことなくアリスに似た彼女は、闘技場の客席に見つけたアリスの母だった。彼女は部屋に入って来ると、席に落ち着いて、ゆっくりと話を始めるのだった。
「初めまして、あなたがユウさん? で、良かったのよね……。 私は、シビーユ・ド・リジニャンです、まず何から話したら良いのかしら」
「なら、アリスは、こいつはどうなるんだ?」
「あら、あなたは自分の心配はしないのね?」
そうユウを見つめて、笑いかける。
「俺一人なら、どうでもなるさ」
「そう……。アリスは、この子は大丈夫よ、あの人達も今は反省中ですから」
「そうか」
まだ眠っているアリスを横目に、二人の会話は続いてく。
「それで、あなた、本当に悪魔なの?」
「あんたらの言うことが正しければ、俺はこの世界では悪魔と呼ばれるんだろうな」
「まぁ、それも今更関係のない話ですね。 それと、あの黒い剣は、聖剣なのかしら?」
「黒双のことか? さあな、ただ自称聖女には夢の中で会ったよ、あの儀式の夜だけどな。黒双を聖剣とは呼んでいた」
「私の夫も、陛下も似たような事を言っていたは。初めてセキギョクを手にしたときに、聖女の声が聞こえてきたと……」
会話を続けながら、ユウは起き上がった。そして、彼はベッドから出ようとして、シビーユに止められるのだった。
「待って、どこに行くのかしら?」
「どこって? まぁ、ここじゃないどこかだよ、居ても揉めるだけだ。 あぁ、もし多少の慈悲を与えてもらえるのなら、孤児院と俺の知り合いは勘弁してやってくれ」
「それは無理ね」
「なら、もう一度だけ悪足掻きをするだけだ」
「違うは、あなたはアリスを置いていくの?」
「置いて行くもなにも……」
「あなた、国王陛下から娘を貰っていくって啖呵まで切ったのに?」
その一言にユウは絶句してから、まじまじとシビーユを見返す。彼女の目は厳しくユウを捕らえていた、いつかのマザー・クラリスの様に、その眼光は鋭く光っているのだ。
「待ってくれ、それは!」
「待ちなさいよ、あなた! 私の可愛い妹をたぶらかしておいて、今更何を言っているの?」
扉の横で、そう声を張り上げたのはマリーアだった。
「まさか、アリスの事は遊びだったの!」
「いや、アリスの事は、違うそうじゃない!」
「ううん……。 あれ、お母様、お姉様も? ユウさん!起きたんですね、良かった、良かったぁ……」
そう言ってアリスに抱きつかれると、ユウにはもう言い返す言葉がなかった……。
それから、しばらくしてユウは少し前の平穏な日常に戻っていった。
もう季節は冬の一歩手前だろうか、通りを歩く人達は、厚手のコートを羽織り、寒そうに手をさすっているのが見える。
あと一週間ほどで騎士学校も休みになる、そうなれば、この王都も真白い雪に包まれていくだろうか。
そんな寒空の中、ユウはいつも通り病院の屋上でシートを取り込んでいた。冷たいシーツを畳んでいると、ふと、あの老人の事を思い出す。右手にはめられた、彼の形見はユウを見守っているように、じんわりと暖かさを手首に伝えている。
以前より怪我の治りも早かった、治療をしてくれた騎士達の腕も良かったのだろうが。何となく、トリニティーのくれた腕輪が助けてくれたのかもしれない、そんな風に思っていた。
もう夕暮れだ、オレンジ色の日が王都に差し込み、たなびくシーツの影が、その屋上に綺麗なオレンジ色と黒のコントラストを作り出していく。
「綺麗ですね……」
そう隣で声がした。
「寒いだろう、中に入ってろよ」
ぴょこっとシーツの後ろから、アリスは顔を出してニコッと笑っていた。
「いいじゃないですか、ユウさん! 一緒に居たいんです、ユウさんが行くところには、どこにでもついて行きますから!」
「だからって、風呂にまで入ってくることはないだろう」
そう言い返すと、アリスは目をぱちくりさせていた。
