【13.5】その物語の結末へ
どうしてだろう瞼の裏が真っ白だ、少し目が痛い、アリスはそう思って慌てて体を起こした。そこは見たことがない場所だった、そして自分はベッドに寝ていた。
じっと手を見る、小さな手が目の前にあった。辺りを見回すと、レースがかけられた窓から白い日の光が差し込んでいる、それが痛かった。
隣にはベッドにうつ伏せになった女性がいた、綺麗な人だった。すると、彼女は目をパチパチとさせて、起き上がった。目が合った、初めて人と目があったのだった。
彼女は次第に目をウルウルとさせて、そして、自分に抱きついてくるのだった。甘い匂いがした、優しい温かさも感じた、それは知っているモノだった。
「アリス! アリス!」
そう自分の名前を叫んでいる、それは、懐かしい母の声だった。
「お母様……。お母様、私は、どうして……」
そう言いかけて、ハッと気がついた。
「ユウさんは? ユウさんは、どうなったんですか!」
そう叫ぶアリスを、シビーユは優しく抱きしめ続けるのだった。
数日経つと、日の光にも慣れてきた、また立ち上がって歩くこともできた。目の前の光景は酷く不思議な感じがした、今まで暮らしていた部屋も、なんだか自分の知っているモノとは違うように思えた。
鏡で自分を見たが、目の前には女の子が立って居た。それが、あまり自分ではない様に思えた。
父や姉達もアリスに会いに来たが、誰もユウの事は何も話さなかった。誰も、あの夜の事を聞こうともしなかった、それは母も同じだった。
あの夜、塔の上でユウと何を話したのか、記憶は曖昧だった。ただ、何かを強く思った、その感情だけは覚えている。
たびたび見舞いに来るマリーアは、どうも日に日にやつれていく。どうしたのかと聞くが、はぐらかされてしまうのだ。それでも食い下がったアリスに、彼女はこう問いかけるのだ。
「ねぇ、アリスは、あのあく……。あの彼の事が好きなの?」
「お姉様、その私は……。 はい……。 そう思います」
そう言って、うつむいてしまったアリスの頭を、マリーアは優しく撫でた。
「なら、私も頑張らないとね!」
「お姉様?」
驚いて顔を上げるアリスを彼女は見つめて、それから笑っていた。
「私嫌いなのよ。物語の結末なんて、最高に幸せにならなきゃね!」
まるで、アリスの一言に元気を取り戻したかの様に、彼女は颯爽と部屋を出て行くのだった。
それから一ヶ月、ただアリスは部屋の中で過ごしていた。
身の回りの世話は変わらずメリルがしてくれていた、彼女も最初アリスを見たときは驚いていたが、すぐ以前と同じ優しい彼女に戻っていった。
窓の外を眺めると、町の景色が見える。ユウと一緒に騎士学校を抜け出した日の事を思い出しては、また目尻に涙を浮かべては。
ユウはどうなったのか、どうしたら彼に会えるのか、彼に会ったらどうすれば良いのか。そんな思いが、彼女の中で一杯になっていった。
また時々、鏡を見ては思う。ユウは自分をどんな風に思っていたのか、どんな風に見ていたのか。ため息がふと漏れる、そして、幸せが逃げてしまうと、そんな事を思い出していた。
だが、そんな日は突然終わりを告げるのだった。
ある夜、シビーユはアリスの部屋を訪れると、こう切り出した。ユウが見つかった、そう聞いてアリスは喜んだ。だが、そんな嬉しさも、すぐさま消え失せてしまう。
ギー達はユウを誘い出して、処刑するのだと。そして、アリスは選択を迫られるのだった。
「アリス、あなたはどうしたい?」
「私は、ユウさんを助けたいです」
アリスは迷うこともなく、そうシビーユに力強く答えた。
当日の朝になって、アリスはマリーアと手をつないで闘技場へと向かっていった。今度こそ、誰にも見つからない様に、マリーアは全力で彼女に人払いの結界を張っていた。
闘技場に着くと、沢山の騎士と生徒達がいた。アリスは少しソワソワとしながら、その目でユウを探していたのだが、すぐに彼は見つかった。
生徒達とは少し離れた場所で、やる気なさそうにしている彼を見つけたのだ。その時、アリスの口元はわずかに緩んでいた。
騎士と生徒達の訓練が終わると、闘技場には誰もいなくなった。だが、しばらくするとギー達が現れた、彼らは剣を構えて、奥の扉を凝視している。
すると、ユウが一人扉を開けて入って来るのだった。
ギーやキースが話をすると、すぐさま戦いが始まった。そんな状況に、アリスは思わず声を上げる。
「ユウさん! お願いです、お母様、お姉様、戦いを止めさせて下さい!」
だが、二人とも黙って戦いを見守っている。アリスは、ウィリアムにも声をかけるが、彼はただ目をつむって首を横に振るだけだった。
そして、ギーの聖剣でユウが切られては、遠くに吹き飛ばされていく。
「ユウさん! ユウさん! お願いです、お願いですから……。 もう、もう止めて下さい!」
必死に叫んでも、それはユウに届かない。マリーアの結界で、客席と闘技場の中は隔絶されていたのだ。外からは見えも聞こえもするが、中に居る者には伝わらない、その結界はマリーアの本気だった。
それから、聞こえてきたのは、ユウの声だった。悲しい彼の告白に、ついにアリスはその場に泣き崩れてしまう。もうどうして良いのか、どうしたら彼を助けられるのか、アリスには分からなかった……。
だがシビーユはアリスに、とう問いかける。
「アリス、あなたはどうしたいの?」
「わっ、私は……。 それでも……。 ユウさんを、ユウさんを助けたいです……」
「もし彼を、あの悪魔を助けられたとして。アリス、あなたは、もうここには戻れない、それでも良いの?」
そう聞かれて、アリスは黙り込んだのだが。しばらくして、彼女は涙を拭うと、ゆっくりと立ち上がってシビーユを見つめ返した。
「それでも、私は……。 私は、彼を助けたい、助けたいです!」
「なら、精一杯頑張りなさい!」
そうシビーユはアリスに発破をかけるのだった。アリスは急いでマリーアから手を離すと、そして、走り去っていく。
「これじゃあ、どちらが悪魔か分かりませんね」
アリスを見送ったウィリアムは、そっと声を漏らした。
「ふん、アリスをあんなに泣かして!お父様なんて一発殴られてしまえば良いのよ」
マリーアは頬を膨らまして、ギーを睨み付ける。
「どちらにせよ、ここまで張り詰めてしまえば、ぶつかり合うしかないのでしょう。むろん、娘を信じたい気持ちはありますが、それでも……」
「お母様、私はきちんとお伝えしました。コクソウの事も、それでも信じないお父様がいけないんです!」
「分かっていますよ、マリーア。それでも、男とは馬鹿な生き物なのです」
そんな会話を横に、ウィリアムは苦笑いを浮かべている。
「では、私達は私達の出来る事をしましょう」
「はい、そうですね。 やっぱり、物語は幸せな結末が良いに決まってますから!」
三人はそんな会話を終わらせて、客席から離れていくのだった。