「そんな事ありません、成人した男女は一緒にお風呂に入るものだと、お姉様の……」
「違う! だから、姉の話を鵜呑みにするな」
ユウは肩を落としては、またシーツを取り込んでいく。
さて、彼女が孤児院に押しかけて来たのは一週間ほど前だっただろうか、目覚めた日に無罪放免を言い渡されたユウは、ロキ達と再会して孤児院に戻った。
騒動の後、正式に王国からロキの家に連絡が入ったらしい、ロキにはウィリアム王子が直々に説明しに来たと言っていた。その後、ユウは自分が出て行くことを提案したのだが、マザー・クラリスにもロキにも、真っ先に止められてしまった。
そして、王都にしばらく残る事を決めたユウだったが、ある晩に孤児院の前に一台の立派な馬車が止まったのだ。そして、中から降りてきたのはアリスと一人の年配のメイドだった。
ロキ達は知っていたらしい、今日アリスが来ることを。ミーはアリスを見て、クッキーのお姉ちゃんと喜んでいた。他の子供達は最初驚いていたものの、ユウの知り合いと知って安堵していた。
なし崩し的に話しは進み、そのままアリスはユウの部屋に居着いてしまうのだが。なぜメイドの部屋は準備していてアリスの部屋が無いのか、ユウは必死に抵抗するも、彼にこの状況を覆す程の甲斐性は無かった。
ただ、その夜のロキとマザー・クラリスは、そんなユウをみて和やかに微笑んでいたのだった。
「さてと、シーツもたたみ終わったし、戻るぞアリス!」
そう屋上で夕日を見つめ黄昏れていた彼女を、ユウは呼んだ。すると、くるっと振り返ったアリスは、少しはにかんでいた。
「ユウさん! ユウさん!」
「何だよ?」
「あの、以前に、町に……。 その、遊びに出かけたことありましたよね」
「あぁ」
「丘の上の公園で、実は言いそびれた事がありまして」
「何を」
ぶっきらぼうに答えるユウを気にせず、アリスはただユウの目を見つめてこう告げた。
「ユウさん、私、ユウさんの事が好きです! 大好きですよ!」
風がアリスの髪をなびかせて、夕日に照らされキラキラと輝いていく。そして、彼女の真っ直ぐ見つめる瞳は、綺麗なオレンジ色に染まっていた。
ドキッとしたユウは、とっさに顔を背けるが。
「照れたユウさんの顔も可愛いですね!」
そうアリスは笑っていた。
「でも、一番可愛いのはユウさんが寝ているときですけど」
「あのなぁ、布団に勝手に潜り込んでくるなよ。それから、何見てるんだよ」
「だって一人で寝ていると寒いんです。 お姉様の……」
「お姉様はもういい!」
誤魔化すように、ユウはアリスを置いて屋上から出ていこうとするが、それも次の発言によって引き留められてしまう。
「ユウさん可愛いんですよ、私の胸を触って寝ている時、とっても穏やかな表情をしているんですから」
「おい、アリス……」
「何ですか?」
「その話は、誰にもするなよ。あと、俺の布団に入って来るな」
「そんな……。 それに、ロキさんも、クラリスさんも、とても良いことですねって言ってましたよ!」
ユウはため息をついてから、そんな事を言っているアリスに向かって、笑って返したのだった。
「なぁ、アリス、今楽しいか?」
「はい! とても楽しいです、楽しいですよ! ユウさんのおかげです」
「そうか、まぁ……。 ならいい」
そして、ユウはシーツの詰まった箱を抱えながら歩いていった。明日はアリスのために厚手の毛布を一枚買ってこようと、それからロキにどうやってスカートを履かせてやろうか、そんな事を思いながら。
それから、たまにはこんな日もあって良いのだろうと。
そう自分に向かって、つぶやいていた。
一先ずここで一区切りです、お読み頂いた皆様、ありがとうございました。
読み返してみると、かなり恥ずかしいですね。
さて体裁を整えつつ、続きの話の準備をしようと思いますので、また皆様よろしくお願いいたします。




